20話:東へ
グリゼルダとの交渉を終えた俺たちは、そのまま魔王城へと帰っていた。
ゼフィルスは満足そうな顔で、何やら考え込んでいる。リリスはお菓子で満たされたのか、少し眠たそうに目を擦っていた。
うん、可愛い。
「お前の交渉術も大したもんだな。時間かかっていたが」
「それが交渉というものだ。テオだったらどういった交渉を?」
「そんなの、従うか滅ぶかの二択だろ?」
なぜそんなことを聞くのだろうか。
危険なら殺せばいい。その土地すべての人が敵対するなら、その地を更地にすればいいだけの話し。
まあ、脅しとも言うけど。
ふと、隣を見るとリリスはエイシアスに膝枕して寝息を立てていた。
「それは交渉とは言わない。脅迫と言うんだ」
「そうとも言うな」
「そうとしか言わん!」
ゼフィルスに怒鳴られた。声に反応してリリスがビクッと反応するも、再び眠りに誘われたようだ。
「おい、リリスが起きたらどうするんだ? こんなに気持ちよさそうに寝ているんだぞ?」
「主の言う通りだ。起きたらどうしてくれる」
俺とエイシアスは、ゼフィルスを責める。するとゼフィルスは呆れながらも答えた。
「……どうしてリリスに構っている?」
「まあ、なんというか……年の離れた妹ができたみたいで」
「私の場合は、小動物みたいで愛らしくてな」
要は、可愛いから構っているだけである。
「おい、リリスに怪我させるんじゃねぇぞ」
「主よ、むしろ一緒の旅に連れて行った方がいいのでは?」
きっと俺たちの旅も華やかになるだろう。
悪くないアイディアである。帰ったらアスタリアにでも相談してみよう。
「止してくれ。リリスは魔王軍の魔将だ。来るだろう人間との戦争に必要不可欠な存在だ」
「チッ……勧誘は諦めるよ。エイシアス、何かリリスが使えそうで強力な武器とかアイテムないか?」
「探してみよう」
空間に手を入れて探るエイシアス。
強力な武器が魔族に渡ったら人間が困るって? 知らん知らん。俺とエイシアスはリリスにどこまでも甘い男である。
一緒に戦ってといえば、戦うだろう。
「主よ、これなんてどうだ?」
「……なんだ、それ?」
エイシアスが手にしていたのは、一見するとおもちゃのような杖だった。
見るからに魔法少女とかに変身しそうなステッキだな……。
淡いピンク色の宝石が先端にあしらわれており、全体に流れるような装飾が施されている。それは見る者を和ませる可愛らしさを持っていた。
しかし、異様な雰囲気を纏っている。
エイシアスが説明する。
「これは『月華杖』と言って、使用者の感情に反応して、魔力を増幅させる。リリスにちょうどいいだろう?」
「リリスの感情って、ほとんどお菓子で埋め尽くされてないか?」
俺が冗談めかして言うと、エイシアスは真面目な顔で頷いた。
「だからこそだ。リリスが戦う際に、その『感情』を強力な力に変える可能性がある。感情の純度が高いほど、この杖は真価を発揮するからな」
「はは、面白い。渡してみようぜ」
俺たちは杖をリリスの隣にそっと置いた。寝息を立てる彼女が目を覚ます気配はない。
「リリスが起きたら驚くだろうな」
「うむ」
しかし、ゼフィルスの表情は引き攣っていた。
「そ、その杖から、かなりの力を感じるのだが……?」
「当然だろう? この杖は月の光を一点に浴びて作られた魔杖。先の効果に加えて、月の光下で戦うと魔力が増幅され、魔法が強化される」
エイシアスはそう説明して「私には不要だが」と言葉を零す。
まあ、レベルがカンストしている俺らには不要だな。
「まあ、面白く世界を引っ搔き回してくれたらそれでいいさ」
「また一つ、楽しみが増えたようだね」
俺とエイシアスは、リリスの成長を楽しみするのだった。
帰路の途中で目を覚ましたリリスは、杖を手にして首を傾げる。
「……これ、何です?」
「お前への贈り物だ」
俺がそう言うと、リリスは驚いた表情を浮かべた後、頬を染めながらぽつりと呟いた。
「ありがとう、です……」
照れ臭そうな顔がまた可愛い。リリスが杖を握った瞬間、杖からほのかな光が漏れ出し、彼女に寄り添うように包み込んだ。
「すごい、です……これ、暖かい……魔力が溢れる」
「お菓子でも召喚できそうだな」
「杖にそんな機能ない、です!」
リリスが必死に否定する様子を見て、俺とエイシアスは声を上げて笑った。
エイシアスがリリスに杖の効果を教えており、聞いていた彼女は驚いた表情で杖を見てた。
まあ、それだけの効果があれば驚くだろう。リリス一人で魔将数人は相手できるはずだ。
そんなこんなで魔王城に到着し、玉座の間での報告を終えた。ゼフィルスの口からグリゼルダの協力確約が伝えられると、アスタリアは満足げに頷いた。
「それは何よりだ。次は東の【影縫い】カルマに協力を取り付けてほしい」
そう言われた瞬間、俺はリリスの方をちらりと見る。彼女は新しい杖を抱えて、少し寂しそうな表情をしていた。
「リリス、お前も来るか? 新しい杖の力試しにはちょうどいいだろう」
「……分かりました、です」
俺たちは笑い合いながら、次の目的地、東の影へと向かう準備を始めた。