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第28話 勝ち方の入口

 朝の練兵場は静かだった。


 剣を抜く音も、掛け声もない。

 あるのは、整えられた呼吸と、わずかな緊張だけ。


 ユランは全員を見渡し、短く言う。


「模擬戦はやらない。

 昨日の動きを、そのまま確かめる」


 兵たちは武器を手に取り、昨日と同じ並びについた。


「相手役を用意する。

 押し切ろうとするな。

 昨日やったことだけをやれ」


 合図。


 動きは小さい。

 踏み込みは浅い。

 それでも、場の空気は昨日とは違っていた。


 盾は正面に立たない。

 剣は前に出すぎない。

 槍は一歩だけ出て、すぐ戻る。

 弓は当てにいかず、間を止める。


 役回りを入れ替えながら、同じ動きを繰り返す。

 やる側と、相手役が何度も変わる。


 派手な音はない。

 だが、相手役の足が止まる場面が、確実に増えていった。



 一通り終えたところで、ユランが声をかけた。


「どうだった」


 問いかけられたのは、

 やった側ではなく、相手役の兵たちだ。


「……進めなかった」

「行こうとすると、選択肢が消える」

「気づくと、遅れてる」


 短い言葉が、いくつも落ちる。


 その沈黙を破るように、兵の一人が言った。


「オレ……

 昨日までは前に出ろって言われてたけど」


 盾を持つ男だった。


「こっちの方が、

 周りがよく見える」


 別の兵が続く。


「オレもだ。

 槍は突っ込めって教わってたけど……

 一歩でいいなら、考える余裕がある」


 弓の兵が、少し照れたように笑う。


「正直……

 当てにいかなくていいの、楽だ」


「逃げ腰って言われてたけどな」

「いや、それは“待てる”ってことだろ」


 誰かの言葉に、小さな笑いが起きた。


 ユランは、口を挟まない。

 ただ、その会話を止めなかった。



 やがて、ユランが手を下ろす。


「今日はここまでだ」


 誰も不満を言わない。


「今のは、

 やり方を変えただけだ」


 一拍置く。


「でも――

 合うやり方は、人によって違う」


 兵たちは、自然と頷いていた。



 エルドは、練兵場の端を見た。


 平らで、広く、誰にとっても同じ場所。

 だからこそ、違いが出にくい。


「……ここだと、

 活ききらない人がいますね」


 ユランは、ちらりとエルドを見る。


「理由は?」


「……この場所、

 誰がやっても同じ動きになりやすいです」


 リオナが、少し先の地面を指した。


「外なら、違うよ」


 土手。

 細い道。

 視界が切れる角。


「広くない場所。

 足場が揃ってないところ」


 兵の一人が首を傾げる。


「戦いにくくないか?」


 リオナは首を振った。


「戦いにくい場所は、

 得意な人がはっきり出る」


 その言葉に、誰かが息を呑む。


「……確かに」

「足場が悪い方が、

 慣れてる奴と、そうじゃない奴が分かれるな」



 ユランは、ゆっくりと頷いた。


「場所も、並びと同じだ」


 兵たちを見る。


「全員に平等な場所より、

 誰かが活きる場所を選ぶ」


 一拍。


「その結果、

 全体が楽になるなら……

 それは、立派な選択だ」


 エルドは、静かに息を吸った。


 村での泥合戦。

 盗賊を迎え撃った夜。


 強かったから勝ったわけじゃない。

 向いている形を選んだだけだった。



 ユランは、練兵場の外へ視線を向けた。


「続きは、明日だ」


 兵たちの目が、自然とその先を見る。


 土手。

 狭道。

 見通しの悪い曲がり角。


 リオナが、小さく言った。


「……活かせるね」


 ユランは、短く答えた。


「人が分かれば、

 場所は選べる」


 エルドは、その言葉を胸の中で繰り返した。


 勝ち方は、

 誰かを変えることじゃない。


 分かった“人”を、

 分かった形で立たせること。


 ――その先に、

 まだ見ていない戦いが待っている。

今回は、戦いそのものではなく、

「どう勝つかを考え始める地点」を描いた回でした。


強くなる、前に出る、当てにいく。

そういう“正解”を一度横に置いて、

それぞれが一番動ける形は何かを探す話です。


ユランのやり方も、エルドやリオナの視点も、

派手さはありませんが、

この先につながる土台としては、とても大事な一歩になりました。


村での泥合戦の記憶が重なるように、

「向いている形を選ぶだけで、結果は変わる」

――その感覚を、少しでも伝えられていたら嬉しいです。


次は、場所が変わります。

そこで、何がどう噛み合うのか。

また続きを書いていきます。

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