第24話 追跡班の影
丘の下の木立が、わずかにざわめいた。
雨は上がっている。
そのぶん、音が通る。
ユランが片手を上げ、護衛たちを止めた。
「……来る」
斜面の奥。
木々の影が、一つではない揺れ方をしていた。
リオナが周囲を一瞬だけ見回す。
地面の起伏。
木の間隔。
小屋へ続く道と、外へ抜ける細い獣道。
「……ここ、挟める」
小さく、けれどはっきり言った。
「正面だけ見せて、左右に散る気だと思う」
根拠は口にしない。
でも、その声に護衛が反応した。
「左右、間隔を詰めろ!」
「背中、林側を警戒!」
◇
影が、斜面を登ってきた。
一人、二人……
いや、七、八人。
数を見た瞬間、空気が張りつめる。
「多い……!」
誰かが息を呑んだ。
リオナは目を細め、位置を変えながら言う。
「右、来る。
あそこ、抜け道がある」
護衛が即座に動く。
剣先がずれ、包囲が崩れかけるのを食い止めた。
エルドは、リルを小屋の影へ押しやりながら、
その光景を見ていた。
――動きは、追えない。
速すぎる。
でも。
(……あの人)
護衛の一人。
前に出ているが、足の運びが軽い。
(前じゃない。
あの人は……横から回る方が、ずっと合ってる)
別の護衛。
盾を構えているが、構えが高い。
(守る役じゃない。
合図を出す側の人だ)
敵の中にも、目が行く。
(……あの人は、無理してる。
力はあるけど、役目が違う)
理由は分からない。
ただ、そう感じてしまう。
エルドは歯を食いしばった。
(でも……今は……言えない)
◇
「来るよ!」
リオナの声が鋭く飛ぶ。
次の瞬間、敵が一気に距離を詰めた。
剣がぶつかり、
短い金属音が連なる。
「リルから離れるな!」
ユランが叫ぶ。
護衛団は踏みとどまったが、
敵の動きは早い。
リオナは、斜面と木々の間を見比べている。
「……深追いしない。
“探してるだけ”だと思う」
その言葉どおり、
敵の一人が小屋の周囲を一瞥し、
別の方向へ合図を送った。
短い口笛。
敵が、一斉に引いた。
「待て――!」
「追うな!」
ユランが制した。
敵は散り、
森の奥へ消える。
追えば追えたかもしれない。
でも、その痕跡は意図的に乱されていた。
◇
静寂が戻る。
護衛の一人が、悔しそうに地面を蹴った。
「……捕まえられたはずだ」
「あと少しだった……」
その空気の中で、
エルドは思わず口を開いていた。
「……さっきの……
左にいた人……」
全員の視線が向く。
「前に出るより……
横から回ってたら……
もっと、止められたと思う」
誰も言葉を挟まない。
「あと……盾の人……
合図を出す役の方が……
向いてる気がして……」
言ってから、
エルドははっとした。
(……何、言ってるんだろ)
◇
「……今の話」
低い声がした。
振り返ると、
そこに立っていたのは――
前の街で、二人を助けてくれた団長格の騎士だった。
団長は、護衛たちを一度見回し、
それからエルドを見た。
「君は……
戦いを、どう見ていた?」
「……え……」
答えに迷う。
「……動きじゃなくて……
その人が……
何をする人か……みたいな……」
自分でも、うまく言えない。
団長は、しばらく黙っていた。
そして、ユランの方を見る。
「……ユラン」
ユランは一歩前に出た。
「はい。
私たちが何に向いているかも、
敵がどんな役割で動いているかも……
この子は、分かってしまうんです」
団長の眉が、わずかに動く。
「……なるほどな」
団長は、今度はリオナに目を向けた。
「そして――
あの女の子もだ」
リオナが一瞬だけ目を瞬かせる。
「戦闘中、
地形と間合いを読んで、
何度も指示を飛ばしていた」
「予測だな。
だが……当たっていた」
リオナは肩をすくめた。
「……たまたま、です」
団長は、ふっと息を吐いた。
「たまたまで済む場面じゃない」
◇
団長は、二人を並べて見た。
「面白い組み合わせだ。
……いや、危ういか」
その言葉に、エルドは胸がざわつく。
団長は最後に言った。
「今日はここまでだ。
敵はまだ近い。
だが……覚えておく」
その視線は、確かにエルドを捉えていた。
森の奥で、
風が揺れた。
影は消えたが、
気配は、まだ残っている。
第24話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は戦闘そのものよりも、
「誰が、どこで、どんな役割をしているか」を
エルドが自然に見取ってしまう場面を描きました。
本人はまだ自覚していませんが、
“戦いを人で見る視点”が、少しずつ表に出てきています。
それをどう受け取られるのか、
周囲の反応も含めて書いていて緊張しました。
次話では、この出来事が
もう一段、別の形で動いていきます。
引き続き、読んでもらえたら嬉しいです。




