誰もいない町
ここ最近の拓真にとって、気持ちの目覚めとは、無縁の日々だった。
目を覚ますと同時に感じるのは、最近近所でやっている工事の音と、学校に行かないといけない憂鬱。
それだけで、拓真の一日のやる気というのを9割ほど持っていくのだ。とてもたまったものじゃない。
天気の良い朝だというのにも関わらずため息を出してしまう。
「そういえば今日は化学があるなぁ……めんどくさい」
そんなことをぼやいていると今日の朝は何か普段とは違うことに気づく。
いつもなら聞こえるはずの重機械のドガガガガという工事の音が聞こえないのだ。
「今日は工事やってないのか?平日なのに珍しいな。社会人が休んでいるのだったら、僕も休んでいいんじゃないかな。てゆうかいいだろ」
そうは口で言っておきながらも休めば留年という二文字がこちらへと向かってくるので、休むという選択肢はない。仕方ないのでベッドに根を張った体を起こし今が何時かを時計で確認しようとする。だが時計の針は00:00を刺したまま止まっていた。
「なんだこれ?壊れてんのか?」
仕方なく、スマホで時間を確認しようとするも、昨夜ベッドの上に置いてあったスマホはいつの間にか姿を消している。まぁわざわざ探すのもおっくうなのでそのまま放置する。
「……まぁいいか。外はまだまだ静かだし、誰もいないからまだ朝早いんだろ」
来ていた服を脱ぎ、制服に着替えると拓真はリビングへと向かう。
リビングには相変わらず人はおらず、この家で一番広い部屋を一人でいると寂しさを少々感じる。
拓真の両親は共働きなので、拓真が起きる時間にはすでに出勤しているのが普通ではあるのだが普段とは何か少し違う雰囲気に拓真は思わず眉をよせる。
リビングというよりこの家全体から、人がさっきまでいたという感じがしないのだ。
たとえるなら数日間の旅行から帰ってきたばかりの家といった感じだろうか。
さらにもう一つ違和感を感じるところがある。
まったくの無音なのだ
車の音から隣の家の生活音などすべてをひっくるめてまったくの無音。
さすがにおかしいと拓真は近くにあったリモコンで何かあったのかとテレビをつけてみる。
しかしテレビはザーザーといいながら砂嵐を映すだけで何も反応がない。
ほかのチャンネルに変えても砂嵐が続くだけだ。
オカ研のおかげで様々なホラーに対しての耐性がついた拓真だったがさすがに今の状況には少し背筋がぞわっとする。
拓真は自分の置かれている現状が、何なのかを探るべく玄関へと行き、外へと出る。
しばらく外を歩いては見たものの人の影はどこにも見当たらない。それどころか普段であれば朝昼晩どの時間帯でも車がとっている表通りに出たのにもかかわらず、車は一つも走っていない。
いくらなんでもおかしい。ここまで人がいないとさすがに怖くなってくる。
某ウェンズデーが一般人に仕掛けたドッキリであればうれしいのだが、それはあまりにも現実的ではないだろう。
「俺が寝ている間にみんなどっか行ったのか?そうだとしたら、僕はアホすぎるし、みんなは薄情すぎるぞ」
どうしようもない状況に思わず宙を仰ぐと、自分の真上にきれいな満月は浮かんでいることに気づく。
なんで朝なのにあんなにはっきりと満月が見えるのだ?と疑問を抱くと同時に一つのおかしな事態に気づく
太陽がどこにも浮かんでないのだ
空のどこを見渡しても太陽は浮かんでいない。そのくせ空は昼と同様に明るいのだ。
さすがの拓真もこの状況がおかしいと気づく。そして自分がうすうす感じていた疑念が確信へと変わっていく。
「なるほどね……誰もいない町に、消えた太陽の代わりに浮かぶ月……うん、これは夢だな。そうに違いない」
ほとんど現実逃避のような思考である。こういった場合ほとんどが夢ではないのだ。僕はそんなに都合よくいく人生を送ってきていない。そう思いながら拓真は思いっきり自分のほっぺたをつねってみる。
すると本当ならば襲ってくるはずの痛みがやってこないのである
。
「いっ……たくない……てことは本当に夢なのか?いや待てよ、なんか聞いたことがあるぞ夢の中で自分が夢の中にいるのを認識することができる明晰夢ってやつがあるのを」
さっきまで感じていた不安から一転、人生初の明晰夢という経験に拓真はワクワクしていた。
夢の中ということは何でもできる。しかし最初にやることといえば一つだ。
空を飛ぶ
それは機械や物の力に頼らず、人間の体のみを使ったもの。映画や漫画などで当たり前のように見られる能力だが、現実では実現が不可能というのが世の常だ。
しかしここは夢の中。リスクもなしにリターンを得れる素晴らしい場所。ここで挑戦しなくては雪村家の名が廃るというものだ。
さっそく拓真はスーパーマンさながらのポーズをとる。ほかの人に見られれば死ぬほど恥ずかしいポーズだろうが、幸いここには誰もいないはずだ。飛び切りのキメ顔とポーズを決めた拓真は大きな声で言う。
「行くぜ~とうっ!!」
勇ましい掛け声とともに空を飛ぶ拓真。しかし滞空時間はほんの一瞬。浮かんだ距離は数十センチ。一般的に言うジャンプである。
ただ地面にドスンと着地する音だけが響き、拓真のワクワクしていた思いもいつの間にか冷めていた。
「夢なのに空飛べないのかよ……それに冷静になって振り返ると、男子高校生がスーパーマンのポーズとか死ぬほど恥ずかしいな」
いまさら自分がやっていた行動が恥ずかしくなってきた拓真はその場を離れるべく、閑静な住宅街を歩くと奇妙なものが目に入ってきた。
それは巨大な時計塔であった。
高さは8~10メートルほどありそうで、質素な作りながらもどこか威厳を感じるような作りであった。
しかし時計は動いていないようで今朝、家の時計が示したように時計の長針と短針は0をさしていた。
なぜこんな住宅街に時計塔が?という疑問も浮かぶがここは夢の世界。細かいことを気にしても無駄だと思い、時計塔の方へと近づいてみる。
その時計塔には入口のようなものはなく、登れそうな場所もない。欠陥住宅もよいところだ。
特に何もなかった時計塔を離れようとするとそのすぐそばには大きな公園があった。懐かしい遊具が数多くあり、その中でも拓真の目を引いたのはブランコであった。
拓真はブランコに乗り、これからどうするかの方針を立てようとする。
「結局、明晰夢って言っても特別なことは起こりそうにないし、あとどうやったら目覚めれるのかも分からないんだよな……」
ブランコに乗りながら、面白くも楽しくもない現状に思わず顔を下げてしまう。思えば、夢の中でこんなに考え事をするのも初めてだ。結構な距離も歩いているし、おまけに当たり前といえば当たり前だが朝ごはん?も食べていない。
ブランコに乗ったまんまぼーっと木々が風に揺られているのを眺める。
そんな時だった。
拓真の視界に公園の風景とは似つかわしいパジャマ姿の少女が現れる。
幻かと思い瞬きを数回挟んでみたが、どうやら違うらしい。
輪郭も存在もはっきりとしている。
半透明のネグリジェに身を包んだその体は、健康的な体をしており、長い髪を首の後ろでしっかりとまとめられており、身長はおよそ165cmくらいで女子としては高めの分類だと思う。凛とした顔立ちにはどこか焦りのようなものが見られ、何かを探している様子だった。
なぜ人がいるのだ?という疑問を抱きながらも、その少女を見ていると向こうもこちらの存在に気づいたようで、早歩きになりながらこちらに近づいてくる。
そしてお互いの距離が近づき、瞬きを数回、気まずい沈黙が流れそうになる前に口を開いたのは彼女の方だった。
「今日は何月の何日かしら?」
彼女から飛んできたのは案外普通の質問だった。




