婚約者から唯一教えて頂いた事
高位貴族の婚約破棄なんて簡単にできる訳ないよね
わたしの名前はアルフリーダ。公爵令嬢でございます。
10歳を超えるころに唐突に前世の記憶を思い出しましたが、この世界は前世で読んだ小説世界と瓜二つの世界でした。
そして私の役どころは悪役令嬢でざまぁ要員の公爵令嬢であるという事。
物語の簡単なあらすじとしては私ことアルフリーダは隣国アヴァロニアの同い年である第二王子との婚約を結んでおり、隣国の学園へ留学しながら学び卒業をしたのちに結婚となる契約となっていました。しかし根は善良だが他人を疑う事を知らない第二王子が学園生活をしていく中で純朴な下位貴族の息女であるヒロインちゃんと恋に落ちていきます。そして学園を卒業する間際に悪役令嬢がしたとされるヒロインちゃんへの悪辣な仕打ちを断罪、そのまま私は退場させられる。
その後、幸せな二人は国中から祝われながら結婚するシンデレラ的なハッピーエンドで締めくくられます。
何なんで私が悪役令嬢なのでしょう?私が咬ませ犬として意地悪な役を演じた挙句に退場させられる?
流石にそれは酷すぎますよ。
私はそんな未来を知ってしまった以上、当然黙って婚約破棄を受け入れられる訳がないじゃないですか。
最悪な結末を回避するべく努力しました。
悪役令嬢ムーブは控え、出しゃばらず、ヒロインちゃんには極力接触せず、取り巻きの令嬢方を抑え、献身的に第二王子に尽くした筈でした。
ええ、考えうる限り無難に学院生活を平穏に過ごしたと自信をもって断言できます。
しかしながら悪役令嬢が転生者ならやはりピンク髪ヒロインちゃんも転生者のご様子。
悪役令嬢が何もしないと気付いて強かな戦略を積極的に弄してきます。
あの手この手で嫌がらせをされた、イジメに遭った、正体不明の脅迫が届くようになったと私を貶めるような事を匂わせるという手段で対抗してくる事で人を疑う事を知らない王子はどちらに転ぶか分かりません。
そんな転生者どうしの小競り合いが続くなか、とうとう運命の学園の卒業パーティの日が訪れました。
今日この日まで貞淑であり続け、自分の気持ちを押し殺し社交に精を出し、嫁ぎ先の国の有力者とも良好な関係を築き、この国の歴史やマナーを身に着けてきたつもりです。
これで難癖をつけられての婚約破棄がされるならば、もう物語世界の強制力と言わざるをえないでしょう。
しかしながら第二王子様はピンク髪のヒロインちゃんがかわいいのでしょう。イケメン王子がピンク髪ヒロインちゃんを侍らせて高らかに高位の貴族や国中の有力者の大勢参加している卒業パーティで声高に婚約破棄を宣言。
曰くアルフリーダはこの国の王族として迎え入れるには品格が足りない為、アルフリーダ側の有責によるものだとの事でした。
人事を尽くして天命を待つ気持ちでおりましたが、結果から言えば世界の強制力は絶大で運命には抗えず婚約破棄を言い渡されます。
こうして悪役令嬢は断罪され、素敵なヒロインは周囲から祝福されながら、めでたく王子様と婚約を大々的に発表されこの後に二人は結ばれて幸せな結婚式を挙げる事となりました。
物語はこれにてめでたし。めでたし。
Fin.
___________________________
そうして1年後、ピンク髪ヒロインちゃんがこの世の春を謳歌している頃
こんにちは、皆様。アルフリーダです。
本当に困ったものです。ええ、本当にね。
予想していたとはいえ、頭が痛くなってきました。
私には残念ながら最後まで第二王子とピンク髪ヒロインちゃんの思考が理解できませんでした。
なぜ王子とヒロインちゃん、取り巻きの攻略対象達は婚約破棄を簡単にできると考えてしまったのでしょう。
なぜ何事もなく幸せな生活が続くと子供のように無邪気に信じられたのでしょう。
なぜ王子が他国の令嬢と婚姻を結ぶという政治案件を軽く考えたのでしょう。
なぜ長年紛争止まりで本格的な戦争が無かったから、それが永遠に続くと思ったのでしょう。
前世の物語における予定調和はここまでです。物語に続編は無く、これ以上先には物語の強制力は存在しませんのに。
ここは良くも悪くも人が生きている現実世界なのです。
前世で描かれていた物語はここで終わりですが、現実には終わりはありません。
前世の物語が終わろうとも、この世界で生きる人間は実在し全ての生きとし生ける者が喜怒哀楽を伴う物語を紡いでいくのです。
そして物語が完結した後に残されたのは、盛大に顔に泥を塗りたくられた私の父親という存在。
その父はただの公爵閣下と呼ばれる身分ではなく、現国王の孫であり王族公爵である大公であると同時に将軍職として国の軍事という大権を国王陛下に代わり司る存在であった事がかの国の不運の始まりとなりました。
そもそも婚姻というのはある種の同盟を結ぶことであり、互いに協力し不可侵を前提とした関係を築く事を約束をするものであるのに。
下手に婚約話が最初から無かったのならば、ここまでは拗れませんでした。
直前で婚約破棄をするという事はこれらをすべてひっくり返し同盟に準じた関係を構築を放棄する箏。そして暗黙の了解である不可侵の誓いなんて必要無いとばかりに撤回することだというのに。
婚約破棄の実態としては王子とその側近などのバカ数人のやらかしであり、息子に甘く政治に疎い国王がそこまで好いた相手がいるならば好きにしろと追認しただけです。
実にばかばかしいですが、そんな事情などこの国には伝わってきません。そしてこれ程までに拗れてしまうなんてかの国の方達は誰一人として想像もしていなかったのでしょう。
高位貴族とは身分から想像されるのは平時は洗練された貴族的振る舞いが求められ、施しや寛容を美徳とされます。
しかし一皮剥けば、その本質というのは所詮は地球基準で言えば県知事や州知事が私兵を集めて武装しているような存在。
ましてや父親は将軍職というのは軍閥の親玉です。力を行使し外敵からは恐れられ、内部からは逆らっては不味いと思われなくてはならない存在です。
つまるところ舐めた真似をされれば嫌でも殴り返さなければならないのです。
殴り返さなければ組みやすしといくらでも侮られる事になり、権力や軍事力を背景にごり押しされて緩やかに衰退するだけなのですから。
かくして盛大に面を殴られたに等しい大公であり将軍である御父様はアヴァロニアへの挙兵を心に決めました。
「お父様。何もそこまでしなくても私としてはどうでもよいのですが」という私の意見は通りません。
当然ですよね。
王族同士の婚約を直前で一方的に破棄するなんて同盟関係を維持する気が無いという事。
同盟国に攻め入る事は国際社会において非常に問題がある行為です。
将来的に攻め込む為に不都合な開戦準備をすると強弁されても仕方ない行為をしたにも等しいですもの。
お父様はこの婚約破棄こそが有効関係を破棄し、近い将来にアヴァロニアが攻め込んでくるであろう事を強弁して、自身、王族、公爵家の名誉を回復させると同時に、国家自体の威信を落とさない為にも必要な挙兵である事を主張ましたが、ほぼ満場一致で採択されたのです。
王室派は王族が軽く見られた事に酷く憤り一戦止む無しと支持に回りました。
そして軍部の多数派は長年の平和から出世の途が閉ざされている事に不満を持っていて賛成しました。
また別な貴族は自領の鉄鉱石の特需を期待し賛成しました。
宗教関係者は隣国の対立派閥との関係で有利に立ちたいと国民に聖戦であると焚きつけました。
こうして近年類を見ない挙国一致体制での挙兵がなされました。
進軍ルートとして最初に選ばれたのは、不運にも偶々国境沿いあったピンク髪ヒロインちゃんのご実家がある男爵領。将軍に盛大に顔に泥を塗りつけた原因の片割れの実家とあらば最優先目標とするのも当然です。
結果は国軍と男爵領の私兵では数日で片が付きました。
可哀そうにピンク髪ヒロインちゃんはご実家を無くしてしまったのです。
まさか関係が良好な隣国に攻め込まれ、一気呵成に国境沿いの領地を併呑されてる事になっているとは想像もしていないかったアヴァロニアは開戦準備が決定的に遅れてしまいました。
そんな中、開戦理由が第二王子の振る舞いにある事を理由に、王子は防衛軍の指揮官として戦争に参加させられたが戦争捕虜として捉えられます。
結果的に戦争が終わったのは2年後、国土の1/4ほど割譲させられた挙句に多額の賠償金を支払わされる事となりましたが、戦争責任を取らされた第二王子は身代金を支払って貰えずに生涯を監獄塔で過ごす事となりました。
私は多額の賠償金をせしめる事ができたので、好きに生きたいと思います。
悪役令嬢として生まれてきたけど、とても幸せな結末に大満足です。
あなたの振る舞いから唯一学べた事は不誠実な婚約破棄は身を滅ぼすという事でしたね。
身分のある物が軽々しく婚約破棄をするなんて軽率な真似は身を滅ぼすという教訓は自分の子供たちにきちんと教える事にしましょう。
とても勉強になりましたわ。ありがとうございますね、元婚約者にして元王子様。