12話:面白ければそれでいい
アスタリアとゼフィルスの驚きは一瞬で収まり、彼らは微妙な表情を浮かべて視線を交わした。
どうやら、俺たちの過去の行動が彼らにとってただの「常識外れ」であることを再確認させたらしい。
まあ、驚き続けるのも骨が折れるだろうな。
「イシュリーナの話はこれでおしまいだ。今は俺たちの前にいる敵――いや、面白い相手に集中しようぜ」
俺が話を締めると、アスタリアは軽く息を吐き、表情を引き締めた。
「分かったわ。すぐに北方に向かう準備を整えるわね。ゼフィルス、手配をお願い」
「承知しました、魔王様」
ゼフィルスは忠実な従者として頭を下げると、すぐに部屋を出ていった。
その姿を見送ったアスタリアは少しだけ気疲れしたように首を回し、俺に視線を向ける。
「それにしても、あなたたちの実力は本当に規格外ね……敵に回したことを考えたら恐ろしいわ」
「楽しむために動く。それが俺たちのやり方だ。せいぜい俺たちを敵に回さないことだな」
俺は余裕たっぷりに肩を竦めながら答える。その瞬間、エイシアスが口元に薄っすらと笑みを浮かべて横から口を挟んだ。
「主と私はただ退屈が嫌いなだけだ。私たちの行動が、世界にどのような結果を生み出そうと、面白ければそれでいい。それだけのことだよ」
「その通りだな」
俺はエイシアスの言葉をさらりと肯定する。
「俺は俺の思うままに動く。結果がどうなろうと、面白ければそれでいい。それだけの話だ」
アスタリアはその言葉に少し呆れたような笑みを見せる。
しかし、その目には若干の警戒心が残っている。彼女は俺を完全に信頼したわけではないし、そもそもそんな気持ちを抱けるような相手ではないのだろう。
「……あなたの楽しむという考えはよく分からない。でも、それがこの状況で頼もしいものに見えるのも確かよ」
「頼もしいか。まあ、好きに思えばいいさ。ただし――」
俺はわざと彼女の目をじっと見つめ、挑発的な笑みを浮かべた。
「俺の興味を失わせたら、その時は終わりだと思え」
その言葉にアスタリアとゼフィルスはピクリと反応し、緊張感を漂わせた。だが、すぐにその場を制するような毅然とした態度を見せる。
「そうならないよう、全力を尽くすわよ」
アスタリアは小さな声で「敵に回したくないし……」と呟いていた。
「それでいい」
俺は満足げに頷き、椅子にもたれかかった。
するとアスタリアが魔将に紹介するというので、テーブルなどを片付けてゼフィルスに言って呼び出した。
程なくして魔王城の広間に、アスタリアと共に魔将たちが集結した。
その場には俺とエイシアスも加わり、圧倒的な緊張感が漂っている。
まず、目に入ったのはルギウス。白銀の髪が光を反射し、鋭い青い瞳が俺を鋭く睨みつけている。
「魔王様。この二人を我々に紹介する必要がありますか?」
ルギウスはその重々しい声で問いかけ、俺を一瞥する。
次に視線を向けたのはリリス。
彼女は何も言わず、じっと俺を観察している。
「……どうして人間をここに連れてきたの、です?」
ついにリリスが静かに口を開いた。
その声は小さくとも鋭く、広間全体に響く。
ザリウスは口を挟まず、じっとこちらを睨みつけている。
一方、ネフィリアはその妖艶な美貌で周囲を和らげるような笑みを浮かべながら、俺に目を向けた。
「まあまあ、皆さん落ち着いて。魔王様にはきっとお考えがあるのでしょう?」
その優雅な声が場を和ませるように思えたが、魔将たちの間には明らかな不和が漂っている。
アスタリアは一歩前に出て、魔将たちを見渡した。その表情には決意がみなぎっている。
「皆、聞いてちょうだい。テオはただの人間ではない。彼と彼女の力は、私たち魔族の行く末を変えるほどのもの。協力を仰ぐのは私の決断よ。理解してもらうわ」
だが、その言葉に真っ先に反論したのは、黙っていたザリウスだった。
「アスタリア様、それは軽率です。この者たちがどれほどの力を持っていようと、我々魔族が人間を頼るなど屈辱に他なりません!」
彼の鋭い声が広間を貫く。
「屈辱だと?」
俺はゼフィルスを見つめ、薄く笑った。
「俺たちがどう動くかで、お前たちが何を得られるかが決まる。それでも反対するなら、俺が直接教えてやろうか?」
俺の言葉に、広間の空気が一層張り詰めた。だが、ゼフィルスは怯むことなく、こちらを睨み返してくる。
「我々が成すべきことは、我々の力で達成することです。たとえそれが困難であろうと――!」
その時、他の魔将たちがそれぞれの意見を口にし始め、リリスが一言。
「――信用できない。裏切らない保証がない、です」
小さくも、その声は広間に響き渡った。
しかし、俺は笑いを堪え切れず声に出してしまい、全員の視線が突き刺さる。
エイシアスも隣で「くくくっ」と小さく笑っている。
「……何が可笑しい?」
怪訝な表情で訊ねたのは、ザリウスだった。
「悪い悪い。お前らが面白くて、ついな」
俺は全員の視線を一身に受けながら、不敵な笑みを浮かべた。その場の緊張感なんてどうでもいい。ただ、目の前の反応が愉快でたまらないのだ。