18話:命の輝き
(グリゼルダside)
私は息を呑んだ。
信じられない光景だった。
あの男が指を掲げた瞬間、空が裂け、巨大な隕石が現れるなんて誰が想像しただろうか。
あの隕石はただの炎に包まれた岩塊なのだろう。しかし、私の直感が警告している――あれはただの物理的な質量以上の何かが込められている。
私の配下は呆然と迫り来る暴威を見上げるばかりで、誰もが戦意を喪失させていた。
あれがこの地に落ちれば、抵抗すら許されず一帯は消し飛ぶことだろう。
私は槍を握り締めたまま動けないでいた。身体が震えているのを感じる。怒り? 恐怖? いや、もっと根深い何かだ。
「これが、お前の力だと言うのか?」
男は余裕のある笑みを浮かべながら答えた。
「こんなのただの余興だろう? お前の力を、全力を俺に見せてくれよ。もっと楽しませてくれよ。俺に、生きる喜びと言うのを魅せてくれ」
男の言葉に、私の胸に渦巻く感情がさらに強まる。
彼の態度はどこまでも軽薄で、圧倒的な力を見せつけながらも、そこには真剣さが欠けているように感じられた。
「余興だと?」
「そうさ。言っただろう? 俺は享楽主義者だ」
彼は自分が楽しむためなら、虐殺すら厭わないのだろう。面白ければなんでもいいのだろう。
その言葉に、私の怒りは頂点に達する。
私は配下たちが怯えているのを背中で感じていた。
この地を支配し、守る者として、私はあの隕石を止める責務がある。たとえその力が人智を超えていようとも、滅びが待ち受けていようとも、私の誇りが許さない!
「ふざけるな!」
全身に冷気を纏い、私は槍を高々と掲げた。その冷気は大気を震わせ、周囲の地面をさらに凍てつかせる。
「お前が望む全力を見せてやる!」
私は残るすべての魔力を注ぎ込み、槍を隕石へと向けて突き出した。
槍から放たれた冷気は巨大な氷の竜へと姿を変え、天を裂くように吠えた。その力は隕石に向かい、凄まじい勢いで衝突した。
衝撃音と共に、氷と炎が激突し、大地が震える。爆風が吹き荒れ、周囲を白銀の吹雪が覆い尽くす。
「これでどうだ……!」
私は息を切らしながら、隕石の行方を見つめた。
しかし、吹雪が晴れたとき、そこにあったのは――変わらず空を裂いて降下する隕石であった。
すると男の笑い声が聞こえた。
見ると、男は楽しそうに笑っていた。
「あははっ! こりゃあいいものが見れた! お前、いいなァ!」
私の行動が彼の琴線に触れたようだ。しかし、そんな彼を見て怒りが湧いてくる。
私が不甲斐ないせいで、この地に住む者は死に絶えるだろう。
迫り来る死を前に、私は膝を突きそうになる。
「なあ、もっと命の輝きを魅せてくれよ」
「命の輝きだと……?」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。男の声には、冷酷さや傲慢さとは違う何か――異質な純粋さが含まれていた。
狂気的ともいえる、何かを見出そうとする純粋さ。
「……私はすべてを背負う立場だ。理不尽が相手だろうと、決して屈するわけにはいかない!」
魔力はカラカラで、視点が定まらない。それでも私は槍を構える。あと数秒で衝突する。隕石からの熱気を感じ、肌を焼かれるような感覚がある。
構えた私は限界を超えた身体に鞭を打ち、隕石に向けて魔力すらも込められていない一撃を放った。
正真正銘、これが最後の一撃。
視界の端で男の口元に笑みが浮かんだのが見え、パチンッと乾いた音が鳴り響いた。
瞬間、迫っていた死が、隕石が粉々に砕け散った。砂のように細かく砕かれたそれは、キラキラと風に舞い流れていく。
まるで先ほどまでの絶望が嘘だったかのように。
手から槍が落ちると限界を迎えたのか砕け散り、私は助かったことで安堵して力なく地面に膝を突いた。
「いやぁ、楽しませてもらった。エイシアス」
「わかっているとも」
そう言うと、銀髪の彼女は指を鳴らす。瞬間、先ほどまでの傷や疲労が嘘だったかのように消え去った。
治療してくれたのだと理解できる。
「……どうして、私を生かした?」
「どうしてって、元々手合わせみたいなものだろう? ゼフィルスからも殺すなと言われていたからな。納得できないか?」
私は頷いた。
情けをかけられたように思えたからだ。
「俺はお前から、行きたいという命の輝きを見た」
命の輝き……冷徹と言われた私に、そのような輝きがあったのだろうか?
しかし男は楽しそうにしている。
「エイシアス、どうだった?」
「取るに足りない雑魚だとは思っていたが、見直さないといけないようだ。主の言う通り、実に面白いものが見れた。そうだな、これは詫びの品として渡しておこう」
空間に手を入れた彼女は、そこから一つの槍を取り出して、私の目の前に突き刺した。
地面に突き刺された槍を私は見る。
それは白銀に輝き、とてつもない冷気を纏っていた。
「名を『氷霞嶺槍』。氷の霞がたなびく山嶺にて、何百、何千年とその冷気を吸収し続けた氷槍だ。お前なら扱えるだろう」
私は目の前に突き立てられた槍を見つめた。
その美しさと凄まじい力に圧倒されながらも、思わず声を詰まらせる。こんなにも圧倒的な冷気を放つ武器は、今まで見たことがなかった。
私は槍を握り合立ち上がると、まるで身体の一部のように手に馴染む。
「……いいのか?」
「主が槍を壊したんだ。それに、私は言ったはずだ。お詫びだと」
「そう、か。ありがとう。大切に使わせてもらう」
私は立ち上がり、感謝の意味を込めて頭を下げた。
「そんなのいいから、早く中に入れてくれよ」
「……わかった」
私は彼らに逆らうつもりはなかった。配下が殺されたことに対しては、運が悪かったと考えた。
魔王すら凌駕する力を示した彼と、それに付き従う彼女には、誰も逆らえないのだから。