ボーイミーツガール、ただし
「今日は何月の何日かしら?」
少女は落ち着いた様子で僕にそう聞いた。
「今日……ですか?」
いきなり現れた少女からされたのはいたって普通の質問だった。
日常生活でもよくする質問。それこそまったく知らない人にも気軽に聞けるだろう。
しかしそれは普通の世界での話だ。
このただでさえおかしい世界でどれだけ探しても人っ子一人いなかったこの街に突如現れた彼女。
どう考えても異常だ。
いや、でもこの世界はおそらく夢なのだ。少々おかしなことだって起こるはずだ。
そう思った僕はおぼろげになった記憶の中から、昨日の日付を思い出し、彼女に言う。
「今日はたぶん、九月八日だと思います」
そういうと彼女は現れた時からずっと崩さなかった鉄仮面のような無表情に少し、戸惑いのような表情を浮かべた。
そして風が吹いてしまえば消えてしまいそうな小さな声でつぶやいた。
「もう、夏休みは終わったのね」
僕がその発言に疑問を抱き、彼女に「どういうことですか?」と質問しようとすると、彼女は一瞬変わった表情を元に戻すと、踵を返し、公園の出口へと進んでいった。
僕は彼女の遠ざかっていく背中を一瞬ぼーっと見ていたが、さすがにこの世界の第一村人を見逃せるはずもなく、拓真は急いでブランコから降りると、彼女を呼び止めるために今日一番であろう大きな声を出す。
「ちょっと待ってください!」
拓真のその呼び止めに、彼女は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「何かしら。質問があるなら一つにして頂戴。私がした一つ分ぐらいは聞くわよ」
彼女の傲岸不遜な物言いに、拓真は一瞬むっとしたが、対して気にせず続ける。
「あなたは何者ですか?」
「私?私は如月玲奈よ」
その淡白な回答に思わず異議を立てる。
「そういうことじゃなくてですね……」
「それ以外言いようがないじゃない。逆にあなたは私を何者だと思ったのよ」
「僕が作り出した幻?」
「すごい名推理ね。じっちゃんの名を賭けてみたら?」
「自分でもおかしなこと言ってると思うので忘れてください。それに知らない人を想像できるほど僕は想像力豊かじゃないですし」
「そうね。もし私を作り出すことができるのだったら、画家にでもなるといいわ。ダヴィンチになれるわよ」
遠回しに自分のことをモナリザであるといっているようなものである。ものすごい発言に僕が困惑していると彼女の方が先に口を開く。
「それじゃあ。質問には答えたわね」
彼女はまたもやこの場から離れようと公園の出口へと向かって歩いていく。
しかしこちらとしてはまだまだよくわからないことがたくさんある。それに一人でずっといるのも飽きてきたのだ。
「もう一つ質問してもいいですか?」
「さっき私が一つだけなら聞くって聞いてなかったのかしら?」
彼女は眉をひそめながら言う。
「聞いてましたよ。だけどまだ気になることがたくさんあるんです。それに暇だし」
「私を暇つぶしの道具に使わないでほしいわね。それに私がさっきした質問の分は答えたんだから私がこれ以上答える義務はないわ」
「じゃあ僕に何か聞きたいことがあったら聞いてくださいよ。そうしたらウィンウィンじゃないですか?」
「残念だけど、あなたに聞きたいことなんてない──」
彼女がそう言い切ろうとしたとき、ふと何かを考えるような顔をして黙りこんだ。
さっきまでは興味なし。といった顔だったが何か気になることでも思いついたのだろうか。
まぁ僕に質問の権利が生まれるのだったらモーマンタイだ。
「そうね。じゃあもう一つ質問させてもらってもいいかしら?」
「何でもいいですよ。僕の友人関係とか個人情報から何でも聞いてください」
「そんな情報はいらない。どうせ友達は少ないのでしょう」
「勝手に決めつけないでください!?」
彼女には人を見る目があるようだ。自分で掘った墓穴にそのまま入り、葬式の準備までした気分だ。勝手にダメージを受けていると早くしてくれない?と言わんばかりの少女の顔が横目に映ったので急いで質問に答える準備をする。
「はぁ……じゃあ普通に何でも聞いてください」
「えぇ。それじゃ、遠慮なく……あなた、ここに来る前‘‘変な神社に行かなかった?」
拓真はその質問にどきりとした。 ‘‘変な神社‘‘とは僕が前日言った願いが叶うと噂の神社のことだろう。
これ自体はありふれたオカルト話であり、ありふれた噂話だ。何の問題もない。しかしなぜ初対面である彼女はそんなことを知っているのだろうか。困惑した僕はその質問に答えることができずにいた。
「あなたの反応を見ると、図星のようね」
「なんで……あなたがそんなことを知ってるんですか?」
「別に知ってたわけじゃないわよ……ただの予想。私もあの神社に行った後、家に帰っていつも通り寝たはずだったのに、気づいたらこの世界にずっといるのよ」
なるほど。確かにほとんど一致してしまっている。しかしあの神社は願いを叶えるとの噂だったはずなのにあのへんな名前の情報提供者、嘘をつきやがったな。そう拓真は心の中で毒づいた。
「ずっとって……この世界から出ることはできないんですか?」
悪い不安を消すために彼女に問いかける。
「わからないわ。少なくとも私は八月九日から約一か月間この世界から出れてないわ」
「じゃあ、出る方法もわからないと?」
「えぇ、その通りよ」
帰ってきたのは予想していた通り、悪い返答だった。
彼女の言っていることが本当かはわからない。しかし初対面の際に月日を聞いてきたことも、彼女がこの世界に閉じ込められ、今が何日かを確認できなかったからだと考えれば納得だ。
こんな世界で時間の進みもわからぬまま一人で過ごし続けるなど、どんな苦しみなのだろうか。僕には想像することもできない。したくもない。
「これで聞きたい質問はもう無いし、あなたの質問にも答えたわ。あらためて失礼させてもらうわ」
今度こそ、といった感じで彼女はこの場を離れていく。それにしてもなぜ彼女は僕から離れていこうとするのだろうか。まぁ僕が怪しい男と捉えられてしまえばその限りだが、僕には彼女が人との関わりを避けようとしているようにも見えた。
彼女が公園から出ていこうとしたその時だった。
どこからともなく巨大な鐘の音が拓真の耳に鳴り響いた。いきなりの鐘の音にびっくりした拓真はこの世界に詳しいであろう彼女の方を見てみたが、彼女の方も何が何やらといった感じだった。
「なんなんですか?このバカでかい鐘の音は!」
「私だって知らないわよ!こんなこと初めてなんだから……」
予想外のことに驚いているのは彼女も同じようだった。
変なことが起きないか周囲を警戒していると、鐘の音の大きさはピークに達したみたいで、残った鐘の振動の音が少しだけが鳴り響いていた。
「少しマシになったか……この鐘の音はいったいなんだったんでしょうね───」
僕が彼女の方を向き、そう言い切ろうとしたとき、急に視界がぶれ始め、体をまっすぐに保てないほどのだるさが体を襲ってくるのを感じた。
僕は必死に立とうと我慢したが検討はむなしくその場に倒れこんでしまった。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
彼女は今日一番といった焦り顔で僕の顔を覗き込んでくる。何とか返事を返そうとするが、体に力が入らなくなり返事をすることすらままならなくなる。
瞼を開けておくことすら難しくなってくると、近くで僕に呼びかけてくるはずの彼女の声はどこか遠くから聞こえてくるような感じがした。
意識を保つのが難しくなってきた僕がその原因不明の体のだるさに身を任せるとびっくりするぐらい気持ちがよく眠りにつくことができた。ここは夢の世界のはずなのに。
▼△
ぼんやりとした頭のまま起き上がると、家の外から聞きなれた工事のドガガガという音が聞こえてきた。
そして気づく。ここは現実世界だと。
「あれは夢だったのか?いや夢にしてはいろいろとおかしかったような……」
自問自答を繰り返しているうちに今日が平日であるということを思い出す。
「あれ?そういえば今何時なんだろう……」
恐る恐る、時計をのぞいてみると、時計の針はとっくに8時30を回っていた。
遅刻確定である。
「やばい!急がないと!」
非日常から一転、最悪なスタートの日常へと戻されてしまった。




