第17話 道と影の、はじまり
ゆるやかな丘を越えた先に、小さな城壁の街が見えてきた。
「ようやく着いたね」
「うん……」
門をくぐると、細い通りが複雑に入り組んでいた。
リオナは道の角、階段の位置、人の流れを素早く目で追う。
エルドはその様子を不思議に思いながら歩いていた。
すると横から、三人組の男が声をかけてきた。
「やぁ、旅の子かい。宿を探してるんじゃないか?」
一見、親切そう。
けれど、エルドの胸の奥がひやりとした。
(この人たち……)
手の皮は厚く、節に小さな傷。
武器や道具を扱う人の手。
目線は荷物ではなく、二人の腕や足へ向けられていた。
「こっちにいい宿があってね。案内するよ」
その一歩が近づいた瞬間――
「エルド、行くよ!」
リオナが腕をつかんで駆け出した。
「えっ──」
「いいから!」
細い路地を抜け、段差を駆け上がり、影の濃い角をすり抜ける。
リオナは迷いなく道を選んでいく。
(見てたんだ……街に入ったときから)
何がどこへ続くか、どの道が狭いか。
すべて頭に入っているような走り方だった。
広い道へ出ると、巡回中の護衛団が見えた。
「どうした? 追われていたな」
エルドが短く説明すると、
若い騎士はすぐさま仲間へ合図を送った。
「ここは任せろ。君たちは門のほうへ」
二人は街の外へ逃げ出し、ようやく息をついた。
「危なかった……」
「リオナ、あんな道よく覚えてたね」
「見れば分かるよ。角とか段差とか、好きなんだ、こういうの」
エルドはうなずきながらも、先ほどの男たちの目を思い出した。
(絶対に旅人じゃなかった……)
二人は気を取り直して歩き始めた。
小さな村に着いたのは夕暮れどきだった。
家畜の声、薪の匂い。
穏やかで、どこかほっとする村だ。
「こんにちはー!」
リオナの声に村人たちは驚き、すぐに笑顔で迎えてくれた。
空き部屋を貸してくれ、水まで分けてくれる。
「最近、護衛団が“盗賊が出たらしい”と言っててな」
年配者が湯飲みを差し出しながら言った。
しばらくして猟師が森から戻り、村長に報告する。
「……焚火の匂いが残ってた。人の足が……多い」
その声に、村の空気がわずかに引き締まった。
「念のため柵を確認するぞ」
若者たちが走り出す。
そして、夜が降り始める。
村長の家に村人が集まり、議論が始まった。
「逃げるべきじゃないか?」
「夜道は危険だ」
「家畜は置いていくのか?」
「戦って勝てる相手じゃない……」
「護衛団を呼ぶしか……!」
声の通る青年が手を挙げる。
「俺が行きます。街まで走れば──」
「行けても戻りは夜半だ」
猟師がすぐに言う。
重い沈黙が落ちた。
エルドは膝の上で手を握った。
(みんな迷ってる……どうすれば……)
外から牛の鳴き声が聞こえた。
エルドは顔を上げた。
「……あの、提案があります」
村人たちの視線が集まる。
「戦うんじゃなくて……
“時間を稼ぐ”のはどうでしょうか。
“人”じゃなくて、“家畜”を使って」
「家畜を……?」
「牛なら、押し出せば走るぞ……」
「犬も吠えさせられる」
村人たちの表情が少し変わる。
「牛を斜めに走らせれば、列を崩せます。
犬は吠えるだけで注意を割けます。
弓は高い場所から、倒すんじゃなく……動きを止める」
「なるほど……!」
村長がうなずいた。
「続けてくれ」
エルドは深呼吸して続けた。
「倒す必要はありません。
ただ、“進みにくくする”だけでいいんです。
罠は低く張って足を鈍らせて、鈴の合図で動きをそろえるんです」
そこでリオナが、すっと前に出た。
地面の土の上に指を走らせる。
村の形、道の癖、影の濃い角を一瞬で拾い取る。
「縄はここ。暗くて低いから見えない」
「犬はこの筋。まっすぐで吠え声が反響する」
「柵はここ→ここ。
順番どおりに開ければ、牛は斜めに走る」
村人たちがどよめいた。
「この子……ほんとによく見てる……!」
「確かにここなら効く!」
狩猟罠の扱いが得意な年配者が前へ。
「罠は儂に任せろ。鈍らせる張り方をしてやる」
声の通る青年が鈴を掲げる。
「合図は俺がやる。三回で右、二回で左、一回で下がれ──でいいんだな?」
「はい。
深追いしないことが、一番大事です」
村長が強く手を叩いた。
「決まりだ。
戦わず、持ちこたえる。
護衛団が来るまで、村を守るぞ!」
緊張が走り、村の夜気が重くなった。
森の奥から、足音が聞こえた。
犬が吠え、闇へ向かって飛び出す。
吠え声が左右へ広がり、盗賊たちの注意を割く。
「来た……!」
矢が放たれ、盗賊の腕をかすめた。
倒れない。
ただ、動きが止まる。
次に罠がかすかに鳴り、足を鈍らせる。
「今だ、柵!」
牛飼いの若者が柵を開き、
重い影の群れが斜めに道を駆け抜けた。
「うわっ──!」
盗賊の列が乱れ、人影がぶつかり合う。
「下がれ! 深追いするな!」
鈴の合図が響き、
伝令役の少女が素早く前に出て、仲間を下げる。
矢は二射で止め、すぐに位置を変える。
罠は足を鈍らせ続け、犬の吠え声が影のように左右を走る。
(あと少し……!)
エルドは拳を握った。
そのとき、遠くで蹄の音が響いた。
「そこまでだ!」
若い騎士を先頭に護衛団が突入した。
盾が並び、盗賊の乱れた列を左右から押し返す。
敵は森へ逃げ散り、静寂が戻る。
犬の吠え声が短く一度響いた。
「よく持ちこたえたな」
騎士がエルドとリオナに歩み寄る。
「このやり方……君たちが?」
「村のみなさんが、それぞれの得意を使いました。
ぼくは……並べただけです」
「並べただけ、か」
騎士はわずかに笑い、そして真剣な表情で言った。
「……明日の朝、少し時間をもらえないか。
この地域で続いている“影”について話したい。
護衛団だけでは対処しきれない。
……君たちなら、相談してもいい気がする」
エルドは息をのんだ。
リオナも静かに頷く。
(影……?
いったい何が起きているんだ……)
夜風が二人の間を通り抜けていった。
―――第17話 了/次話へつづく。




