第27話 現場に立つ人
翌日の練兵場は、いつもより少し騒がしかった。
十五人の兵が集められ、
その輪の外に、大将役の兵が一人立っている。
「また呼ばれたな」
「今日は何だ?」
「どうせ、あの連敗組だろ」
声は隠されていない。
むしろ、あえて聞かせているようだった。
そこへ、ユランが歩み出た。
前に出すぎず、後ろにも下がらない。
ハインツと兵士たちの、ちょうど中ほど。
「今日は剣は抜かない」
短い一言で、ざわめきが止まる。
「代わりに、動く」
「頭と、足だ」
誰かが小さく笑った。
「それで勝てるなら苦労しねえ」
ユランは気にしない。
「勝つ話は、明日以降だ。
今日は――並び方を変える」
◇
エルドとリオナは、輪の中には入らなかった。
少し離れた位置で、兵たちを見ている。
エルドは、一人ずつに声をかけた。
「……これまで、どんな仕事をしてきましたか」
唐突な問いに、戸惑いが走る。
「は?」
「……戦の前の話だ」
「……木を切ってた」
「港で荷を扱ってた」
「街で使い走りを」
エルドは頷くだけだ。
評価もしない。
指示もしない。
ただ、覚える。
(この人は、重さを扱うことに慣れている)
(この人は、周りを見てから動く)
(この人は、人の間を抜けるのが自然だ)
間違いを探さない。
できることだけが、静かに積み上がっていく。
◇
リオナは、人ではなく場を見ていた。
足が集まる場所。
自然と空く場所。
視線が集まり、逆に見えなくなる位置。
(……ここ、誰も通らない)
広場の端。
土が少し柔らかく、踏み跡の薄い一角。
リオナは顔を上げ、ユランを見る。
目が合う。
それだけで、十分だった。
◇
ユランが手を叩いた。
「よし。少し動く」
兵たちが身構える。
「戦わない。
ただ、並ぶ」
戸惑いながらも、兵は動いた。
「お前と、お前」
「そこじゃない。半歩、後ろ」
「盾は前じゃない。横だ」
指示は短い。
理由は言わない。
それでも、兵たちは従う。
ユランが“現場に立つ人”だからだ。
◇
配置が変わる。
剣を持つ者が、少し後ろへ。
盾は正面を外れ、味方の横に。
弓は高い位置ではなく、流れの端。
「……何だ、これ」
誰かが呟く。
ユランは答えない。
「歩いてみろ。
ゆっくりでいい」
兵たちは、半信半疑のまま歩く。
ぶつからない。
邪魔にならない。
視界が、少し広い。
誰もまだ、勝ったとは思っていない。
それでも――
さっきまでの詰まりが、ない。
◇
輪の外で、エルドは小さく息を吐いた。
「……聞いてくれたね」
リオナが頷く。
「ユランが言ったから」
「うん」
それでいい。
それが必要だった。
◇
ユランは全体を見渡した。
「今日はここまで」
「え、もう?」
「結局、何だったんだ?」
ユランは、はっきり言った。
「今日は、負けない並びを作っただけだ」
一拍置く。
「勝つ話は――
明日、ちゃんとやる」
冷やかしは消え、
期待とも不安ともつかない沈黙が残る。
◇
日が落ち、街の灯りが増え始めるころ。
エルドとリオナは、宿へ戻る途中だった。
「……ねえ」
リオナが言う。
「今日は、ちょっと疲れたね」
「うん」
体は動かしていない。
でも、頭の奥がじんわり重い。
路地に入ったところで、後ろから足音がした。
「……あの」
振り返ると、昼にいた兵の一人が立っていた。
剣は外し、私服に近い格好だ。
「時間、いいか」
◇
少し離れた路地の端。
三人は腰を下ろした。
「……正直、最初はふざけてると思った」
兵はそう切り出した。
「でも……
動いてみたら、妙に楽だった」
手を見る。
「今まで、言われた通りにやってた。
それで負けるたび、
自分が悪いんだと思ってた」
小さく笑う。
「今日は……前に出なくてよかった」
「嫌じゃなかった?」
リオナが聞く。
「嫌じゃない。
……初めて、自分の場所に立ってる感じがした」
◇
兵は、エルドを見る。
「なあ……
今日のこと、お前が考えたのか?」
「……ぼくは、
話を聞いただけです」
「並びを決めたのは、ユランさんです」
兵は頷いた。
「でもさ」
一拍置く。
「……聞かれ方が、今までと違った」
「できないことより、
できることを知りたかっただけです」
兵は、少し驚き、そして笑った。
「変な子だな」
でも、その声は柔らかい。
◇
「明日も、やるのか?」
「……たぶん」
「勝てるかは?」
「まだ分かりません」
「それでいい」
兵は立ち上がった。
「……今日よりは、やれそうだ」
そう言って、去っていく。
◇
夜風が、路地を抜ける。
「……来ると思った?」
「ううん」
エルドは首を振る。
「でも……誰かは来る気がしてた」
二人は歩き出す。
昼とは違う練兵場の影が、遠くに見えた。
明日は、まだ来ない。
でも――
動きたい人は、もう動き始めている。
今回は戦いの話ではなく、
「どう立つか」「どこに立つか」という話でした。
強さや才能よりも、
自分が“前に出る人なのか”“支える人なのか”、
それをちゃんと見てもらえた時に、人は少し楽になる。
そんな場面を書いてみたかった回です。
エルドがしているのは、
作戦を立てることでも、指示を出すことでもなく、
ただ話を聞いて、覚えているだけ。
それだけで、現場の空気が変わっていく――
その変化を感じてもらえたら嬉しいです。
次は、いよいよ「勝つ」話に進みます。




