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僕のことが大好きな学園一の美少女と君を知らない僕

教室の白いカーテンが穏やかな風に揺らされ、真っ赤に輝く夕日が教室一面を照らしていた。

キーンコーンカーンコーンと放課後を知らせる予鈴が教室中に鳴り響き、下校時間となっていた。

辺りを見渡せば、友人と談笑を繰り広げながら教室を後にする者や帰りにファミレスやカラオケに寄っていこうと話し合っている者もいた。

そして、その者たちには僕にはない共通点が存在する。

それぞれ、会話の内容やグループ数、男女構成は違えど高校生ならではの青春を全力で謳歌していた。

僕のように一人孤独に帰りの支度をし、下校する者のほうが少数派らしい。

高校二年生になっても尚、友人一人さえ作ろうとせず、皆とは真逆の孤独の時間を僕は謳歌していた。

それもそのはずだ。

僕がこの東京都に位置する進学校を選択したのは、友人や恋人を作り、高校三年間を青春に全振りするためではない。

勉学に励んで知識を蓄え、そこそこの大学へ進学し、真っ当な仕事に就職する。

これも全部この先何不自由なく生活するため。

そのために偏差値も他校よりも高く、自宅からもそれほど近くないにも関わらず、将来の計画のためここの進学校を選択したのだ。

だから、僕には友人など必要なく、恋人なんてもってのほか。

時間は無限ではなく有限なのだ。友好関係を築くくらいなら勉学に励んだ方がこの先の未来は安泰だろう。

僕は青春を謳歌する者たちを横目に通学バックを手に取って教室を後にした。

下駄箱へ向かっている途中、校庭からはサッカー部と野球部のランニングをする掛け声が聞こえてきた。

そんなことをしてこの先なんの役に立つのか僕には理解しかねる。

その瞬間、窓からごお、という音を立てながら強く吹き抜け、僕の髪の毛を勢いよく崩した。


「…杉真くん」


僕の背後から発せられる声と共に手を強く捕まれ、下駄箱へ向かっていた足を止めた。

声のした方向へと振り向くと、そこには一人の女子生徒の姿があった。

制服のリボンを見る限りどうやら同じ学年の生徒のようだ。

窓から差し込む夕日を反射させ、キラキラと輝かせる黒いロングヘア。腕と脚は細く、スラリとしたスタイル。硝子のように透き通る大きな瞳。

そんな、姿に僕は思わず見入ってしまった。


「……誰、君」

「あの!私は一条朱音です!」


彼女はそう言いながら優しく微笑んだ。


「…はぁ。それで僕になんか用?」

「私と…付き合ってください!」


頬を赤く染めながら、真剣な眼差しで僕の目を見つめていた。

彼女の赤面を誤魔化すかのように夕日が顔を照らし、次第に視界が眩しくなっていった。


「はぁ!?」


下駄箱へ向かっていた途中に突如見知らぬ女子に声をかけられ、何を言われるかと言葉を待てば頭の隅にも置いていなかった告白の言葉を投げつけられ、今の僕にはこの一言で尽きた。


「…だから、その…私と付き合っ――」

「…いや、聞こえてるから」


どうやら、僕が理解ができていないように思ったのか彼女は再び言葉を繰り返した。

まぁ、でも理解が追いついていないのは間違っていないのだが…。


「じゃあ、私と付き合ってくれるんですか!」

「なぜ、そうなる」


今の会話の中で告白を肯定するような要素があっただろうか。

ここは素直に断ろう。


「申し訳ないが今は恋愛に割いている時間はないんだ。だから、君と付き合うことはーー」


そう言いかけた時、僕の言葉を遮るかのように彼女が口を開いた。


「それじゃあ、時間に余裕ができたら私と付き合ってくれるんですね!」


瞳を大きく見開き、キラキラと輝かせながらそう僕に訴えてきた。

それに、気のせいかもしれないがさっきよりも体が前のめりになっているような。


「…いや、だから、そういうことじゃなくて」


どうやら、丁重にお断りしたことが仇となり僕とは違う解釈を彼女がしてしまった。

即急に誤解を解かなければ。


「時間に余裕ができても君とは付き合うことはできない。申し訳ないが諦めてくれ」


さっきは僕なりに彼女を傷つけないためにと時間を理由に断ったが、身の丈に合わないことはしない方がいいみたいだ。


「…それは無理です」


彼女は一度顔を俯かせた後再び顔を上げ、自信満々な表情でそう答えた。


「たとえ、君が良くても僕は無理なんだけど…」


確かに彼女は誰が見ても容姿端麗でスタイル抜群と言葉を揃えて言うだろう。その上、太陽なような眩しい笑顔で男子を魅了させる力さえもある。

男子の大半は彼女に惹かれ、恋心を抱くに違いないだろう。

でも、僕が彼女と知り合ったのは数秒前の出来事だ。

名前も顔をいまさっき認識した。

そんな、人と付き合うほど僕は女癖は悪くはない。

…それに、さっきも言ったように僕は恋愛や友情に時間を使うほど余裕があるわけではない。

今はなるべくでも多く勉学に時間を回したいのだ。


「私はあなたがいいんです。杉真くんじゃなきゃダメなんです」

「そう言われても…」


僕がいくら断っても彼女は頑なに下がろうとしない。

それどころか、さっきよりも押しが強くなってきている気がする。


「それに、僕は君のことを何も知らない。さっきまで赤の他人だった人と付き合うことはできない」


それでも、僕も自分の意見を押し通さないといけない。

声量を上げより一層、圧をかけたその時、彼女が「プッ!」と笑いを吹き出した。

僕はそんな状況に理解ができず、困惑した表情を浮かべだ。


「さては杉真くん、恋愛したことないでしょ!」

「…そ、そんなことは」

「嘘ついても無駄だよ。杉真くんが恋愛未経験だなんて誰が見ても一目瞭然だよ」


確かに彼女の言う通り、僕は生まれて十七年一度も恋をしたことがない。

それどころか、まともに女子と会話をしたことさえもない。

勉強ばかりの生活を繰り返したことが原因だろう。

それに、人生で最も重要とされる高校生活を恋愛とやらに現を抜かすなど"馬鹿"同然の生き物だ。


「しょうがないから杉真くんのために"恋"というものを直々に教えてあげるよ!」


彼女は「ゴホン」と分かりやすく咳をし、恋愛についての解説を始めた。


「恋というものはね、誰だって誰に対しても抱く感情だよ。それが、友達として、家族として、恋愛として、とか色々な愛情があってそれぞれに違いがある。その逆のどれも相手のことを大切に思うという共通点だってある。そして、恋は突然に訪れる。だから、一目惚れっていう言葉があるように赤の他人を好きになることだってある」


彼女は一度夕日に目をやった。

風のせいで髪の毛が乱れ、耳にかきあげながら、再び口を開いた。


「だからね、名前だって顔だって何も知らない人を好きになることもある。というかむしろそればっかだよ。全員が知り合いを好きになるわけじゃない!」


右手で人差し指を上げ「分かったー?」と自慢げに答えた。

普段から誰よりも努力を惜しまず、人一倍勉学に時間を費やしてきた僕が誰かに教えられるなんて思ってもみなかった。


「…あぁ、よく分かった。でも、だからといって君と付き合う理由にはならない」


確かに彼女の解説は分かりやすく、誰でも理解できそうだ。

ただ、それだけ。

どんなに熱く語ろうが内容が分かりやすいだろうが、彼女の理論に理解できようが納得はしていない。

彼女は「はぁ」と一度ため息をついてから言葉を続けた。


「もう、相変わらず杉真くんは頑固だなー」

「頑固なのはどっちだよ」


彼女はやれやれという様子で首を横に振った。

それに今"相変わらず"と言ったが、僕は以前に彼女と関わりがあっただろうか。

そんなことを疑問に思ったが今はどうでもいいかと気にとめなかった。


「じゃあ、どうしたら私と付き合ってくれるの?」

「何度も言うが君とは付き合わない。何年待とうが何しようが僕の意思は変わらない」


徐々に外も日が暮れて暗くなりつつある。

一体この論争はいつ終わるのだろうか。そろそろ、帰りたいのだが。

こうしている今も刻一刻と僕の勉強時間が削られつつある。


「自分で言うのもなんだけど、私って凄く可愛いと思うの!それにスタイルもいい!私と付き合えば杉真くんの自由だよ!」

「それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「…は、恥ずかしいに決まってるでしょ!でも、こうでもしないと…」


そうだとしても、もっとやりようがあっただろうに。

彼女は僕から顔を逸らし、頬を少し膨らませ、不機嫌な表情を浮かべた。

不機嫌になりたいのは僕の方だ。


「…はぁ、それなら友達からならどうだ」

「友…達…から」


あまりにも彼女が執拗いため、このままでは一向に終わりが見えないと思い、僕から新たな提案を繰り出した。

それなのに彼女は浮かない表情を見せ「友達かぁ」と一人呟いていた。


「なに?不満か。それが嫌なら僕はもう帰らせてもらうけど」

「あーっ!分かった分かった!友達からでお願いします!」


ここで僕が帰るのは彼女にとって都合が悪いらしい。

でも、頑固な彼女のことだし、僕が一歩でも歩けば瞬時に引き止める気がするのだけど。

彼女はモジモジしながら「…あのさ」と上目遣いで口を開いた。

これは、僕を誘惑しているのだろうか。


「…それって、いつかは付き合ってくれるってこと?」

「それはない」

「えっ、即答!?」


友達になるとは言ったけれど、将来的に付き合うとは言っていない。

つまり、友達で始まり友達で終わる、決して付き合うことはない。


「それじゃあ、意味ないじゃん!」

「じゃあ、再び赤の他人に戻りますか」

「それもヤダ!っていうか一度知り合ったんだからもう赤の他人に戻ることはできないでしょ」

「揚げ足を取るな」


「なんだよ。勘違いさせちゃって」と沈んだ声で呟き、さらに「もう!もう!」と牛を連想させるかのように声を上げていた。


「そもそも、どうしてそんなに僕と付き合いたいのさ」

「好きだから!」


訊いたのは僕だけど、いざ改めて「好きだから」と言われるとさすがに動揺してしまう。

それに、よくよく考えてみると告白されたのなんて生まれて初めてのことだった。

それも相まってか、次第に手汗が溢れ出し、額にも汗が流れ、手足が震えていた。

突然の告白に体が追いついていなかったのだろう。今ようやく頭と体が同期した。


「その理由を訊いてるんだよ。さっきからの君の熱量で僕のことを好きなのは分かった」


相手に自分のどこが好きなんだという質問には以外にも恥ずかしいものなのだな。


「そうだなぁ、優しいところ?かな」

「なんで、曖昧なんだよ。一番重要なところだろ」


あんなにも付き合いたい付き合いたいと連呼していたのにも関わらず、いざ理由を訊けば漠然とした言葉。

本当に僕のことが好きなのか疑問すら浮かぶ。


「す、好きになることに理由なんていらないよ!好きだから好きなの!それだけ」

「なんか、深いこと言ってるようだけど、ただ単に好きなところが見つからないから考えるのを放棄してるだけじゃね」


彼女は「ぐぬぬっ……」と喉を唸らせ、分かりやすく視線を逸らした。

「はぁ、なんだ図星かよ」と反論すると「ち、違うし」と言葉を震わせ、完全に動揺していた。


「それなら、言ってみろよ。僕の好きなところ」

「…だから、優しいところ、…身長が高いところ…えぇっと、あと…無気力な目でしょ…それと…」


右手でひとつづつ指を折っていきながら、「えっとえっと」と呟いていた。

それと、最後の『無気力な目』というものは果たして褒め言葉として受け取っていいものなのだろうか。


「もういいよ。よく分かった」


これ以上、彼女に言わせるのはなんだか良くないことをしているみたいでいたたまれなくなった。

それに、表には出さないがこれでも一応恥じているのだ。

これ以上は心が持ちそうにない。


「…あれ?杉真くん顔赤くない?もしかして…照れてるの?」

「ち、違う。夕日のせいでそう見えているだけだ」


口にした後に気がついたが、なんて定番なセリフを言ってしまったのだろうか、と。

これでは、照れてますと言っているのと同じではないか。


「そっかそっか」

「なんだよ」

「いやー、なんでもー」


そんな、僕の反応を見て彼女は小刻みに頷いた。


「それで、結局どっちなの?付き合ってくれるのくれないの?」

「さあな。今の段階では見込みは薄いかもな」


僕は彼女から背を向けて、再び歩き出し、そう答える。

後ろからは僕を追いかけるように彼女も歩みを進め、タッタッタッと上履きと床がぶつかり合う音が廊下中に響き渡った。


「それじゃあ」


彼女は歩くスピードを上げ、僕を追い越した後に振り向きこう言った。


「卒業するまでに必ず君を惚れさせるから覚悟しておいて!」

「そんな日は一生来ないと思うけど」

「いや、君は私を好きになるよ!」

「そこまで言うなら、楽しみに待っておこうかな」


僕がそう言うと、彼女は「ウシシ」と笑い、再び前を向き直して歩き出した。

僕らは一緒に下駄箱へ向かい、僕の意見を無視し、半場無理に帰りも共にすることになった。


「そろそろ、僕を一人にしてはくれないか」

「まあまあ、そう言わずに」


不敵な笑みを浮かべながら、両手を広げ前へだし「まぁまぁ、いいじゃん!」と必死に僕を宥め、納得させようとしていた。

それと同時に僕は先程の会話を思い出した。

彼女自ら提案した、『卒業までに必ず惚れさせる」といい期間を指定したが卒業まで残り二年ほどだ。

普通に過ごせば、二年間は長期間だが僕を惚れさせるという試練付きならば短期間と化す。

今までに、恋愛など一度もしたことがない上、誰に対しても興味を持ったことない。

そんな僕を容易に惚れさせることなんて、レベルーでボスキャラに挑むほどに至難な業だろう。


「もし、卒業までに僕が君を好きにならなかったら諦めてくれるんだよな」

「いいや。卒業までに惚れさせるとは言ったけど諦めるなんて一言も言ってないよ」

「..そ、そんな」


さっきの会話を思い出すと、確かに彼女は諦めるとは言っていなかった。

でも、あの話の流れ的に卒業までに達成できなかったら諦めると捉えた方が普通なのではないか。


「それじゃあ、君は僕の大学までついてくるつもりなのか?」

「まぁ、そのつもりだけど」


彼女のその言葉に僕は「プッ!」と吹き出し「..いや、無理無理」と言葉を続けた。


「一応言っておくが、僕はこの高校に首席で入学している。その言葉の意味が君に分かる

か」


それに加え、期末や中間などの試験順位は入学以来から一度も一位の座を誰にも譲っていない。

そして、一年生、二年生と二年間連続で二位との差も僅差ではなくその逆で大差で終えている。

それもそうだろう。

満点の教科が大半で、稀に一間や二問失点するだけ。

彼女は「ハハァーン。なるほどなるぼと」と腕を組みながら言い、癇に障るような不快な笑みを浮かべた後口を開いた。


「杉真くんは私が君と同じ大学に入れないと思ってるんだね」

「...あぁ、そうだけど」


まだ、いくらか進学を目指す大学には候補があるがその全てが偏差値七十以上の理系と一年でも勉学を怠り、遅れを取ってしまえば入学できる可能性は一気に下がり、苦労の日々となるだろう。

そんな、大学に彼女も入学できるというのか......。

その瞬間、僕は嫌な予感がした。

僕と彼女の間を強く風が通り抜け、互いの髪の毛を雑に激しく崩した。

額には一滴汗を流し、ゴクリと唾を飲み込んみ、僕は彼女の言葉を待つ。


「ふふふ。杉真くん私をあまり舐めない方がいいよ」

「......まさか」


汗が額につたり、下へとポタリと流れ落ち、アスファルトの一部分を丸く濡らした。


「こう見えても私、頭の良さには自身があるんだ!」


その場で足を止め、腰に両手をあてながら、これ以上にないほどの自信に満ちた表情を浮かべていた。

それと反対に僕の口角は次第に下がっていき、鼓動を荒ぶるせた。


「この前の中間試験だって、二百三十五点と過去最高の得点を叩き出したばかりなんだか

ら!」

「.....えっ、なんだぁ。その程度か」


見事に僕の推測は外れ、一気に肩の力が抜けた。

次第に額の汗も止まり、加速していた鼓動も緩やかになっていく。

僕は小さく「.....はぁ」とため息をつき、先程の異常な焦りはなんだったのかと馬鹿馬鹿しくなる。


「その程度とはなによ!その程度って!」

「.....いや、僕はてっきり実は君は天才少女なのかと思って」

「その解釈であってるよ!私は天才少女なの!」


「.....いやいや、その冗談は僕には通じないよ」と半場馬鹿にするかのように口にすると、彼女はフグのように頬を大きく膨らませ「杉真くん酷い!もういいし!もうもう!」と盛大に拗ねてみせた。

そう、表すとするならば、母親におもちゃをねだり全力で駄々を捏ねたが結局買って貰えず希望に添えられなかった小学生のような。


「いや、.....だって......二百三十五点でしょ。逆にその点数どうやって取るんだよ」


必死に笑いを堪えながら、彼女の定期試験の得点を口にする。

だが、どうやら笑いを堪えている姿が彼女には嫌味に捉えられてしまったみたいで、さらに機嫌を荒ぶるせた。


「.....いやいや、二百三十五点だよ!この凄さが杉真くんには分からないのかぁー。賢そうなこと言ってたけどまだまだだね」


手のひらを上に向け「やれやれ」と呟きながら僕に反発してきた。

これは、恐らく彼女による僕への仕返しだろう。

だが、そんな言動にも僕は届せず、さらに反撃をしかけるように言葉を続ける。


「あのさぁ、最高合計得点て知ってる?"五百点だよ。"五百点"!」


五百点を強調しながら、先程の二百三十五点がどれほどの凄さなのか改めて教えた。


「だ、だからなに?」

「つまりな、君がさっき自信満々に口にした二百三十五点は半分にも達していないということだ」

「そ、そうだけど.....」

「たとえ、君にとっての最高得点だったとしても、実際では低レベル中の低レベル。つまり救えない”馬鹿"だということだ」


普段では絶対に出さない声量で馬鹿にし、悪役のように軽く嘲笑った。


「.....ひ、酷いよ杉真くん。私.....必死に勉強したのに......」

「ウッ......」


意外にも僕の言葉に彼女は弱気になり、目を擦りながら鼻をすすった。

僕は.....まさか......今......彼女を泣かせてしまったのか。

言い訳をするつもりは無いが、こんなことで彼女が落ち込むとは思わなかったのだ。

馬鹿にし嘲笑った僕が言うことではないが。

初めて女子を泣かしてしまったことで僕にも大ダメージが降り注ぎ、ズキズキと心が痛んだ。

再び彼女の姿を目にするといたたまれない状況になった。

「......ご、ごめん。君を傷つけるつもりはなかったんだ。本当にごめん」


こういう時にどうすればいいのか、今僕がした謝罪の仕方は果たしてあっているのか何もかも分からなかった。

何十回も図鑑や教科書を再読しても、何十時間も勉学に励み、知識を蓄えても、実際に体験しないと対処できないことは沢山ある。

そのことを僕は今、身をもって体験したのだ。


「……な、泣き止んではくれないか?」


困惑した表情で彼女にそう尋ねると「プッ!アハハ」と笑い声が聞こえ、そんな状況に理解できず僕はさらに困惑した。

そのせいで「……へっ?」と間抜けな声を発してしまい「なに……その……声……!」と彼女の笑いのツボをより一層刺激してしまうはめに。


「……な、泣いてない」

「あんなことで泣くわけないでしょ!プッ、杉真くんの焦った顔……」

「……やられた」


泣き真似をされ見事に彼女の罠に引っかかり、本気で泣かせてしまったのではないかと騙された。

その反射で徐々に怒りが込み上げてきたが、それ以上に泣かせてはいなかったことに対して安堵し、直ぐに怒りは収まった。


「……はぁ、なんだ。良かったぁ……」

「本気で泣いたと思ったでしょ!」

「……あぁ、思った。君の策略に僕はまんまと引っかかった」


「ふぅ……」と一度呼吸を整え、鼓動を落ち着かせる。

それと同時に彼女の姿を横目に見ると、さっきよりも足取りが軽くなっている気がする。

……いや、それどころかスキップをしているような……。


「でも!傷つきたのは本当だよ!」

「それは……本当にごめん」


僕にとっては大したことのないことだとしても、彼女にとっては相当努力を重ね、得た結果なのだろう。

それなのに僕は罵倒し、彼女を深く傷つけてしまった。

侮辱されることは僕が一番嫌いな行動でどれだけ心に傷をつけるか知っていたのにも関わらず彼女にしてしまった……。


「許して欲しい?」

「それは……まぁ……」


右手で人差し指を立てながら「それじゃあ、一つだけ私の言うことなんでも聞いてくれたら許してあげる!」と不敵な笑みを浮かべていた。

彼女の願いと来るとなんだか嫌な予感しかしないが、この際仕方がないかと「……分かった。一つだけだぞ、一つだけ」と渋々受け入れることにした。


「……それで君は僕に何を求める」

「ふふふ。それはねーー」


一体何を迫られるのか僕はヒヤヒヤしながら、ゴクリと唾を飲み込み彼女の言葉を待った。


「ズバリ!私のことを"名前"で呼ぶこと!」

「……えっ、そんなことで……いいのか?」


意外にも彼女の望みが軽かったもんで、意表を突かれカスカスな声で発してしまった。


「さっきからずっと私のこと君君君って私は君っていう名前じゃないよ!」

「本当にそれでいいのか?」

「うん!私にとっては凄く大事なことだから」


「……そっか」とため息混じりに口にした。


「それじゃあ、早速呼んでみよう!」

「……あぁ、分かった」


「……よし」と小さく呟き、心の準備をしていると「早く早く!まだー?」と僕の気持ちはお構い無しに催促してくる。

それに対し「……少し待ってくれと」と躊躇する。

そして、再び「……よし、言うか」と呟き、意を決して彼女の名前を口にしようとしたその時、僕はあることに気がついた。


「……あれ?君の名前ってなんだっけ」

「ッ!えーっ!さっき、自己紹介したじゃん」

「ごめん、聞いてなかったわ」

「もう!しっかりしてよ。私の名前はあ か ね。朱音だよ!」

「そういえば、そんなような名前だったような」

「いいから!早く早く!」


「すうぅ………………はぁー…………」と長い深呼吸をして再び鼓動を落ち着かせる。

今まで気づかなかったが誰かの名前を呼ぶのにこんなにも体力を消耗し緊張するものなのか。

僕は名前を呼ぶという行動を舐めていた……。

それに思い返せば、女子どころか男子の名前すらまともに呼んだことがなかったような。

そして、三度目の「……よし」と口にし今度こそ彼女の名前を呼んでみせた。


「……あ……ね……」

「なにー?聞こえないよ!ほら、大きな声で!」

「……あ、朱音……!こ、これでいいか」


彼女は一輪の花のようにパッと表情を咲かせ、太陽のように眩しい笑顔を見せた。

その後「うんうん!」と大きく頷き「やったーやったー!」とわんぱくな子供のように喜んだ。


「それなら、私も杉真くんのこと凪翔くんって呼ぼうかな!」

「……お好きにどうぞ」


「凪翔くんかぁ。いいねいいね」と小声で口にしていた。


「ねぇ!凪翔くん」

「なんだよ」

「なんにもー。ただ、呼んでみただけ!」

「なら、呼ぶなよ……」


彼女の顔を見ていると本当にコロコロと表情が変わる。

普段から無愛想な僕にとっては真似出来ない動作だ。


「……それじゃあ、僕はこっちだから」

「そっか……じゃあ、また明日だね」

「……あぁ、それじゃあ」


数十分しか一緒にいなかったにも関わらず、こんなにも疲労困憊するものなのか……。

こんな日々が続くなら、金輪際彼女との関わりを避けたいと思い、僕はあえてまた明日とは言わないでおいた。

あからさまに、寂しそうな表情をする彼女を一人置いていき、僕は再び歩き出した。

そんな時、後ろから「凪翔くんーー!」と大声で僕の名前を呼ぶ声が聞こえ、反射的に後ろを振り向くと彼女はスゥゥゥーーと大きく息を吸ってから「大好きーー!」と僕へ向けて叫んだ。


「……な、な、なにを」

「……あれ?聞こえなかったのかなぁ。よし!もう一回。凪翔くん大好ーー」

「いや!聞こえてるから」


僕は彼女から必死に顔を逸らした。

ここには、僕の顔を反射させるような鏡や水たまり、ガラスなどはないがきっと今の僕は顔全体を真っ赤に染め、彼女には見せられない状況にあるという自覚があった。

だが、そんな僕の行動もどうやら彼女にはお見通しのようで「あれあれー?どうしたのかなぁ」とい口にしながら徐々に僕の方へと近寄ってきた。


「……なんで、来るんだよ」

「いやー、別にー。ただ、少し顔が赤いなーって思って」


こいつ、僕が恥ずかしがっていると知っているくせにと段々と腹が立ってくる。

口の前に手を当てながらニヤニヤと笑みを浮かべ、僕を茶化すなんてどこまで悪人なんだ。


「……そんなことない。君の気のせいだろ」

「あー!また、君って言った!私はあ か ね。君は禁止だよ!」

「あぁあぁ、分かった。あ、朱音だろ」


「そうそう!」と腕を組みながら頷き、納得した様子を見せた。


「それじゃあ、今度こそ僕は帰るから」

「うん!また明日!」


彼女の言葉に「……あぁ」と返事をして、僕は再び歩き出し、帰路へと着いた。



自宅に到着し、額の汗を拭いながら玄関のドアノブに手を伸ばした。

ガチャと音を鳴らしながらドアを開くとリビングから香ばしい料理の香りが漂い、僕の鼻腔を刺激した。

無意識にクンクンと香りを嗅ぎ、なんの料理なのかと思考を巡らせる。

それと同時にリビングから「兄さん。おかえり」と僕を出迎える妹の花織の声が聞こえ「ただいま」と短く返事をした。


「今日は遅かったね」

「少し想定外のことが起きてな」

「想定外のこと?」

「あぁ、突然変な奴に話しかけられ、なかなか解放してもらえず少し帰る時間が遅くなった」


妹は少し訝しげな表情を浮かべ、首を傾げながら「そう……」と答えた。


「もう少しで、ご飯できるから」

「そうか。いつもありがとうな」

「いいよこのくらい。それに兄さん料理下手だし」

「返す言葉もない……」


料理をしている手を一度止めて「ハハ!兄さんが落ち込んだ」と愉快そうに笑った。

夕食に限らず、朝食も学校で食べる弁当も全て花織に作ってもらっている。

料理の才能が皆無な僕が花織の手伝いをしても、かえって迷惑をかけるだけ。

以前、全て花織に任せっきりもどうかと思い、自信満々に「今日は僕が作る!」と張り切り、夕食を作ったことがあったのだが、両手の指は全部切るし、具材の形はどれも歪。

それ以外にも色々な迷惑と失態を繰り返し、結局出来上がった料理の全てが黒焦げとなり、これ以上にないほどに花織を困らせてしまった。

それからというものの、僕が料理の手伝いをしようとすると「……あ、あの時の悲惨が……」とフラッシュバックを起こすらしく、花織は僕の行為を必死に止めていた。

そのため、あれ以来料理関係には一度も携わっていない。

それに、中学生になったばかりだというのに僕以上に大人びていて、妹というより姉のような存在へと立場が逆転している。

本当に花織には感謝しっぱなしだ。


「兄さんご飯できたからお茶碗とか用意してくれる?」

「よし!任せろ」


僕にできるのはこのくらいのことしかないが少しでも妹の負担を減らせるならと自分の出来ることはなんでも手伝う。

棚から食器類を取り出しテーブルの上へと置いていく。

その間に花織は着ていたエプロンを脱ぎ、畳んでからソファーの上へポンッと置いた。


「今日は肉じゃがかぁー」

「うん!兄さん肉じゃが好きだから」


そう言いながら、椅子を後ろへ引き席へ着いた。

そして、二人揃って手を合わせ「いただきます!」と言い食事についた。


「兄さん美味しい?」

「あぁ、凄く美味しい」


パッと表情を明るくさせ、満面の笑みを浮かべながら「良かったぁ」と喜んでいた。


「そういえば私、部活に入ったんだ」

「へぇー、何にしたんだ」

「なんだと思う?当ててみて」

「そうだなぁ……」


妹の花織は僕と正反対で運動神経抜群。

何をやらせても短期間で上達し、粉骨砕身で努力した者が気を落としめげてしまうほどに。

そのため、恐らく運動部からはかなりのスカウトを受けているだろう。

そうなると、選択肢はバレー部にバスケ部、バドミントン部に陸上部、この四つに絞られる。

その時、幼い頃公園でよくバドミントンで遊んだ記憶が蘇ってきた。

そうなると、この中で一番得意とするスポーツはバドミントンである確率が高く、必然的にそれを選ぶ傾向にある。となると……


「バドミントン部だろ!」

「ブッッブー!残念バドミントン部じゃありません!」


顔の前に両腕をクロスさせてバツ印を作った。

そんな、姿を見るとまだ中学校入学したばかりだったと思い出した。

色々な物をこなせ、周りより大人びているけれど中身は天真爛漫な小学生のままなんだなと改めて実感した。


「それじゃあ、一体なんの部活に入ったんだ?」

「それはねぇ……」


数秒間を置き、ためを作ってから「調理部でしたー!」と発表し、まるで人気クイズ番組を連想させるような賑やかさを感じた。


「調理部かぁ。少し意外だ」

「そうかな」

「あぁ」


確かに花織の料理の腕は一流だが、それはあくまで普段からの行いで料理の才能が開花し、料理下手な僕には任せられないからと、嫌々引き受けてくれていたのだと思っていた。

表に出さないながらも、友達と外で遊びたいやら運動したいやらで僕には言えない悩みを抱えているのではと我慢させてしまっているのではと薄々感じていた。

だから、花織の口から運動部の名前ではなく調理部という言葉が出てきた瞬間多少の驚きがあったのだ。


「でも、花織は運動神経もいいんだし運動部を選べば良かったのに」

「確かに運動部は運動部でまた違った楽しさがあるけど、私には調理部のほうが向いてるかなって」


その後に「それに、もっと兄さんに美味しい料理を食べさせたいし!」と付け加え、優しく微笑んだ。

一体どこまで花織はいい子なのだろうか。

こんな子に家事全般を任せている自分が愚かすぎて、改めて反省と敬意の念を抱いた。


「今度どこか行きたい場所連れて行ってあげるよ」

「えっ!どうしたの急に」

「いや、まぁ、花織には頼んでばっかだし何かお礼したいなって思って……」


僕は頭を掻きながら花織に提案し、その後すぐに小っ恥ずかしいことを言ってしまったと自覚した。

そんな僕の表情を見て「……プッ!なにそれ」とどこか嬉しそう笑ったあと「それじゃあ、動物園にでも連れて行ってもらおっかな」と弾んだ声色で言った。

それから、僕らは談話を繰り広げて夕食を終えた。


「……ごちそうさま」

「お粗末さまです」


椅子の上でスライムのようにだらけていると次第に花織が食べ終わった食器類を片付けていく。

その瞬間、僕はすぐにピシッと姿勢を伸ばし「ちょっと待って!」と声をかける。


「洗い物は僕がするよ。だから、花織は座ってて」

「……えっ、別にいいよ。に、兄さんに頼んだらどうなるか……。うゎ、想像もしたくない」


僕の言葉に花織は分かりやすく嫌悪し、さっきの満面の笑みとは裏腹に眉間にしわを寄せ、しかめっ面を浮かべた。


「……でも、料理も任せたうえ洗い物までやらせるのはさすがに申し訳ないし」

「いや……、兄さんには休んでもらっていた方がありがたいというか……」

「……そ、そうか。まぁ、花織が言うなら」


その瞬間「はぁ」と小さくため息をつき、少し安堵した様子を見せた。

それと同時に僕はこんなにも無能で役立たずなのかと実感する。

今思い返せば、一度も兄っぽいことをしていないような気がする。


「それじゃあ、兄さんは適当に休んでて」

「あ、あぁ、分かった」


洗い物を始める花織を横目に僕はソファーで呑気にだらけ、見事に怠惰な姿を披露していた。

花織自信に休んでいてと言われたものの、徐々に罪悪感と自己嫌悪が自分を襲い、いたたまれない気持ちが感情を支配した。


「……ほ、本当に僕も手伝わなくていいのか?」

「い い の !そんなに暇なら兄さんの好きな勉強でもしたら?」

「う、うん……」


僕は洗い物をする花織をリビングへ置き去りにし、自室へと向かった。

ドアノブに手を伸ばしドアを開けると机に置いてあったスマホがブルブルと振動をさせた。

それと同時にメッセージではなく電話だということに気がつき、一体誰だと疑義の念を抱えながら片手でスマホを取る。

液晶に目をやると見覚えのない電話番号が表示されていた。

眉間にしわを寄せ怪訝な表示を浮かべながら、恐る恐る応答ボタンに指を伸ばした。


「……もしもし」

「あっ、出た!凪翔くんの電話番号であってるよね?」


スマホから発せられるこの耳に響く声に絶対たる相手の予想がつき、電話先に聞こえるよう大袈裟に「はぁ」とため息をついた。


「……どちら様でしょうか」

「あれ?分からない?私だよ私」

「……申し訳ありませんが、私私詐欺なら間に合っていますのでお引き取りください」

「違うよ!私、一条朱音!」

「……あの、迷惑電話ならおやめ下さい」


「迷惑電話でもないってば!」と必死に否定する声が飛んできて、僕の耳をキーンと響かせた。

メガホンでも使っているのかと勘違いさせるほどの声量で反射的に耳からスマホを遠ざけた。


「……はいはい、朱音だろ。それで要件はなんだ」

「もーう、そんな露骨に嫌がらないでよ!」

「……いや、逆に嫌がらない方が無理があるだろ」


突然見知らぬ電話番号からかかってきて、誰かと思い恐る恐る応答すれば数時間前に話していた変な奴。

この状況でワイワーイと喜び、乗り気でいる奴の気が知れない。


「ところで、どうして僕の電話番号を知ってる」

「……まぁまぁ、そんなこと今はどうでもいいでしょ!」

「……いや、一番重要なところなんだけど」


その後も僕の電話番号の入出方法を何度聞き出そうとしたが「まぁまぁ」やら「……それは追い追い確かめるということで」と頑なに口を割らず、見事に躱されてしまった。

恐らく、これ以上執着したところで彼女は一向に自供することはないと判断し、仕方がないからとここは一旦彼女の言葉に従うことにした。


「……はぁ、それで何の用だよ」

「それはねぇ…………」


そう焦らす彼女に対し「いいから早く言え」と返すと「もう!凪翔くんのいけず!」と甲高い声がスピーカーから聞こえてきた。


「明日、私とデートしようよ!」

「普通に無理」

「いや!即答!」


何を言われるかと思えばデートしようだなんて唐突すぎるにもほどがあるだろ。

それに、僕らがいつデートをするような親しい関係になったのだ。

彼女は前提というものが間違っている。


「凪翔くん明日予定でもあるの?」

「いや、別に」

「それなら行こうよ!」

「それは無理」

「だからなんでよ!」


親しい友人と出かけるなら百歩譲って了承するが、数時間前に知り合ったばかりの人となると話は変わってくる。

それに、変な奴ともなると尚更だ。

そんな、くだらないことに現を抜かす時間があるならば間違いなく勉学に励みたい。

だが、この断る理由を口に出してしまえば、またしても彼女を傷つけてしまうだろう。

以前と同じ間違いはもう繰り返さないし、何によりもあの時の空気感をもう二度と味わいたくない。


「そんなに外出したいなら、他の誰かと行けばいいだろ。廊下で自分のこと可愛いやらスタイルいいやら自画自賛してたんだし男の一人や二人誘いに乗ってくる奴もいるだろ」


いや、むしろ一人や二人どころか彼女の持ち合わせている美貌とスタイルで男を魅了すれば、どこの誰だろうと間違いなく虜になるだろう。

当然その中に容姿端麗の美男子だっているはず。

そんなこと、彼女自身も薄々自覚しているはずなのに、どうしてこんなどこにでもいるような平凡な顔立ちの勉強にしか目のない僕に執着するのだろうか。

もっと、心優しくて思いやりのある男子だって僕よりも数倍イケメンな男子だっているだろうに。

どうしてそこまで僕をーー

そんな時、僕の思考を停止させるかのように電話越しにいる彼女が声を発した。


「違うよ……。私は凪翔くんがいいの。他の誰でもない凪翔くんが……。凪翔くんじゃなきゃダメなの……」


『凪翔くんじゃなきゃダメなの』そんな言葉を以前どこかでも聞いたような気がしたけれど、思い出すことができなかった。

スピーカーから発せられる声色は思いのほか悲しそうで多少の驚きを見せてしまう。

一応僕なりに褒めたつもりではあったんだが……。

同じ間違いは繰り返さないと言っておきながら、僕はまた彼女を傷つけてしまったようだ。

そして、あんな声色を聞いてもなお断るほど僕の性根は腐ってはいない。


「わかったよ……。行けばいいんだろ」

「えっ!いいの?本当にいいの!?」

「あぁ、本当だ」


数秒前の雰囲気とは似ても似つかないほどの声量と声色で「やったーー!」と心の底から喜んでいるのが伝わってきた。

そしてまた、僕の耳をキーンと響かせた。


「でも、あんなに嫌がってたのにどうして急に?」

「特に理由は無い」

「本当に本当に〜?」


何かを探るようにそして僕を茶化すように「本当はなんやかんや言って私と"デート"したかったんでしょー」と癇に障るような言い方をし「やっぱり行くのやめようかな」と返すと「あぁー!ごめんなさいごめんなさい!嘘です!」と電話越しでも伝わるほどの焦りっぷりを見せた。

彼女が焦っている姿を想像すると余計に笑いがこみ上げてきて、僕は我慢できず「プッ!なんだよそれ」と思わず吹き出してしまった。


「もう、笑わないでよー!私本気で焦ったんだから」

「いや……だって……ハハハ」

「もう!」


僕の笑いを指摘しながらも、スマホのスピーカーからは彼女のクスクスと笑う声が聞こえてきた。


「それじゃあ、明日の一時に駅前集合ね!遅刻は厳禁だから!」

「....分かったよ」


そして「また明日!」と彼女は言葉を残して電話を切った。

ふと、液晶に目をやり表示されている通話時間を確認するとそこには十三分と表示されていた。

僕はてっきり二分くらいの通話をしていた感覚だったのだか、液晶に表示されていたのは僕の予想は遥かに超える数字だった。

そのせいで多少の驚きを見せる。

僕は無意識ながらも彼女との通話時間に居心地の良さを感じていたんだ。

十三分という長さが二分だと錯覚してしまうほどには。

そして僕は今日あったこと一通り思い出す。

色々なことがありすぎで気づいていなかったが、どうして彼女は僕の名前を知っていたのだろうか。

過去に会ったことも話したことすらもないはずなのに。

それともただ単に僕が他人に興味があるないだけなのか。同じ学年である生徒の名前と顔は覚えているのが普通なのか。

そう思えば思うほどそんな気がしてきて、僕の疑問は一瞬にして消え去った。

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