【第1話その3】公爵令嬢とその契約獣
遠縁の親族たちが去り、屋敷がいつもの調子を取り戻すと、挨拶や贈り物のやりとりで過ぎた一週間は、あっという間に流れていった。
今では廊下もすっかり整い、召使いたちは床を磨き、肖像画の埃を払い、洗濯物を抱えて回廊を行き来している。
そして私は――?
「待って! こっちに来なさい!」
この七日間、私はあの腹立たしい猫を追いかけ続けていた。何度かは捕まえることに成功したが、カードホルダーを取り付ける前に逃げられてしまう。毛並みはごわついているのに、掴んだときだけ妙に温かく、心地よい。けれども大抵は牙を剥き、爪を立て、あっという間にすり抜けていくのだった。
そして今朝も同じ。私は猫を追いかけ、訓練場へと駆け込んだ。そこでは兄のリーフが師の監督のもと、呪文の稽古をしていた。
兄は私より三つ年上で、すでに十五歳。来春には王立学院に入学する予定だった。誰もが彼には才があると言い、家の名を超えて名を成すかもしれないと噂していた。実際、その身振りの正確さ、炎を呼び出す姿を見ていると、私もそれを信じずにはいられなかった。
息を切らしながら、私は芝生に座り込んだ。庭の向こうでは、私の“契約獣”が背中を丸めて日差しを転がるように浴びている。どうせ近づけば、また跳ねて逃げてしまうに違いない。
だから、私は兄を見ていた。
相手が氷の槍の雨を放つ。しかし兄はそれを軽々と払いのけ、宙へと飛び上がった。動きが速すぎる――また加速のカードを引いたのだろう。
「出でよ、アウグストゥス!」
呼び声に応じて現れたのは、灰色の毛並みに額の宝石を光らせた兎のような魔獣だった。見えない足場を跳ね渡るように空を駆け、最後には兄の肩に軽やかに着地する。
その口に輝くカードが咥えられていた。兎は首を振り、カードを宙に放る。ひらめく表面には氷晶の紋が浮かび上がる。
兄の口元が笑みに歪む。
「《乱氷乱舞》!」
まだ着地する前に、兄の剣が閃いた。一閃ごとに無数の氷柱が生まれ、空はきらめく刃の嵐に変わる。降り注ぐ氷は鋭く、 relentless に相手を追い詰める。
だがそれはただの嵐ではなかった。弾かれた氷柱さえも地面や壁、結界に跳ね返り、予測不能な角度で再び相手に襲いかかる。
兄は立ち尽くし、その嵐を鋭い眼で追い続けていた。
私は膝を抱え、瞬きするのも忘れて見入っていた。
強い……まぶしい。
最後の破片が砕け散り、氷嵐が消え去ると、兄は両手を掲げて笑った。
「俺の勝ちだ!」
――私も、あんなふうになりたい。
兄の視線がこちらに気づく。
「おや? 可愛い妹が応援に来てくれたのかな?」
「違うわ!」私は叫び、勢いよく立ち上がって駆け出した。
今こそ――チャンス!
結界が解ける。その瞬間、誰に止められるより早く、私は庭を横切り、日向で転がっているあの猫へと突進した。
跳んだ。両腕を広げ、今度こそ捕まえてやると。
だが猫も同時に跳ね上がり、私の背に踏み台のように乗ってから、別の芝生へと飛び移る。揺れる炎の尾で嘲るように。
私は顔から地面に突っ込み、呻いた。
「……ほんとに大嫌い。」
※兄は主人公より 3歳年上 に修正(主人公12歳、兄15歳)
※変更前は5歳 → 3歳に修正