第23話 北の丘への道
雨脚は依然として強かったが、
森を抜けるにつれて少しずつ風が弱まり、
視界が開けていった。
前を行く護衛団の騎士たちが、
濡れた道を慎重に進みながら周囲を警戒する。
その少し後ろを、
エルド、リオナ、リルが歩き、
ユランは三人の側に位置して後方を見張っていた。
雨音と馬の足音だけが、
細く長い緊張を引き伸ばしていく。
◇
「リル、疲れてない?」
リオナが声をかけると、
リルは小さく首を振った。
「……だいじょうぶ」
言葉とは裏腹に、
その細い肩はふるえていた。
エルドはリルの歩幅に合わせ、
そっと手を添えた。
(早く安全な場所へ……)
◇
「ユラン、この雨……夜には弱まるか?」
前方の護衛が問う。
「風向きが変わってる。
止むのは夕刻前後だ。
だから今のうちに距離を稼ぐ」
ユランの声は落ち着いていたが、
その目は常に周囲の変化を捉えていた。
(雨が止んだら……また危なくなる)
エルドはリルの手を握り直す。
◇
道が二手に分かれた。
一つは林を抜ける近道。
もう一つは丘を大きく回り込む安全ルート。
護衛が言う。
「雨の音も薄くなってきた。
林を抜ければ早いが……?」
ユランは周囲を観察し、
ふとエルドの方へ視線を向けた。
「エルド。
君はどう思う?」
驚きつつも、エルドは感じていた違和感を口にした。
「林……さっきから馬が嫌がってる。
避けてるみたいで……
何かいると思う」
護衛たちがざわつく。
「馬の様子だけで……?」
ユランは短く頷いた。
「回り込む。
時間より安全を優先する」
「了解!」
◇
丘が近づく頃、雨が弱まり、
灰色の空の向こうに古い見張り台が見え始めた。
「見えた! あれが北の丘の合流所だ!」
その脇には石造りの小屋。
そこが、護衛団との再集合地点だった。
リルがほっと息をつく。
「……よかった……」
だがユランは表情を緩めない。
「まだ気は抜けない」
◇
丘を登る途中、
リルは強くエルドの服を握った。
「……パパ……ママ……」
震える声。
エルドはその手を包み込む。
「ぼくも、父さんと母さんを探してるんだ。
一緒だよ」
リルは小さく息を飲んだ。
リオナが優しく笑いかける。
「大丈夫。
このまま見つけよう」
ユランは二人の言葉に、
ほんのわずかに表情をやわらげた。
(強い子だ……)
◇
そして――
丘の頂上に着いた瞬間。
「……止まれ」
先頭の護衛が短く声を上げた。
全員が足を止める。
石造りの小屋。
その重い扉が――
わずかに開いていた。
雨だけでは絶対に動かない構造だ。
「……誰か、入った?」
リオナが息をのむ。
「ここにいたはずの護衛ではない」
ユランの声は鋭い。
エルドは扉を見つめ、
喉がひりつくような緊張を覚えた。
(……中に……いた?)
◇
「ユラン、どうする?」
護衛のひとりが問う。
「俺が入る。
二人続け。
子どもは外で待機させろ」
ユランが扉を開く。
ギィ……
暗闇と湿気。
埃の匂い。
そして――静寂。
数秒後、ユランの声。
「エルド、リオナ。
来てくれ」
二人は頷き、小屋へ入る。
◇
中は薄暗く、埃っぽく、
壁際には古い木箱と壊れた机。
ユランが足元を指し示す。
「見てくれ」
床には、泥の足跡が複雑に残っていた。
エルドが息をのむ。
「……四人?」
「大人の男の足が三つ。
そして――ひとつだけ、女性の小さな足跡」
リオナが目を見開く。
「リルの……お母さん?」
「可能性はある」
ユランが静かに言う。
「この足跡……
『追われて逃げ込んだ』形をしている」
その言葉に、
エルドの胸が苦しくなる。
(ここで……戦ったんだ)
◇
エルドはさらに奥へ視線を向けた。
そこには――
深くえぐれた床の傷。
転がった椅子。
乱れた土。
そして、
ずるずると“何かを引きずった跡”。
「これ……」
「争った跡だ」
ユランが低い声で言った。
「複数人が争い、誰かが倒れ……
最後は“外へ引きずられていった”」
リオナが唇を噛む。
「じゃあ……リルの親は……ここまで来たのに……!」
「この引きずり跡」
ユランは床をなぞる。
「二人分だ。
……“夫婦二人”が連れていかれた可能性が高い」
リルの父母が、
ここで追いつかれたということ。
エルドは拳を握りしめた。
◇
「ユラン!」
外から短い声。
騎士の目が険しい。
「丘の下……影が動いた!」
空が鳴り、風が強くなる。
「……来てる。
あいつら、戻ってきたんだ」
リオナはリルを抱き寄せ、
エルドは息を吸い込む。
ユランは短く命じた。
「全員、散開!
迎撃ではなく、警戒優先!」
護衛たちが一斉に動く。
エルドは小屋の奥の足跡を思い返した。
(リルの両親……
まだ近くに……?
生きてる可能性……ある……?)
雨はほとんど止み、
霧のような空気が丘を包む。
その中で――
ゆっくりと、分かるほどの影が揺れた。
――第23話 完/次話につづく
今回は“追われた痕跡”から少しずつ真実が浮かんでいく回でした。
動きは大きくないのに、足跡や残された物だけで状況が見えてくる…
こういう静かな場面ほど、書きながら何度も立ち止まってしまいます。
それでも、エルドが感じた小さな違和感や
ユランが選んだ道の判断が、
あとから効いてくる展開に繋がっていけばいいなと思っています。




