第26話 組み直す視線
兵たちが散っていく中、ハインツはエルドを近くの腰掛けに呼んだ。
木箱を並べただけの、簡素な休憩場所だ。
剣や槍の音が遠のき、練兵場には足音と風の音だけが残る。
「さて……さっきの続きだ」
ハインツは水筒を置き、肘を膝に乗せた。
「君は、あいつらの“動き”を見ていたわけじゃない。
そう言ったな」
エルドは小さく頷く。
「……はい」
「なら、何を見ていた?」
問いは静かだった。
答えを急かす気配はない。
エルドは一度、広場の方へ目を向けた。
剣を拭く兵。
槍を地面に立てかけて話す兵。
弓の弦を外している兵。
「……その人が、
どういうことをしてきた人なのか……です」
ハインツは、すぐには口を挟まなかった。
「戦いとは、関係なさそうに聞こえるな」
あえて、そう言う。
エルドは首を振った。
「分かりません。
でも……無関係とも思えなくて」
言葉を探しながら、続ける。
「同じ武器を持っていても、
踏み出す前に必ず足元を見る人がいたり、
周りを一度見てから動く人がいたり……」
ハインツは、ふっと息を吐いた。
「なるほど」
そう言って、立ち上がる。
「なら、少し付き合え」
◇
ハインツは、近くにいた兵を一人呼び止めた。
「おい。少し話せ」
「はい、団長」
「最近まで、何をしていた?」
「……え?」
思いがけない問いに、兵は一瞬言葉に詰まる。
「任務の話じゃない。
それより前だ」
「……家の手伝いを。
荷運びとか……」
別の兵にも声をかける。
「お前は?」
「……港で。
網を直したり、積み下ろしを」
さらに一人。
「……あちこち回ってました。
使い走りみたいなことを」
答えは短く、まちまちだった。
ハインツは、それ以上深くは聞かなかった。
「もういい。戻れ」
兵たちが離れていく。
◇
ハインツは、エルドに視線を戻した。
「……で?」
問いは短い。
エルドは、すぐには答えられなかった。
今聞いた言葉が、頭の中でまだ並びきっていない。
「……同じ訓練をしても、
同じように動けない理由が、
少しだけ……見えた気がします」
断定しない。
“気がする”に留める。
ハインツは、ゆっくりと頷いた。
「続けろ」
その一言が、許可だった。
「……もう少し、
話を聞いてもいいですか」
ハインツは、わずかに笑った。
「構わん。
どうやら、面白いことになりそうだ」
◇
その後、三人は練兵場の外へ出た。
広場を囲むように伸びる道。
低い土手。
草がまばらに生えた斜面。
エルドは足を止め、地面を見る。
踏み固められた場所と、柔らかい場所。
足跡が集中するところと、避けられているところ。
リオナは少し離れて歩いていた。
柵の切れ目。
視界が途切れる角度。
人が立てば、自然と背を向ける位置。
「……ねえ」
リオナが振り返る。
「ここ、
さっきの模擬戦だと、誰も使ってなかったよね」
土手の陰を指した。
「うん」
エルドは頷く。
「広場の真ん中ばっかりだった」
「もったいないな」
リオナは、それ以上言わなかった。
◇
練兵場を一周し、元の場所へ戻る。
ハインツは腕を組んだ。
「さて……
ここまで見て、どう思う?」
エルドは、少し考えてから口を開いた。
「……武器とか、強さじゃなくて……
役割の決め方を、変えた方がいい気がします」
まだ、具体的ではない。
「今のままだと、
みんなが“できること”より、
“やらされてること”をやってる感じで……」
ハインツは黙って聞いている。
リオナが、横から口を挟んだ。
「それに、場所も」
「場所?」
「うん。
さっきの広場だと、
得する人と、損する人がはっきり分かれる」
断定ではない。
あくまで感覚。
エルドは、頷いた。
「……組み方と、
使う場所を変えれば……
同じ人でも、動きは変わると思います」
ハインツは、二人を見比べた。
そして、ふっと息を吐いた。
「……やはり面白いな、君たちは」
腕を組み直し、少しだけ口角を上げる。
「よし。
オレが責任を持つ。
少し試してみよう」
その言葉に、空気が変わった。
◇
少し間を置いて、エルドは視線を横に移した。
そこには、黙って様子を見ていたユランがいる。
エルドは、一歩前に出た。
「……あの」
声は小さいが、迷いはなかった。
「ユランさんを、
お借りしても良いですか?」
その場に、わずかな沈黙が落ちる。
ハインツが、ゆっくりとユランを見る。
ユランは一瞬だけ目を伏せ、
それから、静かに頷いた。
何かが始まる――
その直前の、確かな手応えだけが残っていた。
第26話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、
強さや戦術の話というよりも、
「何を見ているのか」「どこから見直すのか」を
丁寧に組み直していく回でした。
エルドはまだ、
自分の感覚をはっきりと言葉にできていません。
ただ、動きの奥にある“これまで”や、
立っている場所そのものに、
違和感と可能性の両方を感じ始めています。
そしてリオナもまた、
答えを断言せず、
環境や配置の“ズレ”を静かに拾っています。
少しずつ、
視線の置き方が変わっていく。
その変化が、次につながっていくはずです。




