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第25話 練兵場の風

 丘を下り、街道に戻るころには、空はすっかり晴れていた。

 雨を含んだ土が靴裏にまとわりつき、歩くたびに鈍い音を立てる。


 街の門が見えてくる。


 門前には、普段より多くの兵が立っていた。

 通行人の顔を改めるというより、荷車や背負い袋の方を注意深く見ている。


 人が入りそうな大きな箱。

 布を何重にも掛けた荷。

 荷台の下、結び目、隙間。


「……もう一度、開けてくれ」


 兵の声に、旅人が足を止める。

 街の空気が、ほんのわずか張りつめていた。



 門をくぐってしばらく進んだところで、ハインツが馬を寄せてきた。


「……妙だったな」


 前を向いたまま、低く言う。


 ユランが応じた。


「賊の動き、ですね」


「ああ。

 ああいう連中は、普段は姿を見せない。

 こちらが人数を揃えた時点で、引くのが普通だ」


 ハインツは、馬の首を軽く叩いた。


「それが今回は、護衛団を相手にしてまで前に出た。

 ……固執が過ぎる」


 エルドは黙って聞いていた。


 理由は分からない。

 ただ、“おかしかった”という感覚だけが胸に残る。


「今は人さらいとして処理する」

 ハインツは、そこで話を切った。


「それ以上を考えても、今は手が増えん」



 リルは、街の孤児院で保護されることになった。

 白い壁と、小さな庭のある建物だ。


 扉の前で、リルは何度も振り返った。

 エルドの服の裾を掴み、なかなか手を離さない。


「……また、来るよ」


 エルドがそう言うと、リルは小さく頷いた。


 護衛団は、両親の捜索を継続するという。

 街道と周辺の村へ人を回し、情報を集める。


 エルドとリオナは旅を続ける予定だった。

 ――が。


「数日は、この街にいろ」


 ハインツはそう言った。


「理由は……後で話す」



 午後。

 二人はハインツに連れられ、練兵場へ向かった。


 街の外れにある、ただの広場。

 囲いもなく、特別な設備もない。


 乾ききらない地面には、無数の足跡が重なっている。


 兵士たちは、それぞれ勝手に体を動かしていた。

 剣を振る者。

 槍を構える者。

 弓の弦を引く者。

 盾を構え、踏ん張る者。


 エルドは、自然と歩みを緩めた。


 剣を持つ兵は、動きが速い。

 だが、落ち着きがなく、常に位置を変えたがっている。


 槍の兵は、間合いの取り方が正確だ。

 ただ、向きを変えるたびに動きが途切れる。


 弓の兵は、狙いをつけるまでが長い。

 周囲を気にしすぎているようにも見えた。


 盾の兵は、構えは堅い。

 だが、攻撃が来ない瞬間にも体が前に出る。



「集まれ」


 ハインツの声で、兵たちが集まる。


「模擬戦だ。

 条件は簡単。全員が倒れるか、大将役を倒された時点で負け」


 ざわり、と空気が動く。


「攻めも守りも決めない。

 好きにやれ」


 二班に分かれ、それぞれ大将役が立つ。


 合図と同時に、動き出した。


 正面からぶつかる者。

 横へ回り込む者。

 一瞬、様子を見る者。


 剣がぶつかり、鈍い音が広場に響く。

 槍が空を切り、盾がそれを受け止める。


 弓を構えていた兵が、狙いを定めきれないまま距離を詰められた。

 慌てて下がろうとした瞬間、足を取られ、地面に倒れる。


「くっ……!」


 前に出すぎた兵が続いて崩れ、

 大将役の周りで動きが重なった。


 庇おうとした動きが遅れ、

 一瞬の乱れが広がる。


「そこまで!」


 ハインツの声で、動きが止まった。


 兵たちは息を切らし、地面に手をつく。


「……まただ」

「どうにも噛み合わねぇ」


 ハインツは腕を組み、広場を見回した。


「あいつら、これで四連敗だ」


 苦笑が漏れる。



 休憩に入り、水を飲む兵たちを背に、ハインツはエルドを手招きした。


「どうだ」


 短い問いだった。


 エルドは、すぐには答えなかった。

 足跡の重なった地面を見てから、視線を上げる。


「……」


 言葉にしようとすると、まだ形にならない。


 ハインツは急かさない。


「一つ聞く。

 君は、何を見ていた?」


「……剣とか、槍とかじゃなくて……

 その人が、どういうふうに動いてきたか……みたいな」


 ハインツの眉が、わずかに動く。


「ほう」


「それが……今の役割と、

 少し、ずれてる気がして」


 断言はしない。

 ただの感覚として置く。


 ハインツは、しばらく黙っていた。


「……なるほどな」



 少し離れたところで聞いていたリオナが、ぽつりと口を開いた。


「……団長さん」


「なんだ」


「この広場、

 いつもここで模擬戦してるんだよね」


「そうだが」


「……それって、

 みんなに同じ条件を当てはめてるだけ、って気がする」


 ハインツは、視線を地面に落とした。


「場所の話か」


「うん。

 全部変えなくてもいい。

 少しだけでも」


 断定しない。

 提案だけを置く。


 ハインツは、二人を見比べた。


 そして、短く息を吐く。


「……少し、腰を据えて話す必要がありそうだな」


 冗談めいた口調だったが、目は真剣だった。


 兵たちのざわめきが、遠くに聞こえる。


 エルドの胸の奥で、

 まだ名前のつかない感覚が、静かに形を変え始めていた。

今回は、大きな事件や派手な戦いではなく、

「うまくいっていない理由」を静かに見つめる回でした。


剣や槍の強さではなく、

その人が“どこに立つのが向いているのか”。

力ではなく、役割や配置の話が、少しずつ前に出てきています。


エルド自身も、

まだ自分の感覚に名前をつけられていません。

ただ「違和感がある」ことだけを、手放さずに持っている段階です。


ふと、昔の村での泥合戦のことを思い出しました。

あのときも、勝ち負けより先に、

「誰がどこにいると場が回るか」を見ていた気がします。


この先で、その感覚がどう形になるのか。

引き続き、見守ってもらえたら嬉しいです。

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