17話:こんなこともできるよ
グリゼルダはエイシアスの軽口を一瞬睨みつけるが、やがて冷静さを取り戻し、肩の力を抜いた。彼女は自分の槍を地面に突き立て、全員に聞こえるように低く冷ややかな声を放つ。
「話し合う前に、私の配下を殺されて不問にするわけにはいかない。貴様、散々私のことを雑魚だと言ったな?」
グリゼルダはそう言って槍の先を俺へと向けた。
つまり、前に出て戦えということだろう。
「やるってならいいぞ? 少しばかり遊んでやるから、かかって来いよ」
「ふん。生意気な。貴様を殺してその首を氷漬けにして魔王の元に送り返してやろう」
俺とグリゼルダは距離を開け、対峙する。
するとゼフィルスが俺に「殺さないように」と言うので軽く手を挙げて答えておく。
リリスを見ると、つまらなさそうにしている。
「……寒いから早くする、です」
「リリス。私が温めてやろう」
近づいたエイシアスが指を鳴らすと、リリスの表情が和らいだ。
どうやら暖かくなったようだ。
エイシアスは割とリリスのことが気に入っているようだ。かくいう俺も、リリスのことは姪のような感じでお気に入りだ。
「ふん、余裕そうだが、それがいつまで持つか見物だ」
「実際余裕だからな。ハンデをやる。俺を一歩でも動かしたらお前の勝ちだ。何でも言うことを聞いてやる」
「チッ、気に入らんな」
すると離れた場所でエイシアスが「ずるいぞ主! 女、私と変われ!」と言ってるが無視だ。どうせしょうもないことを考えている違いない。
俺をジッと見据えるグリゼルダ。この戦いに始まりの合図など必要ない。この場に立った時点で、始まっているのだ。
瞬間、グリゼルダの手に持つ槍が俺へと迫っていた。あと一メートルというところで、何かに阻まれたように止まった。
まあ、重力で作り出した壁だよね。空間を断絶するような攻撃でもなければ、まず破られることはない。まあ、レベル差でそれすらできないけどね。加えて俺に近づくにつれて、攻撃は遅くなる。
グリゼルダは槍が空中で止まったのを確認すると、眉を顰めた。
「……これは何だ? 視えない壁?」
俺は肩を竦めて微笑んだ。
「そうだ。俺の周囲には、俺が許さない限り、何者も触れることはできない。お前の攻撃は無駄だ」
「ふざけるな!」
彼女はさらに力を込め、槍を押し進めようとするが、槍の先端は空間の壁に触れることすらできないままだった。周囲の空気が凍てつくほどの冷気が漂い始め、彼女の怒りが明確に伝わってくる。
「私を侮辱するつもりか!」
「侮辱なんてしてないさ。お前が本気で俺を動かしたいなら、もう頑張ることだな」
挑発的な言葉に、グリゼルダの目が鋭く輝いた。次の瞬間、彼女の体を中心に冷気が爆発的に広がり、周囲の地面が瞬く間に凍りついていく。
槍が青白く光を放ち、そこから鋭い氷の刃が無数に生み出され、俺に向かって放たれた。
「これならどうだ!」
氷の刃が雨のように降り注いだが、俺は相変わらず微動だにしない。氷の刃はすべて俺の周囲で停止し、音もなく砕け散った。
「面白いけど、まだ足りないな」
俺が軽く手を振ると、周囲に浮かんでいた氷の破片が逆にグリゼルダの方へ飛んでいった。彼女は素早く槍を振り回してそれを防ぐが、表情には焦りが見え始めている。
「貴様……一体何者だ?」
「そうだな……ああ、これがピッタリだ。享楽主義者」
「そうか……!」
グリゼルダは槍を強く握りしめ、冷ややかな怒りの中に何かを決意したような目をしていた。
「享楽主義者……自分の楽しみのためだけに動くということか。ならば、私がお前の楽しみを奪い、無力さを教えてやる!」
彼女は地面を蹴り、瞬時に間合いを詰める。槍が空を切り裂き、真空の刃が俺に向かって放たれた。しかし、その攻撃もまた、俺の周囲で消滅する。
「ふむ、勢いは悪くないが、もっと創意工夫が必要だな」
俺の言葉に、グリゼルダの表情はますます険しくなる。
彼女は槍を振り上げ、空中で複雑な軌道を描いた。その動きに呼応するように、上空には巨大な氷柱が形成される。
「これでどうだ!」
氷柱が重力に従い落下し、まるで隕石の雨のように俺を中心に降り注ぐ。地面が激しく震え、吹雪が舞い上がった。周囲の配下たちはその威力に驚愕の声を上げる。
「さすがグリゼルダ様!」
「これならあの男も――」
しかし、吹雪が晴れた時、俺は変わらずその場に立っていた。服の一つも乱れることなく、飄々とした表情のままだ。
「いい景色だった。ちょっとは楽しませてもらえたぞ」
俺の軽口に、グリゼルダは思わず足を止めた。槍を握る手が震えているのが分かる。
「なんだ……この化物は……」
「次は俺の番だよな?」
俺は人差し指を空へと掲げた。
「な、なんだ……?」
誰もが黙り込む中、エイシアスだけが「こんなこともできるのか」と面白そうにしていた。
みんなが見上げる。
曇天の空が広がり、どこまでも灰色の雲が重く覆いかぶさる。
その空の一部が突如として裂け、巨大な隕石が鋭い軌道を描きながら降下してくる。その隕石の周囲には、爆発的な光が放たれ、周囲の空間を赫耀で染め上げる。
隕石の表面からは炎が上がり、摩擦によって一瞬で輝き、まるで小さな太陽のようだ。
その光はこの雪原では異常に目立ち、まるで世界が一瞬で終わりを迎えるかのような不安とともに、空全体を煌々と照らし出していた。