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15話:絶対の意思

 馬車は白銀の平野をゆっくりと進んでいた。

 吹き荒ぶ冷たい風が車内にも入り込み、肩を竦めたリリスが毛布をぎゅっと引き寄せる。


「……寒い、です。こんな場所、さっさと帰りたいです」

「おやおや、寒さには強そうな顔をしてるのに、意外と弱いんだな」


 俺がからかうと、リリスは一瞬毛布から顔を出して、睨みつけてきた。

 リリスを揶揄うのが楽しくなっていた。


「誰が寒さに弱い、です! リリスは寒さに強いです! ……ただ寒いだけ、です!」

「それを弱いって言うんだよ」

「もう、うるさいです!」


 そのやり取りを聞きながら、エイシアスが小さく笑った。


「主、ちょっと意地悪が過ぎるよ。リリスに謝ったほうがいいんじゃないか?」

「そうだな。じゃあリリス、これで許してくれるか?」


 そう言って、俺はポケットから一粒のキャンディを取り出した。

 リリスは目を丸くしてそれを見つめる。


「……何ですか、それ」

「アメちゃん。これでも舐めて機嫌直せ」

「子供扱いするな、です!」


 そう言いつつも、リリスの目がほんの少しだけ輝いているのを見逃さなかった。

 見た目通り子供ということなのだろう。微笑ましいぜ。


「いらないなら俺が舐めるけど?」


 俺がキャンディを口に運ぼうとすると、リリスが慌てて手を伸ばしてきた。


「も、もらう、です! 別に欲しかったわけじゃないけど、無駄にするのはもったいないです!」

「はいはい、どうぞ」


 リリスがキャンディを受け取ると、小さな手で大事そうに包み紙を開け始めた。

 エイシアスはその光景を見てさらに吹き出しそうになっている。

 気持ちは分かるが笑うな笑うな。


「笑うな、です!」


 頬を赤く染めたリリスがエイシアスに抗議するが、その声はどこか甘いキャンディのせいか、普段より柔らかく感じた。

 エイシアスは慈愛に満ちた表情で、リリスの頭を優しく撫でる。


「キミは本当に愛らしいな」

「……っ⁉」


 最初は気持ち良さそうにしていたが、エイシアスの言葉でハッと我を取り戻して頭から手を除ける。


「や、やめろです!」


 ゼフィルスは無言でその様子を眺めていたが、ふと目を細めて口を開く。


「……テオにエイシアス。リリスをからかうのはほどほどにしてくれ。いつか本気で恨まれることになる」

「大丈夫だって。リリスはちっこいけど、心は広いだろ?」

「だから、ちっこい言うな、です!」


 リリスのこの反応を見ていれば、そんなことはないと理解できる。最初は警戒していたが、今では心を許しているようにも見える。

 ……リリスなら何をされても、殺しに来ても許しちゃう気がする。


 その後、軽口の応酬をしながら、馬車はさらに進んでいく。

 馬車が進むにつれ、風景が変わり始めた。氷で覆われた大地の先に、鋭い氷柱が林立し、遠くに城の姿がぼんやりと見えてくる。

 その威圧感は、さすがグリゼルダの支配する地と言える。


「もうすぐだな。緊張してるか?」


 俺がリリスに声をかけると、彼女は少しだけ顔を上げた。


「緊張なんてしてない、です。……ただ、こんな寒い場所で戦うなんて不毛だと思う、です」

「同感だが、ここで動いてる奴らにとっては日常だ。慣れてるだろうよ」


 馬車が城の手前に差し掛かると、周囲にいる魔族たちの視線が集まる。

 どれも野性的な気配を纏い、鋭い目で俺たちを見据えている。中には明らかにこちらを威嚇するような態度を取る者もいた。


「……歓迎ムードではないな」


 俺が呟くと、ゼフィルスが静かに頷いた。


「ここはグリゼルダ支配地域だが、彼女に従わない者も少なくはない。特に、魔将である私たちを嫌う者は多い」


 馬車が停まり、俺たちが降り立つと、数体の魔族が集まってくる。どれも体格がよく、鋭い牙を覗かせた凶暴な面構えをしている。


「魔将ゼフィルス。こんなところに何の用だ?」


 先頭に立った狼型の魔族が、低い唸り声を上げながらゼフィルスに問いかける。

 その瞳には敵意が宿っている。


「私たちはグリゼルダに用がある。無駄な干渉はするな」


 ゼフィルスが冷静に応じるが、狼型の魔族はさらに睨みつける。


「ふん、そんなことはさせない。あんたたち魔将がここに来るなんて、碌なことにならない。さっさと帰れ」


 他の魔族たちも一斉に唸り声を上げ、俺たちを取り囲むようにして圧力をかけてくる。

 だが、ゼフィルスは動じない。


「……忠告する。この場を収めたければ、大人しく引き下がることだ。無駄に血を流す必要はない」


 彼の静かな声には鋭さが滲んでいる。

 一方、リリスは彼らの態度に明らかに苛立っていた。


「……うるさいです。さっさと退けないと、私が退かせるです」

「おいおい、リリス。せっかくの北方ツアーだ、もう少し穏やかに楽しめよ」


 俺が肩をすくめて軽口を叩くと、リリスはムッとした表情で俺を睨む。


「楽しむ暇なんてない、です」


 エイシアスがそんなやり取りを見て小さく笑い、「私に任せておくんだ」と、ゼフィルスの前に出て魔族たちに向き直った。

 魔族達は、現れたエイシアスの美貌に見惚れているが、それも一瞬だった。

 次の瞬間には、エイシアスから溢れる濃密な魔力と気配に顔は真っ青に染まっていた。


「さて、諸君。私たちは争いに来たわけじゃない。それは理解しているね? だから大人しくしていることだ」


 その時一人の勇気ある魔族が声を上げた。


「だ、誰がお前らなんかに――」


 その瞬間、声を発した魔族の男の首が飛んだ。

 当然、やったのはエイシアスである。身動きも詠唱もせずに放たれた不可視の風の刃に、俺以外は誰も気付くことはなかった。

 首が落ち、続けて身体が崩れ落ちる。氷の大地に深紅の血が広がる。

 誰もが動けないでいた。

 そしてエイシアスは愚か者たちへと告げた。


「――私の意思は絶対だ。従わぬ者には無慈悲な結果が待っていることを覚悟しておくといい」



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