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動けない、働けない、考えられない。
体調が比較的良い時は、外出することもできたし、携帯電話でゲームをして遊ぶこともできた。
しかし、生産性のあるようなことは何もできなかった。
アルバイトをする自信も体力もない。
幾度となく勉強しようとして机に向かった。
しかし、何度繰り返し読んでも問題文の問いかける意味すら読み取れない。
僕は極限状態の中にいた。
自分という存在を綺麗な水の泡のように跡形もなく消し去ってしまいたい。
僕はそんな気持ちに抗い、死なないようにするだけで精いっぱいだった。
僕には意味が必要だった。
この苦しみに耐えて命を繋ぐ意味が。
この苦しみを味わう意味が。
それはみんなが理解しやすい言葉で言えば、”希望”と言い換えることもできる。
人は避けがたく、耐え難い苦しみに直面した時、その苦しみに意味を与える必要があるようだ。
僕は幼いころから、ヒーロー願望があった。
今どきの言葉で表現するなら、厨二病ってやつだ。
僕は辛い現実から逃れるために、妄想の世界に逃げ込んだ。
その世界では、僕はこの病気を完全に克服していた。
この病気のメカニズムはおろか、その治療法までも開発し、完全に自分の病気を治していた。
真白先輩も僕の画期的な治療法によって完全に治癒し、僕はこの病気に関する研究結果を世の中に公表する準備をしていた。
そして、それが世に公表されるとたちまち僕の周りには溢れんばかりの賞賛が集まり、僕は英雄として大きな尊敬と影響力を集めるのだった。
そんな妄想の中にいるとき、僕は魂に若干の平安を取り戻すことができた。
僕はそんな妄想話を真白先輩に話すことがあった。
僕がきっと英雄になって、真白先輩の病気も治して見せます。
有名になってきっと、その先大きな仕事をたくさん成し遂げていくでしょう。
そのためにまずは小説を書くんです。
小説を書いて、耳目を集めるんです。
そして、SNSを始めます。
そこで、未知なる病を自力で解き明かした青年がいるって、世に騒いで回るんです。
そして僕は流れで、ゲーム配信とかしちゃって、いっぱい投げ銭をもらったりしてお金持ちになるんです。
それでお金に困ることなんかないような生活を手に入れるんです。