第28話 勝ち方の入口
朝の練兵場は静かだった。
剣を抜く音も、掛け声もない。
あるのは、整えられた呼吸と、わずかな緊張だけ。
ユランは全員を見渡し、短く言う。
「模擬戦はやらない。
昨日の動きを、そのまま確かめる」
兵たちは武器を手に取り、昨日と同じ並びについた。
「相手役を用意する。
押し切ろうとするな。
昨日やったことだけをやれ」
合図。
動きは小さい。
踏み込みは浅い。
それでも、場の空気は昨日とは違っていた。
盾は正面に立たない。
剣は前に出すぎない。
槍は一歩だけ出て、すぐ戻る。
弓は当てにいかず、間を止める。
役回りを入れ替えながら、同じ動きを繰り返す。
やる側と、相手役が何度も変わる。
派手な音はない。
だが、相手役の足が止まる場面が、確実に増えていった。
◇
一通り終えたところで、ユランが声をかけた。
「どうだった」
問いかけられたのは、
やった側ではなく、相手役の兵たちだ。
「……進めなかった」
「行こうとすると、選択肢が消える」
「気づくと、遅れてる」
短い言葉が、いくつも落ちる。
その沈黙を破るように、兵の一人が言った。
「オレ……
昨日までは前に出ろって言われてたけど」
盾を持つ男だった。
「こっちの方が、
周りがよく見える」
別の兵が続く。
「オレもだ。
槍は突っ込めって教わってたけど……
一歩でいいなら、考える余裕がある」
弓の兵が、少し照れたように笑う。
「正直……
当てにいかなくていいの、楽だ」
「逃げ腰って言われてたけどな」
「いや、それは“待てる”ってことだろ」
誰かの言葉に、小さな笑いが起きた。
ユランは、口を挟まない。
ただ、その会話を止めなかった。
◇
やがて、ユランが手を下ろす。
「今日はここまでだ」
誰も不満を言わない。
「今のは、
やり方を変えただけだ」
一拍置く。
「でも――
合うやり方は、人によって違う」
兵たちは、自然と頷いていた。
◇
エルドは、練兵場の端を見た。
平らで、広く、誰にとっても同じ場所。
だからこそ、違いが出にくい。
「……ここだと、
活ききらない人がいますね」
ユランは、ちらりとエルドを見る。
「理由は?」
「……この場所、
誰がやっても同じ動きになりやすいです」
リオナが、少し先の地面を指した。
「外なら、違うよ」
土手。
細い道。
視界が切れる角。
「広くない場所。
足場が揃ってないところ」
兵の一人が首を傾げる。
「戦いにくくないか?」
リオナは首を振った。
「戦いにくい場所は、
得意な人がはっきり出る」
その言葉に、誰かが息を呑む。
「……確かに」
「足場が悪い方が、
慣れてる奴と、そうじゃない奴が分かれるな」
◇
ユランは、ゆっくりと頷いた。
「場所も、並びと同じだ」
兵たちを見る。
「全員に平等な場所より、
誰かが活きる場所を選ぶ」
一拍。
「その結果、
全体が楽になるなら……
それは、立派な選択だ」
エルドは、静かに息を吸った。
村での泥合戦。
盗賊を迎え撃った夜。
強かったから勝ったわけじゃない。
向いている形を選んだだけだった。
◇
ユランは、練兵場の外へ視線を向けた。
「続きは、明日だ」
兵たちの目が、自然とその先を見る。
土手。
狭道。
見通しの悪い曲がり角。
リオナが、小さく言った。
「……活かせるね」
ユランは、短く答えた。
「人が分かれば、
場所は選べる」
エルドは、その言葉を胸の中で繰り返した。
勝ち方は、
誰かを変えることじゃない。
分かった“人”を、
分かった形で立たせること。
――その先に、
まだ見ていない戦いが待っている。
今回は、戦いそのものではなく、
「どう勝つかを考え始める地点」を描いた回でした。
強くなる、前に出る、当てにいく。
そういう“正解”を一度横に置いて、
それぞれが一番動ける形は何かを探す話です。
ユランのやり方も、エルドやリオナの視点も、
派手さはありませんが、
この先につながる土台としては、とても大事な一歩になりました。
村での泥合戦の記憶が重なるように、
「向いている形を選ぶだけで、結果は変わる」
――その感覚を、少しでも伝えられていたら嬉しいです。
次は、場所が変わります。
そこで、何がどう噛み合うのか。
また続きを書いていきます。




