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【第7話その3】公爵令嬢と帳簿

 エズモンド男爵領――公爵家の新しい領地のひとつ。


 わずか二十年前に開拓されたばかりで、南の丘陵地帯に位置する。川沿いに小さな谷と段々畑が広がり、土地は肥沃だが起伏が多い。領民を養い、公爵軍の糧食を賄うには十分な生産力を持つ。南の境界は他領と接しており、常に警戒を要する前線でもある。


 領主アントニオ・エズモンド男爵は、かつて祖父――先代公爵の宮廷で近衛騎士団長を務めていた。

 三十歳の若さで南方遠征の功績を認められ、祖父から爵位と辺境の地を授けられた人物だ。領地には彼の名が与えられた。二代目の貴族にしては異例の栄誉だった。


 聖戦の一年前、父は南部防衛線の強化を目的に、エズモンド男爵へ協力を打診した。

 公爵家の方針に基づき、男爵領は補給路として再編された――山岳国境へと続く、恒久的な生命線として。税は軽く抑えられたが、その分徴兵の義務は重かった。免除の代償として、必要なときには兵を差し出すことを求められた。


 そして彼らは応じた。十四年前の聖戦の際、この地から二千の兵が出征した。

 主力が遠征に出ている間も、国境警備の常備兵を維持していたという。


 やがて最初の帰還船団が港に着いた。

 元帥府の報告によれば、十四年前の聖戦に従軍した二千名のうち、千五百名――歴戦の兵と徴募兵の双方が――除隊を命じられたという。

 長い戦いを終え、彼らはついに武器を置くはずだった。


 本来なら彼らは村に戻り、再び農具を手に取り、静かな暮らしへ戻っているはずだった。

 ――はず、なのに。


 次の台帳に手を伸ばした。


 ページをめくり、収穫高、放牧地、同業組合の認可状――整然と並んだ報告書に目を走らせる。

 どの年も同じようにきれいにまとまっている。


 人口の推移が……おかしい。


 毎年、四〜五パーセントずつ増加している。

 隣接する領の倍の伸び率だ。

 十四年間も戦地の最前線にありながら、この数字は常識では考えられない。


 ここ七年間、新しい入植地は一つもなく、未開墾地の報告もなし。

 水車も穀倉村も増えていない――増加を裏づける要素が何もない。


 移民の記録はわずかにある。

 隣領や辺境教区から来た家族だというが、その数では到底説明がつかない。

 まるで、すべての家が毎年子を産み、その子が一夜にして成長してまた家を持つような……

 現実ではあり得ない速度で数だけが膨らんでいる。


 さらに奇妙なのは組合の記録だった。

 わずか十年の間に、鍛冶関係の組合が四つも設立されている。

 剣鍛冶、甲冑師、蹄鉄師、精錬工――それぞれが独立した組合として認可されていた。

 そんな分業は都市規模の領地にしか見られない。

 人口一万そこそこの辺境で起こることではない。


 しかも、そのどの組合にも新しい徒弟募集の記載がない。

 もし帰還兵たちが直接この地に落ち着き、家に戻るや否や炉を担って働いているのだとすれば――

 最初の帰還船が出るよりも前に、誰かがすべてを仕組んでいたことになる。


 けれど、農業報告を追っても、不安は少しも薄れなかった。


 聖戦より以前から、エズモンド領の収穫量は例外的に高かった。

 辺境としては異例の水準だ。

 その後の二十年間、数値は緩やかに、しかし途切れることなく上昇を続けている。

 不作の年は一度もない。

 病害も、干ばつも、季節的な乱れさえも記録されていない。

 帳簿は毎年同じ絵を描き続けていた――豊穣で、安定し、そして都合よく完璧な姿を。


 それは真実を記すための記録ではなく、領主の有能さを証明するための装飾に見えた。


 次に目を通したのは商業記録だった。

 長らくエズモンドの交易は名目上のものにすぎなかった。

 行き交う隊商は時折あるものの、定着した取引はほとんどない。

 領の重点はとうに軍事に移っており、商業とは縁遠いはずだった。


 ところが、聖戦が始まって三年後――

 五つの有力商会が、ほぼ同時にこの地へ支店を開いた。

 まるで誰かが、他の誰も知らぬ“見込み”をいち早く嗅ぎ取ったかのように。


 モルホルトの最新報告でも、その商会の名が再び挙がっている。

 いずれも募集しているのは書記でも商人でもなく、護衛と荷運び人。

 交易にしては多すぎ、戦時動員にしては少なすぎる。

 いずれにせよ、その取引は公の帳簿に載るようなものではなかった。


 私は山積みの帳簿の中から、通行税の記録を引き抜いた。

 他の帳簿よりも重く、古い蝋と羊皮紙の匂いが染みついている。

 中身は、南方街道を行き交う人名・貨物・納付金でぎっしりと埋まっていた。


 探しているのは地域全体ではない。重要なのはただひとつ――〈エズモンド〉の名だ。

 その名を見つけるたびに、線を引き、写し取っていく。

 一年、二年、五年――。


 最初は、何の変哲もない記録に見えた。

 小麦、大麦、亜麻――辺境の特産が港湾倉庫へと運ばれ、通行税も滞りなく納められている。

 だが、聖戦の中頃から穀物の出荷が次第に減り、三年前を境にぱたりと止まっていた。


 それなのに、公爵家への年次報告には不作も旱魃も記されていない。

 輸出停止の理由はどこにも見当たらなかった。

 では、穀物はどこへ消えたのか。


 商人の記録が、もうひとつの手がかりを示していた。

 彼らの隊商は南門を通過する頻度が異常に高い――週に二度ということさえある。

 だが、荷目録はやけに薄い。

 布地、乾果、塩漬けの魚――辺境では到底作れぬ贅沢品ばかりだが、遠路を運ぶほどの価値もない。


 理屈が合わなかった。

 まともな商人なら効率を重んじ、無駄な往復などしない。

 だが彼らは、まるで“往復すること”自体が目的であるかのように――

 安物の荷を積み、利益の見込めぬ旅を繰り返していた。


 そして、記録の“型”が変わった。

 通行税の帳簿には、今度は少量の鉱石――鉄、銅、錫――が記され始めていた。

 いずれも〈エズモンド〉商印の下に運ばれた輸入品であり、

 その量は、領内で生産されているはずの数には到底及ばなかった。


 なぜなら、別の帳簿に同じ名があったからだ。

 武具庫の会計、戦時鍛冶場の出納、そして武具交易の目録。

 そこでは、エズモンド領が南方駐屯地や公爵親衛隊にまで武器を供給する「輸出地」として記されていた。

 だが、釣り合いが取れていない。

 搬入された鉱石の量に対し、出ていく武具が多すぎるのだ。


 ――もし、その鉱石がすべて公爵領の関門を通っていないのなら?


 エズモンドの背後に連なる山脈は、古く傷だらけだ。

 かつての鉱脈が枯渇し、何世代も前に閉ざされたと記録にはある。

 だが、もしそのいくつかが密かに再び掘り起こされているとしたら、

 領地内で金属を賄うこともできる。


 そして、あの四つの鍛冶ギルドが関わっているのなら――

 採掘した鉱をその場で精錬し、再鍛造することなど造作もない。

 表向きの出荷記録を通せば、帳簿上はいくらでも「合法的な生産」に見せかけられる。

 商人たちも気づかない。

 鉱石が入り、武具が出て、利益が上がる――ただそれだけの、綺麗な循環に見える。


 宮廷の帳簿上では、まったく瑕疵のない繁栄だ。

 だが、並べて見れば話は違う。

 交易から消えた穀物、どこからともなく現れた鉱石、そして不自然なまでに整った収支。


 こうして並べて初めて、私は悟った。

 これは繁栄ではない――意図して作られた「均衡」だ。


 父の宮廷で、誰も気づかなかったのか。

 それとも、誰もが“繁栄の幻”を、都合よく信じていただけなのか。


 次に手を伸ばしたのは、軍籍簿だった。

 元帥の整然とした欄を、課税台帳と突き合わせる。

 本来なら数字は反比例するはずだ。

 兵が増えれば畑を耕す手は減る。

 だが――エズモンドでは、両方が同時に増えていた。


 十四年の戦役のあいだ、彼らが供出した兵の数は常に二千。

 一人も欠けず、一人も余らず。

 毎年春ごとに新兵が補充され、

 まるで領地そのものが兵士を生み出しているかのようだった。

 山岳道を守る常備兵を残したままでも、その数は一度も揺るがなかった。


 それ自体、異常だった。

 多くの男爵は千人を集めるのがやっとであり、

 伯爵でさえ二千、三千を超えることは稀だ。

 だがエズモンドは十四年ものあいだ、

 まるで侯爵領のように、戦力を途切れさせなかった。


 今、聖戦が終わり、公爵軍――最盛期には二万八千を超えた軍勢――は平時編成へ戻されつつある。

 エズモンドに与えられた割り当ては、兵千五百の除隊。

 残る五百のみが国境警備に残されるはずだった。


 だが帳簿は、まるで彼らの帰還など想定していないかのようだった。


 エズモンド領は、父の領地の中でも最南端――行き止まりの門のような場所だった。

 南の境は隣国の領に近く、山道は公式には閉ざされ、主要な街道は紛争地帯を避けて北へと伸びている。

 峠道は岩崩れと魔獣で知られ、正気の旅人ならまず通らない。


 だからこそ、誰もその報告を疑わなかったのだろう。

 訪れる者も、確かめる者もいない。地図の上では静かな辺境領――課税も兵役も滞りなく果たす、模範的な封土。


 だが、静けさほど嘘を隠しやすいものはない。

 そんな場所に、いったい何が潜んでいるのだろう。


 行政の世界で学んだことがある。

 最も危うい数字とは、変動するものではなく――決して変わらないものだ。

 安定している帳簿は見栄えがよく、誰もが安心して目を通す。だが、完璧な均衡ほど人を盲目にするものはない。


 かつて、わたしもそうした数字を信じたことがある。

 二年続けて、まったく同じ利益を報告した企業。取締役会は「効率的だ」と称え、投資家は「安定成長の証」と信じた。

 だがそれは虚構だった。新たな資金を呼び込むために積み上げられた、空虚な繁栄。

 監査が終わっても、わたしは自分の目で確かめなかった。信頼する者たちが皆「問題ない」と言ったから。


 三か月後、その“奇跡”は崩れ、取締役の半数が辞任した。


 ――きれいすぎる数字には、必ずそれを整えた手がある。


 エズモンドは、その「見えない完璧さ」を体現していた。

 借財もなく、訴訟もなく、声を上げる者もいない。

 おそらくそれこそが、この辺境領の最大の利点なのだ。

 遠すぎて、誰にも確かめられないということ。

 そして――従順すぎて、誰にも疑われないということ。


 帳簿を閉じた。

 伯母ブランシュフルールはすでにエズモンド男爵を疑っているだろう。だが、この帳簿の裏にある真実までは知らない。

 すぐに報告しなければならない。

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