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第1話 臆病な盾

 はじまりは、どこにでもある小さな村の――

 どこにでもいる小さな子ども同士の喧嘩だった。


 ミルティア村。

 風車の影がのび、麦の匂いが満ちる、静かな村だ。

 戦の足音など、まだ誰も想像すらしていない。



 村外れの小さな泉――幼い二人にとっての秘密基地。

 その水面を揺らす泣き声が、風に混じって響いていた。


「……っ、ひぐ……」


 エルドは膝を抱え、顔をうずめていた。

 涙は止まらない。どこまでいっても弱い自分が悔しい。


「また泣いてんのか?」


 枝を踏む音と共に、ライクが現れた。


「こ、転んだだけ……」


「転ぶやつの顔じゃねぇって」


 ライクは隣に腰を落とし、腕をそっと取る。

 袖の奥には、青紫に腫れた痕。


「ガルドだな」


「…………」


 否定なんてできない。

 弱いことは、分かっている。


 しばし、泉だけがしゃべった。


「なぁエルド」


 ライクは空を見上げたまま言う。


「弱ぇってのは、ちゃんと痛みを感じられるってことだ。

 泣くってのも、生きてる証拠なんだよ」


 エルドの呼吸が止まる。


「俺は、お前が泣いてるのが嫌だ」


 その一言が、胸を熱くした。


「行くぞ。俺がガルドをぶっ飛ばしてやる」


「む、無理だよ!!」


「無理でも行く。エルドが泣いてんのが腹立つんだ」



 広場。

 ガルドと取り巻きは待っていたかのように嘲る。


「負け犬が、もう吠えに来たのか?」


「エルドをいじめた分、返すだけだ!」


 ライクは一直線に突っ込んだ。

 拳を握りしめ、ただ真正面から。


「ライク、危な――!」


 エルドの声は、拳の音にかき消された。


「ぐっ……!」


 脇腹に叩き込まれた一撃。

 ライクが蹲るより早く、エルドは飛び込んでいた。


「やめてっ!」


 だが小柄な体は簡単に掴まれ、土に叩きつけられる。


「弱っちいのが邪魔すんな!」


 何度も拳が落ちる。

 痛い。


 でも――


(……見える)


 ガルドは突っ込む前、必ず右肩が下がる。

 左手は飾りみたいに動きが小さい。

 踏み込みは速いけれど、視線が先走る。


 腕は震え、視界は滲んでも、

 観察だけは止まらなかった。


「……逃げよう」


 震える声でエルドが言うと、

 ライクは悔しさに歯を食いしばりながら立ち上がった。


 二人は泥まみれで走った。

 勝てなかった。

 でも、負けた理由を知った。



 秘密基地へ戻ると、ライクは拳を地面に叩きつける。


「なんでだよ……なんで勝てねぇんだ……!」


「ボクが弱いから……」


「ああ、弱いな」


 エルドは目を伏せる。


「でも、弱いから見えるもんがあるだろ」


「……っ」


「俺、殴られながら気づいたんだ。

 お前、ずっとガルドを見てた。

 怖いのに、逃げねぇで」


 ライクはエルドの肩をぐっと掴んだ。


「作戦考えようぜ。

 お前の“気づき”があれば、勝てる」


「……勝てる、かな」


「勝つんだよ。今度は俺がお前を守る番だ」


 差し出された手。

 二度目のその手は、もっと強かった。


「……わかった。考えてみる」


 エルドは、その手を握る。

 震えていても、確かにつながっている。



 震える手は、まだ頼りない。

 胸の奥の決意も、まだ小さな火種だ。


 けれど――ふたりでなら、立てる。


 どうすれば勝てるか。

どうすれば守れるか。

 弱いからこそ考え続ける。


 その夜、秘密基地にだけ灯った小さな灯りを、

 村の誰も知らなかった。

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