第22話 雨音の下で
外の雨音はしだいに強まり、
建物の古い屋根を叩き続けていた。
サァァァァ……
その音が、かえって心臓の鼓動を大きく響かせる。
息を潜めながら、リオナは震えたリルに毛布をかけた。
「寒くない?
濡れたところ、痛くない?」
リルは小さく首を振るが、震えはまだ止まらない。
エルドは隣に膝をつき、優しく声をかけた。
「リル……ここなら大丈夫だよ。
ぼくらがずっとそばにいるから」
リルはエルドの袖をつまんだまま、かすかにうなずく。
◇
しばらくして、リオナが問いかけた。
「ねぇ、リル。
どうして一人で森にいたの?」
リルは顔を伏せ、少しだけ口元を震わせた。
「……逃げたの。
……パパとママ、捕まって……
声……いっぱい聞こえて……」
それ以上言えなくなったリルの手を、
エルドはそっと包んだ。
「もう大丈夫だよ。
ここにいる間は、絶対に守るから」
◇
その時。
コン……コン
扉を弱く叩く音。
三人が同時に息を呑む。
エルドはリルをリオナに預け、
そっと扉へ近づき、声を潜めた。
「……誰?」
外から雨に混ざる声が返ってきた。
「エルド、リオナ。
僕だ――ユランだ」
警戒は解かず、
エルドは慎重に問い返した。
「ユランさん……
朝、ぼくに何て言いましたか?」
短い沈黙。
雨音の向こうで答えが返る。
「“昼前に雨が来る”……そう言ったよ」
(……本物だ!)
エルドは急いで扉を開く。
◇
「二人とも……無事でよかった!」
雨に濡れたユランは、
ほっと息をつきながら中へ入った――が。
視線の先、毛布にくるまる小さな影に気づいた瞬間、
ユランの表情が固まる。
「……子ども?
どういう――」
リオナが答える。
「森で見つけたの。
隠れて震えてたから……連れてきた」
ユランは一度、天井を見るように息を吸い、
しばし言葉を失った。
そして、ふたりに向き直る。
「……まったく無茶をする……」
声は叱るようで、けれど震えていた。
「服も乾かさずに……火も焚かなかったのは、
場所を悟られないためだね。
――よく、二人だけで守りきったね。
後で詳しい話を聞くから」
その言葉には本気の驚きと安堵が混ざっていた。
◇
「ユランさん……街で何があったの?」
エルドがたずねる。
ユランは一度だけ雨音に耳を澄ませ、
声を低くして言った。
「……やはり、この街と、近くの小さな村が
“狙われた”らしい。
詳しいことはまだ分からないけど……
敵が近くに残っている可能性が高い」
リオナが息を呑む。
「じゃあ……ここも危ない?」
「もしヤツらが気配を追ってきたら、
この子の存在も目に留まってしまう。
だから今は、街へ“まっすぐ戻る”のは避けるべきだ」
ユランは三人を見渡し、
「……ひとまず北の丘へ退避する。
そこに護衛団を集めて、状況を共有しよう。
リルの話も聞いたうえで、
“どう動くか”を決める」
と静かに告げた。
(まだ何も決まっていない……
でも、リルの親を助けたい……)
エルドは唇を噛んだ。
◇
その時。
ドドッ……ドドドッ……!
馬の足音が地面を震わせた。
リオナが目を見開く。
「……誰か来る!」
ユランは一瞬だけ耳を澄ませ、
すぐに言い切った。
「大丈夫だ。
……オレが連れてきた護衛団だ!」
◇
建物の外で馬が止まり、
複数の足音が泥を踏んだ。
「ユラン! 合図を見た、ここだな!」
ユランは扉を開き、
濡れた護衛たちを迎え入れた。
その中には、
昨日、宿場跡で二人を庇った騎士の姿もあった。
「二人とも無事で……本当によかった!」
彼はエルドたちを見るなり、ほっと息をついた。
「この子は……?」
「うん」
リオナはリルの肩を抱きながら答える。
「森で震えてた。
あたしたちで見つけたんだ」
「よく連れ出せた……本当によくやった」
騎士の声は震えていた。
◇
護衛たちはすぐに周囲を調べ、
雨の強まりを確認する。
「雨脚が強い今のうちに移動した方がいい」
ユランが判断する。
「この場所は……長く隠れられる場所じゃない。
北の丘に一度集まり、
そこで“これからどう動くか”皆で決めよう」
「了解!」
短い返答が続き、準備が一気に進む。
◇
「……こわい……」
リルが不安げにエルドの手を握った。
「大丈夫。
ぼくらも一緒だよ」
エルドは力強く答えた。
◇
準備を終え、
護衛のひとりが扉を押し開けると――
雨の幕の向こう、薄暗い道がのびていた。
「エルド、リオナ」
ユランが振り返る。
「ここからは護衛も一緒だ。
だが……雨が味方してくれるのは“今だけ”。
気を抜かずに行こう」
二人は強くうなずいた。
「うん」
「分かった」
ユランはリルに手を差し伸べた。
「行こう、リル。
君の両親を助けるためにも……まずは安全な場所へね」
リルは小さくうなずき、
その手を握った。
◇
三人と護衛団は、
雨の中を北の丘へ向かって歩き出した。
その時、森の奥で――
わずかに“何か”が動いたように見えた。
(……まだ終わってない)
エルドはわずかに振り返り、
霧のような雨に沈む森を静かに見つめた。
――第22話 了/次話につづく
22話は、“雨に守られながら前に進む”回でした。
ユランの判断、二人の勇気、リルの震える手――
どれも大きな戦いではないけれど、確かな一歩でした。
そして、今回の更新で普段より多く読んでいただけたみたいで驚きました。
背中を押されたようで、とても嬉しかったです。




