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彼女に近い人たちは、口をそろえて僕の水銀真菌症仮説を否定した。
そして、彼らは、極めて奇妙な食生活を勧める僕に対しても否定的だった。
彼らは彼女を僕から遠ざけようとした。
それは、もちろん彼女を守るためだった。
僕の中には当時、様々な感情があった。
ひとくちには言い表すことができない。
でも一番強い感情は覚えている。
悲しみだ。
僕は彼女を頼っていた。
そして、この世界の誰よりも強く、僕は彼女に信頼されていると思っていたし、ともに築き上げたこの水銀真菌症仮説を信じていると思っていた。
第三者の言葉で揺らぐ彼女の様子を見て、僕の中にある色んなものが傷ついた。
「真白先輩は、どう思ってるんですか…。」
「みんな、あなたに洗脳されてるって言うわ。」
「真白先輩はどう思ってるんですか。」
「…………。」
「分からない…。」
「ココナッツオイル実験も、システイン実験も、気のせいだったっていうんですか…?」
「あんこ事件も、お好み焼きソース事件も、あれも全部気のせいだったって言うんですか?」
「…………。」
「分からないよ…。」
「でも、もう話したくないの。」
「もうほっといてくれる……?」
「全部妄想だって言いたいんですか?」
「みんなみたいに。」
「僕だって真白先輩だって、発症するまではたくさん発酵食品やカンジダに効く食材を食べていたじゃないですか。」
「それでも実際に水銀真菌症は起こったわけです。」
「ダイオフ食材を避けていたことが体調不良の原因ではないことは、今までだって散々確認してきたじゃないですか!!」
「…………。」
「とにかく、もう、連絡してこないで欲しい…。」
「本気ですか…?」
「この病気は誰かに頼っても治せないんです。僕らで、自力で解明するしかないんです。」
「それしか治す道はないんですよ…!?」
「いいの…。」
「だからもう、連絡してこないで。」
「新しい手がかりを掴んだんです!!」
「今までの僕らの治療が上手くいかなかったのはきっと、キレート剤Aの親和性が低いからです。」
「キレート剤Bが手に入ればきっと今よりずっと急激に状況は良くなるはずです!!」
「事態が今、大きく動いてるんです。」
「きっと出口はもうすぐです。もうすぐ治るんですよ、きっと。」
「私の身体のことは、私が決めるわ。」
「とにかくもう、連絡してこないで。」
「嘘ですよね、先輩…。」
「ありがとう、今まで楽しかったわ。」
彼女の声がしたのは、それが最後だった。