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第23話 北の丘への道

 雨脚は依然として強かったが、

 森を抜けるにつれて少しずつ風が弱まり、

 視界が開けていった。


 前を行く護衛団の騎士たちが、

 濡れた道を慎重に進みながら周囲を警戒する。


 その少し後ろを、

 エルド、リオナ、リルが歩き、

 ユランは三人の側に位置して後方を見張っていた。


 雨音と馬の足音だけが、

 細く長い緊張を引き伸ばしていく。



「リル、疲れてない?」

 リオナが声をかけると、

 リルは小さく首を振った。


「……だいじょうぶ」


 言葉とは裏腹に、

 その細い肩はふるえていた。


 エルドはリルの歩幅に合わせ、

 そっと手を添えた。


(早く安全な場所へ……)



「ユラン、この雨……夜には弱まるか?」

 前方の護衛が問う。


「風向きが変わってる。

 止むのは夕刻前後だ。

 だから今のうちに距離を稼ぐ」


 ユランの声は落ち着いていたが、

 その目は常に周囲の変化を捉えていた。


(雨が止んだら……また危なくなる)


 エルドはリルの手を握り直す。



 道が二手に分かれた。

 一つは林を抜ける近道。

 もう一つは丘を大きく回り込む安全ルート。


 護衛が言う。


「雨の音も薄くなってきた。

 林を抜ければ早いが……?」


 ユランは周囲を観察し、

 ふとエルドの方へ視線を向けた。


「エルド。

 君はどう思う?」


 驚きつつも、エルドは感じていた違和感を口にした。


「林……さっきから馬が嫌がってる。

 避けてるみたいで……

 何かいると思う」


 護衛たちがざわつく。


「馬の様子だけで……?」


 ユランは短く頷いた。


「回り込む。

 時間より安全を優先する」


「了解!」



 丘が近づく頃、雨が弱まり、

 灰色の空の向こうに古い見張り台が見え始めた。


「見えた! あれが北の丘の合流所だ!」


 その脇には石造りの小屋。


 そこが、護衛団との再集合地点だった。


 リルがほっと息をつく。


「……よかった……」


 だがユランは表情を緩めない。


「まだ気は抜けない」



 丘を登る途中、

 リルは強くエルドの服を握った。


「……パパ……ママ……」


 震える声。

 エルドはその手を包み込む。


「ぼくも、父さんと母さんを探してるんだ。

 一緒だよ」


 リルは小さく息を飲んだ。


 リオナが優しく笑いかける。


「大丈夫。

 このまま見つけよう」


 ユランは二人の言葉に、

 ほんのわずかに表情をやわらげた。


(強い子だ……)



 そして――

 丘の頂上に着いた瞬間。


「……止まれ」


 先頭の護衛が短く声を上げた。


 全員が足を止める。


 石造りの小屋。

 その重い扉が――


わずかに開いていた。


 雨だけでは絶対に動かない構造だ。


「……誰か、入った?」

 リオナが息をのむ。


「ここにいたはずの護衛ではない」

 ユランの声は鋭い。


 エルドは扉を見つめ、

 喉がひりつくような緊張を覚えた。


(……中に……いた?)



「ユラン、どうする?」

 護衛のひとりが問う。


「俺が入る。

 二人続け。

 子どもは外で待機させろ」


 ユランが扉を開く。


ギィ……


 暗闇と湿気。

 埃の匂い。


 そして――静寂。


 数秒後、ユランの声。


「エルド、リオナ。

 来てくれ」


 二人は頷き、小屋へ入る。



 中は薄暗く、埃っぽく、

 壁際には古い木箱と壊れた机。


 ユランが足元を指し示す。


「見てくれ」


 床には、泥の足跡が複雑に残っていた。


 エルドが息をのむ。


「……四人?」


「大人の男の足が三つ。

 そして――ひとつだけ、女性の小さな足跡」


 リオナが目を見開く。


「リルの……お母さん?」


「可能性はある」

 ユランが静かに言う。


「この足跡……

 『追われて逃げ込んだ』形をしている」


 その言葉に、

 エルドの胸が苦しくなる。


(ここで……戦ったんだ)



 エルドはさらに奥へ視線を向けた。


 そこには――


深くえぐれた床の傷。

 転がった椅子。

 乱れた土。


 そして、

ずるずると“何かを引きずった跡”。


「これ……」


「争った跡だ」

 ユランが低い声で言った。


「複数人が争い、誰かが倒れ……

 最後は“外へ引きずられていった”」


 リオナが唇を噛む。


「じゃあ……リルの親は……ここまで来たのに……!」


「この引きずり跡」

 ユランは床をなぞる。


「二人分だ。

 ……“夫婦二人”が連れていかれた可能性が高い」


 リルの父母が、

 ここで追いつかれたということ。


 エルドは拳を握りしめた。



「ユラン!」

 外から短い声。


 騎士の目が険しい。


「丘の下……影が動いた!」


 空が鳴り、風が強くなる。


「……来てる。

 あいつら、戻ってきたんだ」


 リオナはリルを抱き寄せ、

 エルドは息を吸い込む。


 ユランは短く命じた。


「全員、散開!

 迎撃ではなく、警戒優先!」


 護衛たちが一斉に動く。


 エルドは小屋の奥の足跡を思い返した。


(リルの両親……

 まだ近くに……?

 生きてる可能性……ある……?)


 雨はほとんど止み、

 霧のような空気が丘を包む。


 その中で――

 ゆっくりと、分かるほどの影が揺れた。


――第23話 完/次話につづく

今回は“追われた痕跡”から少しずつ真実が浮かんでいく回でした。

動きは大きくないのに、足跡や残された物だけで状況が見えてくる…

こういう静かな場面ほど、書きながら何度も立ち止まってしまいます。


それでも、エルドが感じた小さな違和感や

ユランが選んだ道の判断が、

あとから効いてくる展開に繋がっていけばいいなと思っています。

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