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第27話 現場に立つ人

 翌日の練兵場は、いつもより少し騒がしかった。


 十五人の兵が集められ、

 その輪の外に、大将役の兵が一人立っている。


「また呼ばれたな」

「今日は何だ?」

「どうせ、あの連敗組だろ」


 声は隠されていない。

 むしろ、あえて聞かせているようだった。


 そこへ、ユランが歩み出た。

 前に出すぎず、後ろにも下がらない。

 ハインツと兵士たちの、ちょうど中ほど。


「今日は剣は抜かない」


 短い一言で、ざわめきが止まる。


「代わりに、動く」

「頭と、足だ」


 誰かが小さく笑った。


「それで勝てるなら苦労しねえ」


 ユランは気にしない。


「勝つ話は、明日以降だ。

 今日は――並び方を変える」



 エルドとリオナは、輪の中には入らなかった。

 少し離れた位置で、兵たちを見ている。


 エルドは、一人ずつに声をかけた。


「……これまで、どんな仕事をしてきましたか」


 唐突な問いに、戸惑いが走る。


「は?」

「……戦の前の話だ」


「……木を切ってた」

「港で荷を扱ってた」

「街で使い走りを」


 エルドは頷くだけだ。

 評価もしない。

 指示もしない。


 ただ、覚える。


(この人は、重さを扱うことに慣れている)

(この人は、周りを見てから動く)

(この人は、人の間を抜けるのが自然だ)


 間違いを探さない。

 できることだけが、静かに積み上がっていく。



 リオナは、人ではなく場を見ていた。


 足が集まる場所。

 自然と空く場所。

 視線が集まり、逆に見えなくなる位置。


(……ここ、誰も通らない)


 広場の端。

 土が少し柔らかく、踏み跡の薄い一角。


 リオナは顔を上げ、ユランを見る。

 目が合う。


 それだけで、十分だった。



 ユランが手を叩いた。


「よし。少し動く」


 兵たちが身構える。


「戦わない。

 ただ、並ぶ」


 戸惑いながらも、兵は動いた。


「お前と、お前」

「そこじゃない。半歩、後ろ」

「盾は前じゃない。横だ」


 指示は短い。

 理由は言わない。


 それでも、兵たちは従う。

 ユランが“現場に立つ人”だからだ。



 配置が変わる。


 剣を持つ者が、少し後ろへ。

 盾は正面を外れ、味方の横に。

 弓は高い位置ではなく、流れの端。


「……何だ、これ」


 誰かが呟く。


 ユランは答えない。


「歩いてみろ。

 ゆっくりでいい」


 兵たちは、半信半疑のまま歩く。


 ぶつからない。

 邪魔にならない。

 視界が、少し広い。


 誰もまだ、勝ったとは思っていない。

 それでも――

 さっきまでの詰まりが、ない。



 輪の外で、エルドは小さく息を吐いた。


「……聞いてくれたね」


 リオナが頷く。


「ユランが言ったから」


「うん」


 それでいい。

 それが必要だった。



 ユランは全体を見渡した。


「今日はここまで」


「え、もう?」

「結局、何だったんだ?」


 ユランは、はっきり言った。


「今日は、負けない並びを作っただけだ」


 一拍置く。


「勝つ話は――

 明日、ちゃんとやる」


 冷やかしは消え、

 期待とも不安ともつかない沈黙が残る。



 日が落ち、街の灯りが増え始めるころ。

 エルドとリオナは、宿へ戻る途中だった。


「……ねえ」


 リオナが言う。


「今日は、ちょっと疲れたね」


「うん」


 体は動かしていない。

 でも、頭の奥がじんわり重い。


 路地に入ったところで、後ろから足音がした。


「……あの」


 振り返ると、昼にいた兵の一人が立っていた。

 剣は外し、私服に近い格好だ。


「時間、いいか」



 少し離れた路地の端。

 三人は腰を下ろした。


「……正直、最初はふざけてると思った」


 兵はそう切り出した。


「でも……

 動いてみたら、妙に楽だった」


 手を見る。


「今まで、言われた通りにやってた。

 それで負けるたび、

 自分が悪いんだと思ってた」


 小さく笑う。


「今日は……前に出なくてよかった」


「嫌じゃなかった?」


 リオナが聞く。


「嫌じゃない。

 ……初めて、自分の場所に立ってる感じがした」



 兵は、エルドを見る。


「なあ……

 今日のこと、お前が考えたのか?」


「……ぼくは、

 話を聞いただけです」


「並びを決めたのは、ユランさんです」


 兵は頷いた。


「でもさ」


 一拍置く。


「……聞かれ方が、今までと違った」


「できないことより、

 できることを知りたかっただけです」


 兵は、少し驚き、そして笑った。


「変な子だな」


 でも、その声は柔らかい。



「明日も、やるのか?」


「……たぶん」


「勝てるかは?」


「まだ分かりません」


「それでいい」


 兵は立ち上がった。


「……今日よりは、やれそうだ」


 そう言って、去っていく。



 夜風が、路地を抜ける。


「……来ると思った?」


「ううん」


 エルドは首を振る。


「でも……誰かは来る気がしてた」


 二人は歩き出す。


 昼とは違う練兵場の影が、遠くに見えた。


 明日は、まだ来ない。

 でも――

 動きたい人は、もう動き始めている。

今回は戦いの話ではなく、

「どう立つか」「どこに立つか」という話でした。


強さや才能よりも、

自分が“前に出る人なのか”“支える人なのか”、

それをちゃんと見てもらえた時に、人は少し楽になる。

そんな場面を書いてみたかった回です。


エルドがしているのは、

作戦を立てることでも、指示を出すことでもなく、

ただ話を聞いて、覚えているだけ。

それだけで、現場の空気が変わっていく――

その変化を感じてもらえたら嬉しいです。


次は、いよいよ「勝つ」話に進みます。

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