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第14話 旅の朝

 夜明け前の空は、まだ青く眠っていた。

 村を包む霧が薄く漂い、風車の羽がゆっくりと回っている。

 鳥の声が一つ、二つと重なり、世界が少しずつ目を覚ましていった。


 家の前に、荷を背負ったエルドの姿があった。

 粗末な布袋の中には、少しの食糧と、祖父の削った木片。

 それだけが、彼に残された“家族の形見”だった。


 戸口に立つと、油灯の消えた部屋が静かに見えた。

 埃の中で光る木くず、父が使ったノミ、母が残した薬草瓶。

 ひとつひとつに手を触れ、心の中で別れを告げた。


「……行ってくるよ」

 誰もいない部屋に、声を残した。

 その言葉が、木の壁にやわらかく返ってきた気がした。



 外に出ると、霧の中に二つの影が立っていた。

 ライクとミーナだ。


「お前、早すぎるだろ!」

 ライクがあくびを噛み殺しながら笑う。

「早い方がいいんだ。風が止む前に出たいから」

「……ほんとに、行くんだね」

 ミーナの声は、朝の空気みたいに透き通っていた。

 彼女の手には、小さな包み。


「これ、あんたの母さんが残してた薬草。

 うちに分けてくれたことがあったの、覚えてる?

 乾かしてあるから、長持ちするはず」

 エルドはそれを受け取り、深く頭を下げた。

「ありがとう、ミーナ。……母さんも、きっと喜ぶ」


 ライクが背を向けて言った。

「もし道中で困ったら、風の音を思い出せ。

 お前のじいさんが言ってただろ? “風の止む前に進め”ってさ」

 エルドは笑って頷いた。

「うん。……ありがとう、ライク」



 丘の上に出ると、太陽が顔を出した。

 黄金の光が麦畑を照らし、風車がキィ、と音を立てて回る。

 エルドはしばらくその景色を見つめていた。


 足元の土はまだ冷たい。

 けれど胸の中は、あたたかかった。


「父さん、母さん。

ぼくも見に行くよ。

あなたたちが残した、この世界を。」


 背に受けた風が、そっと押した。

 エルドは一歩、また一歩と歩き出す。

 その背中を、ライクとミーナが黙って見送っていた。


 朝の光が、三人の影をゆっくり長く伸ばしていく。



風車の音が小さくなるたび、

世界の音が少しずつ広がっていった。

それは、臆病な少年が初めて聞いた“旅の鼓動”だった。

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