【第3話その4】公爵令嬢とアシロンの少年
今週は月が明るく輝いていて、今夜はまさに満月だった──丸く、光を放ち、ろうそくが要らないほどに明るい。灯りをともせば女中たちが気づいて覗きに来るだろうから、私は火を点けなかった。数晩、私は夜更けまで本を読んで過ごしている。窓が開いているせいで銀の光が部屋に差し込み、好きなだけ読み続けられるのだ。
母はいつも「そんなに遅くまで読むと目を悪くする」と叱ったけれど、私は昔からこういう人間だった——前世でも。睡眠六時間でさっぱり目が冴え、すっきりと起きられる。新しい身体も同じリズムに馴染んできていた。妙なことに、夜早く眠ると、結局九時間も十時間も眠り続けてしまい、寝過ぎたようなだるさを覚えるのだ。
それでも屋敷が夜通し完全に静まり返っているわけではない。窓から庭の小道が見える。曲がり角ごとに巡回する衛兵たちの姿があり、月の光を横切るたびに鎧が淡い銀色に光る。それは別に不自然なことではなく、夜の屋敷のいつものリズムだ。
そのとき、寝台の上で──ヴォイド・フィーラインが身を覚ました。今まで影のように丸まっていたのに、耳をぴんと立て、体をこわばらせている。彼が本気で何かを追うときは、足元や尾の炎がふっと燃え上がるのだ——ちょうど今のように。
「なんだい、今度は?」と私は本を閉じるように小声で呟いた。
猫は寝台から飛び降り、窓辺に柔らかく着地した。花壇の方をちらりと見下ろし、まるで何かを探すように頭を忙しく動かすと、音もなく縁を越えて夜の闇に消えていった。高く跳びながら。
驚いて私も窓にかじりつくように身を乗り出した。下に広がる庭は生け垣や花壇が暗い影を落とし、芝生の上に黒い模様を描いている。あそこだ——背の高い、腰ほどのばらの垣のそばで猫は走って止まった。よく見ると、その猫は一人ではなかった。
花の生け垣の向こう、地面に腰を下ろしている人物がいた。アズリールだ。隠れている様子はなく、ただそこに座っている。
彼が袖に手を入れ、ぽつんと小さな何かを取り出してヴォイド・フィーラインに差し出すのを、私は見届けた。驚いたことに、使い猫はためらうことなくそれを受け取り、尾をひと振りして満足げなそぶりを見せた。
ありえない。これまで、肉でもミルクでも、最後は金の飾りですら試したけれど、あの猫は何にも触れたことがなかったのだ。
アズリールが何を与えたのか、確かめなければならない。
私はナイトローブを身にまとい、きちんと留めてから外へ出た。胸の高鳴りが早足にさせる——が、廊下に出た瞬間に、あまりに滑稽な光景にぶつかって転びそうになった。
廊下で女中と衛兵がぐちゃぐちゃに絡まり、まるで雷に打たれたように弾き離されたところだった。
「か、カタリナ様!?」女中が鳴き声のように叫んだ。
「お許しを!」と衛兵が慌てて弁解する。暗がりでも顔色が青ざめているのが分かる。
私は気にも留めなかった。彼らは私を十分に止めていたのだ。言葉もなく彼らをすり抜けた。
そうして私は本当の障害を思い出した:外の巡回だ。庭にこっそり出ようものなら、見回りの連中に止められるだろう。でも、もっと簡単な方法がある。
私は狼狽える二人に向き直り、腕を組んだ。「月を見たいの。二人とも、私に付き合うこと。」
「で、でも、奥様——」
「黙りなさい。文句を言える立場かしら。」
二人の顔は引きつっていたが、従わざるを得なかった。彼らを伴っていれば、巡回の目を引くこともない。外から見れば、ただのわがままなお嬢様が護衛付きで夜の散歩に出ているだけに見えるだろう。
途中で何度か衛兵とすれ違った。そのたびに、不承不承ついてきた二人が口を開いた。言い訳を吐き出す声は硬く、怯え切った調子で、命懸けで納得させようとしているようだった。たしかに私が一人で見つかれば、彼らの首が飛ぶのだから。
彼らがどんな話をでっち上げているのか気になりはしたけれど、問いただすほどの興味はなかった。私の関心は別にある──あの猫と、それを手なずけた少年に。
やがて垣根が見えてきた。アズリールがヴォイド・フィーラインと共に腰かけていた場所だ。私は足を止めた。この二人を連れたまま近づけば、彼に気づかれるか、あるいは煙のように消えられるか、口先で言い逃れされるに違いない。
私は二人を振り返り、声を潜めて鋭く告げた。
「あなたたち──ここで待ちなさい。ついて来ないで。」
「は、はい……お嬢様。」
私は身を低くして先へ進み、やがて四つん這いになって垣根を抜けた。月光が芝生に銀の模様を描き出している。
──そして、いた。
アズリールは模様入りの布を広げ、その上に胡坐をかいて座っていた。小さな炉に弱火が灯り、かすかに揺れている。やかんからはゆるやかに蒸気が立ちのぼり、夜気に溶けていく。彼の前には茶の入った杯、クッキーの皿、干した果物がきちんと並べられていた。
おや、こんばんは、カタリナ様。来るかどうかと思っていましたよ」
「どうして私が来ると?」
「ご契約獣なら近くにいるはず。主からそう離れるものではないでしょう。」
言われてみれば、その通りだ。
そして私は見た──一応“私の契約獣”ということになっている存在を。
アズリールの正面にちょこんと座り、前足の前には小さな杯と皿。クッキーを載せてもらい、茶をちろりと舐めながら平然と食べている。
「……なにやってるのよ、あんた。」私は小声で噛みついた。
アズリールは平然と顔を上げた。
「テラワン。私の故郷では、こうして満月を楽しむのです。」
月見、か。知っている。私もやったことはある──ただし寝室の窓から一人で、冷えた蕎麦か油ぎったハンバーガーを手に、なんて具合に。こんな風に、まして猫と一緒に、なんてことはなかった。
「ご一緒にどうですか?」彼は軽く言った。「ここまで来たということは、もう僕が巡回から隠れる必要はないのでしょう?」
「いいえ。必要よ。部屋を抜け出してここまで来たんだから。」
「では、私が捕まった方が都合がいいですね。」彼は淡い笑みを浮かべた。「責任は全部、カタリナ様に押しつけられる。」
……本気なのか、ただの馬鹿なのか。どちらにせよ、苛立ちよりも好奇心が勝った。私は布の上に腰を下ろした──ちょうど猫が寝転がっていた場所に。だがその生き物は一瞥すらよこさず、食べ続けるばかり。ヒゲをひくひく動かし、世の中はパンくず以外存在しないとでも言いたげに。私は背に指をなぞった。睨みも、引っかきもなし。ただ食べるばかり。
「ちっ……」
なるほど、食べ物が秘訣だったのね。もしカードホルダーを持ってきていれば、今のうちに装着できたかもしれない。きっと気づきもしなかっただろう。
向かいでアズリールは、指先の動きに淀みなく茶を注いでいた。立ちのぼる蒸気がその手を包む。思いがけず、私の夜の散歩は真夜中の茶会になってしまった。
私はクッキーを一枚取り、皿に軽く打ち付けた。
「それで……これは一体?」
「クッキーです。」
私は身を乗り出し、思った以上に尖った声になってしまった。
「そんなことくらい分かるわよ。聞いてるのは──中身よ。どうして私の契約獣が、こんなに気に入ってるの?」
アズリールは肩をわずかにすくめた。
「特別なものではありません。いくつかの香草。故郷の古いレシピです。」
私はクッキーを割り、指先で砕いた。甘く、土のような香りが薄く残る。口に入れ、ゆっくりと噛む。最初はただのナッツ風味のビスケット──だが次の瞬間、舌の上で何かが花開いた。繊細で、明るく、余韻を残す味。
思わず茶をひと口含み──そして凍りつく。
同じ香りが湯気に宿り、温もりと溶け合いながら、さっきの味わいをそのまま映していたのだ。
「……バラね!」私はカップを下ろして叫んだ。
アズリールの唇が静かに弧を描いた。明らかに満足げに。
「ええ。クッキーも茶も。気に入っていただけたなら、あなたの契約獣と同じくらい嬉しい。」
……別にそこまで気に入ったわけじゃない。でも心地よい味であることは否めなかった。
「……材料は全部、バラなの?」
「花弁です。それが肝心な材料。」
私は立ち上がり、近くに茂る薔薇の株に引き寄せられた。花を一輪摘もうと手を伸ばす──その手を、別の手が止めた。強くはないが確かな力で。
「お任せください、カタリナ様。」
怪訝な視線を送ると、彼の表情は真っ直ぐで、鬱陶しいほど誠実だった。
「月明かりの下では、葉の影に棘が隠れてしまう。」
彼は細身のナイフを抜き、花を切り取り、棘を器用に取り除いた。そして軽く一礼して差し出す。
「棘のない薔薇なら、安心してお持ちいただけます。」
思わず笑みがこぼれた。月下で少年に薔薇を差し出されるなんて──笑ってしまうほど古臭い。けれど、言い方は悪くなかった。可愛げさえ感じる。
「……ありがと。」彼に得意顔をさせる前に奪い取り、そのまま契約獣のもとへ戻った。
「ほら──」花をひげに押しつける。
猫は耳をぴくりと動かしたが、咀嚼をやめず、私など存在しないかのよう。
「ちょっと、無視しないで。ほら──」今度は花弁を鼻先にこすりつける。
低い唸り声が漏れ、目が細まった。
「ほら、好きなんでしょう?」
すると尾の炎が一段と強く燃え上がり、鋭い爪が花を切り裂いた。花弁が散り散りに舞い落ちる。
私は固まった。指に残ったのは茎だけ。
「……バラじゃないの? じゃあ、どうしてクッキーは食べるのよ?」
アズリールは夜風に混じるような低い笑みをこぼした。手のひらを開くと、そこにはひとつまみの乾いた花弁。
「これ、かもしれませんね。」
私は受け取り、掌に広げた。差し出すと、契約獣は一度匂いを嗅ぎ、ついばむように一枚一枚食べていった。そして再び、クッキーの残りに戻っていった。
「ほう、なるほど……」小さく微笑みながら呟いた。「これでやっと、手なずけ方が分かった。」
理性を抑えきれず、花弁を一枚自分の口に運んだ。舌の上で溶ける感覚は奇妙だった──塩気と甘味が混じり、異国めいている。
「……これ、乾燥させたバラの花弁よね?」
「ええ。」
「……もっとある?」
アズリールは皿をひっくり返し、空になった掌を見せた。
「いいえ。これは最後の一枚。お茶のために取っておいたものです。」
微笑みは一瞬で色あせ、乾いたものになった。私は思わず憤りを覚える。
これだけ? せっかく契約獣を従わせる手段を見つけたのに、もう無いっていうの?
向かいの彼は、私の反応を面白がるように、平然とした笑みを浮かべていた。
「でも、まだ作っているところですよ。」彼は何気なく茶を注ぎながら言った。
「作ってる?」
彼はわずかにうなずき、瞳が月光にきらめいた。
「我が故郷では、乾燥させたバラの花弁は調味料になります。ただし特別な塩が要る──アラム・パシルの湖でしか採れない塩。日差しと風と、忍耐が必要で……簡単ではないのです。」
「…で、今作っているってこと?」
「その通りです。乾燥は日に当てているところです。」
「…どこで?」
彼は私の目をじっと見返し、笑みを戻した。「秘密です。」
「…薔薇はどこで手に入れたの?」
「それも、秘密。」
私はため息をつき、腕を組んだ。「なるほどね。先週、庭の株が禿げて見えたのはそのせいか。盗んだんでしょ?」
彼は否定しなかった。ただ静かに茶を啜り、まるで話題を払うように言った。「もう遅いですよ、カタリナ様。そろそろ戻りましょうか。」
「ちっ。構わないわよ。庭師の手間が少し増えるだけのことだし。出来上がったらちゃんと分けてちょうだいね。」
「ええ。」
彼は淡く微笑み、模様の敷物をたたみ、食器を小さな袋に収め始めた。私は座ったまま、契約獣が皿をきれいに舐めるのを見ていたが、半分詰めた鞄の中に鼻を突っ込み、さらに探し物をするのを見て苦笑した。
アズリールは熟練した手つきで皿をそっと取り上げ、きちんと横に置いた。猫は不満げに唸り、尾の炎をぴくりとさせたが、最後の一嗅ぎをして諦めた。
私は思わずにやりとした。欲張りね。手懐けられても、いつだってもっと欲しがる。
彼が袋を留めると、声色が低くなる。
「……カタリナ様。ここへ、私と話すために、ひとりで来ることを恐れてはいませんか?」
その質問に、私は少し不意を突かれた。彼はまだ囚われている身だ。私も彼も、それをよく分かっている。一度の激情、一つの愚かな行為で、彼の未来は消える。故郷へ戻る機会も、再建の望みも無くなる。
私は首をかしげる。「怖いって、何を? 一時の怒りで全てを放り投げるんじゃないかって?」
彼の笑みは歪んだが、嘲りではなかった。
「あなたの家は、我が家を滅ぼした。怒るに足る理由ではないのか?」
膝に散った花びらを軽くはらいながら答える。「忘れたわけじゃない。ただ、気にしていないだけ。あなたが忠誠を誓ったとき、父はあなたを相応しいと判断した。それで私には充分よ。」
「……そんなに単純か」彼はわずかに眉をひそめ、私を観察するように見つめた。
私は視線を逸らさず、ゆっくりと答える。「私は言葉を信じるの。たとえそれが数週間前の言葉でも。あなたがそれを破るまでは、私はそれを重んじる。」
彼は口元に微かな笑みを残し、言葉を続けた。「過信か、あるいはただの無邪気か――」
それが普通の反応だろう。でも本当のところは違う。
「あなたには分からないでしょうね」私は、わざとらしく小難しそうな言葉を選んで言った。「リスクとリターンの関係ってやつよ。確かにあなたは危険だ。けれど殺してしまうのはもっと悪い。管理すればアシロンは安定するし、思いがけない利得もある。資産は無駄にならない。扱うのよ。」
彼の表情が一瞬揺らぎ、平静を装った面に戸惑いがにじんだ。
「それでも、あなたが愚かなことをする可能性があると分かっていても……」
言いながら、私はナイトローブの下から短剣を抜き、月光にきらめく鋼をそっと確かめるように撫でた。
「……それでも、そのリスクは負う用意がある。そしてリターンはもう実証済みよ──私が契約獣を馴らす方法を学んだから。」
私の言葉が終わる頃には、彼の顔からいつもの笑みが消えていた。
彼が理解する必要はなかった。分かるのは私だけでいい。
長く一緒にいることはなかった。話を終えると、先に立ち去った。
彼は、私や私の屋敷にとって危険であることを十分承知していながら、率直に問いかけてきた。本当に疑念を抱いているのだろう。だが、私には危険を感じさせるものは何もなかった。最初の大広間での出会いのときもそうだった。
戻ってからも、そのことが頭から離れなかった。だが、最も苛立たしいのは、彼の秘密でも笑顔でも言葉でもなかった。
それは、チャンスがあったにもかかわらず、クッキーを数枚盗み忘れたことだ。餌がなければ、契約獣を手懐ける手段はない。今できることはただ――待つことだけ。アズリールが再び乾燥させた花弁を差し出してくれるその時を、待つしかない。