第18話 騎士が残した影と、三人旅のはじまり
朝の霧がまだ残るころ、
エルドとリオナは村長の家の前で待っていた。
「来るかな……」
「来るよ。昨日の人、約束を破るタイプじゃない」
リオナは腕を組んだまま、静かに辺りを見回す。
エルドの胸の奥には、昨日の出来事がまだ重く残っていた。
(“影”って……何なんだろう)
そんな不安がよぎったとき、蹄の音が霧の向こうから響いた。
「待たせたな」
若い騎士が馬から降り、二人に歩み寄る。
鎧は少し泥で汚れていて、眠れていない顔だった。
「話がある。ついてきてほしい」
三人は村外れの丘へ向かった。
◇
「昨日の盗賊の件だ」
騎士は草を払って腰を下ろす。
エルドとリオナも並んで座った。
「最近、この辺りで“人攫い”が増えている。
村が襲われても、奪われるのは物より人だ」
エルドは目を見開く。
「人攫い……?」
「ただの盗賊じゃないのか?」とリオナ。
「違う。やり方が妙だ」
騎士は息を深く吸った。
「昨日の盗賊たちの手……あれは“武器の傷”じゃない。
縄を扱う者の傷だった」
エルドは背筋がぞわりとした。
(縄……
街で声をかけてきた男たちも……同じだった)
思い出すだけで、喉がひりつく。
「捕まえた者に話を聞いても、
“指示している人間”の顔を誰も知らない。
会った覚えがないと言うんだ」
「会ってないのに……動いてるの?」
リオナが眉を寄せる。
「そうだ。
ただ、“知らない旅人に声をかけられた”とは言う」
騎士は低くつぶやいた。
『気づいたら、一緒に行動していた』
『“これをやれば金になる”と言われた』
『失敗した仲間は、戻らなかった』
冷たい空気が三人のあいだに落ちる。
「それに……奴らは“人のいない道”を使って移動している。
森の裏道、川沿いの細い道……地図にも載っていない道だ」
(だから……見つからない)
エルドの胸がざわついた。
「裏道を全部知ってる人がいるってこと?」
「そうだ。
そして……さらわれた人は、その道を通って運ばれる」
エルドの手が震えた。
(ぼくたち……本気で危なかったんだ……)
◇
「どうして、ぼくらにこんな話を?」
エルドは勇気を出して聞いた。
騎士は真っ直ぐエルドを見る。
「昨日、君は村の人たちの“できること”を見て、
負けずに時間を稼ぐ作戦を作った。
あれは簡単じゃない。
私には……ああはできん」
エルドは息をのむ。
「この地域には、あの“影”がまだ動いている。
だが、我々だけでは追い切れない。
姿が見えなさすぎるんだ」
「…………」
エルドは言葉が出なかった。
「だから……もし何かに“気づいたら”教えてほしい。
君には、人の“癖”を見る目がある」
胸の奥に、小さく火が灯ったような感覚が走った。
◇
騎士は立ち上がり、馬へ歩き出した。
が、ふと立ち止まって言う。
「この村にもう一泊するつもりだったが……考えが変わった」
「え?」
「盗賊は、恐らくもうここには戻らない。
“影”は、一度騒ぎになった場所を避け、次へ移動する。
だから私は──別の街へ先に戻って、護衛団と対策を練りたい」
「じゃあ……ぼくらは?」
エルドが不安そうに聞く。
騎士は首を横に振った。
「君たちだけで旅を続けるのは危険だ。
影は、一度目をつけた相手を追うことがある。
だから……護衛をひとりつける」
そう言って、騎士は声をかけた。
「ユラン、頼む」
村の裏側にいた若い男が近づいてきた。
旅人の格好だが、目の奥に油断のない光がある。
「ユラン……?」
エルドがつぶやく。
「彼は旅人に“見える”だけだ。
実際は私の部下で、腕は確かだ。
影に気づかれないよう、旅人に扮して同行させる」
ユランは軽く会釈した。
「よろしく。
あんまり堅苦しい感じじゃなくていいよ。
護衛ってより、同じ旅人として一緒に歩くから」
リオナはじっとユランを見てから言う。
「……まあ、悪い人ではなさそう」
「それ褒めてる?」
ユランは苦笑した。
◇
翌朝、村を出る分かれ道で。
「私は北へ。護衛団と合流し、次の街で待つ。
君たちは南だ。
道中、影の痕跡があれば気をつけろ」
そう言い残して、騎士は馬を走らせた。
霧の向こうに騎士の背が消えていく。
「じゃ、行こうか」
ユランが柔らかく微笑む。
エルドとリオナは顔を見合わせ、うなずいた。
(影は……まだどこかにいるかもしれない)
(でも、もう逃げるだけの旅じゃない)
三人はゆっくりと歩き出した。
朝の光が差し込む細い道が、まっすぐ続いていた。
――第18話 了/第19話につづく
今回は、影の存在が少しだけ見えてきた回でした。
大きな戦いではなくて、
話を聞いたり、考えたり、選んだりする場面が多い回ですが、
エルドが“自分の目”をどう受け止めていくかを描けた気がします。
そしてユランが加わり、三人の旅が動き始めました。
この静かな一歩をこれからどう広げていけるか、
自分でも楽しみです。




