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16話:結局は面白ければいい

 血の匂いが風に乗って漂う中、突如として重厚な声が響き渡った。


「私の支配域で配下を殺すとはいい度胸だな」


 視線を向けると、そこには一人の女性が立っていた。

 彼女の白銀の髪は、まるで真冬の雪原を連想させる。わずかに揺れるたび、光を受けて微かに輝き、その純粋さに触れることすら許されないかのような錯覚を覚える。氷のように透き通る白い肌は人間離れしており、冷たさが触れずとも伝わってくる。


 彼女が身に纏う鎧は、まるで氷で形作られた芸術品のようだ。銀と青の色彩が完璧に調和し、彼女の冷酷さと美しさを同時に際立たせている。細部には雪の結晶を模した装飾が施されている。


「グリゼルダ様!」

「グリゼルダ様だ!」


 魔族が口々に彼女の名前を呼ぶ声を上げる。

 彼女が今回の目的である人物。魔王領の三魔公の一人、【氷槍】のグリゼルダ。

 この極寒の地を支配する主としての威厳をその身に纏い、全てを凍らせるかのような冷たいオーラを放っている。背後には数人の随伴者が控えているが、誰も彼女に並び立とうとしない。

 彼らにとって、彼女こそが王なのだろう。


「グリゼルダ……」


 ゼフィルスが静かに彼女の名前を呼んだ。グリゼルダはゼフィルスを一瞥するが、エイシアスへと視線を向けた。


「貴様、私の配下を殺したな?」

「……殺して何が悪い? お前の許可が必要なのか?」


 グリゼルダの目が細められ、周囲の空気がさらに冷たくなる。まるで彼女の怒りが直接周囲の温度に影響を与えているかのようだった。


「私の許可も得ずに配下を処刑するとは、まるで私の権威を侮辱しているかのようだな。貴様が何者であろうと、この地では私が法だ」


 エイシアスは微笑みを浮かべたまま一歩前に出る。

 その無邪気な態度とは裏腹に、彼女の存在が圧倒的な威圧感を放っていた。


「ふむ、法か……ならば、お前が法を執行する力を持っているかどうか、私で試してみるか?」


 挑発的な言葉に、グリゼルダの目が冷たく輝く。だが、その直後、ゼフィルスが一歩前に進み、二人の間に立ちはだかった。

 戦闘になれば、グリゼルダが殺されると分かっているのだろう。

 俺としてはこのまま見物していても良かったけど。


「待て、エイシアス。グリゼルダ、ここに争いを持ち込むつもりはない。私たちはお前の協力を得るために来た」


 その言葉にグリゼルダは一瞬黙り込み、ゼフィルスをじっと見つめた。その視線には警戒と興味が交錯している。


「私は配下が殺されているが、その責任はどうする? 強力を得るために来たというが、配下を殺されているのに信用しろと言うのか?」


 もっともな言葉に、ゼフィルスが黙ってしまった。リリスはどうでもいいのか、興味なさげに成り行きを見守っていた。


「お前だってそう思っているはずだ。そこの女が殺さなければ、協力も考えたが――」

「おい」


 そこで口を挟んだ。

 みんなの視線が俺へと向けられる。


「……なんだ? 付き人風情が」

「いや、付き人じゃないから。どっちかっていうと、ゼフィルスたちが付いてきただけだ」

「……なに?」


 グリゼルダがゼフィルスを見ると、彼はコクリと頷いた。

 そしてリリスを見ると、彼女も頷く。


「まさか、私の配下になりたいと?」

「冗談言うなよ。誰がお前みたいな雑魚の配下になるんだ。デメリットしかないだろ」


 瞬間、グリゼルダのみならず、全方位から殺気が俺へと向けられた。


「私が弱いと?」

「違うって。雑魚だって言ってるだろ?」

「主よ、雑魚には分からないのさ」

「それもそうか。ちょっとは期待していたんだが、残念だな」

「滅ぼすかい?」


 エイシアスの「滅ぼす」という発言に、全員が戦闘準備に入り敵意を向けて来る。エイシアスだって、ここには協力しに来たことは理解しているはずだ。

 ただ、彼女が楽しめないと判断すれば、滅ぼす可能性だってある。

 そうすればこの北の極寒の大地は、死体すら残らない荒野になり果てるだろう。


 ゼフィルスがその緊迫した空気の中で声を上げた。


「待て、エイシアス! ここに滅ぼしに来たわけではないはずだ。それと、俺たちの目を得ることが目的だ」


 エイシアスは軽く肩をすくめ、楽しげな笑みを浮かべたままだったが、明らかにゼフィルスの言葉には耳を傾けているようだった。


「忘れてはいないさ。ただ、退屈なのは嫌いなんだよ。せっかくの機会だ、ちょっと刺激的な展開があった方がいいだろ?」

「そんなことで北方の勢力を滅ぼさないでくれ……」


 ゼフィルスの言葉にエイシアスはふっと笑いを漏らし、相手の殺気も幾分か和らげた。

 しかし、完全に緊張が解けたわけではなく、グリゼルダとその配下たちの視線は相変わらず鋭い。


「……さて、どうしたものかな?」


 エイシアスは楽しげな表情のまま言葉を続ける。


「しかしだ。雑魚どもが本当に必要なのかい?」


 ゼフィルスは「必要だ」と即答する。


「魔王様は魔族の未来のため、幾度となく、我らを滅ぼそうと進行してくる人間を滅ぼしたいのだ」

「そうか。主は?」

「まあ、雑魚は雑魚なりに面白い展開にしてくれればそれでいいさ」


 俺はグリゼルダを見て笑みを深めるのだった。




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