10話:魔王とお話し2
アスタリアの問いに、俺は少し笑みを浮かべたまま答えず、ティーカップを手に取り再び茶を口に含んだ。
エイシアスも特に答える様子はなく、悠然とティーカップを持ちながら彼女を見つめている。
「何者か、か。それは聞いても仕方ないだろう? 俺たちが何者であれ、敵対さえしなければお前たちは生きていられる」
わざと曖昧な答えを返すと、アスタリアは少し不機嫌そうに眉を顰めた。
「答えになっていないわね。少なくとも、普通の人間ではないことくらい分かるけれど」
その通りだ。俺はただの人間という枠には収まらない存在だ。エイシアスも天魔という存在。それを説明したところで、彼女にとって有益な情報にはならないだろう。
「知る必要があるか? 俺たちがどんな存在だろうと、お前には関係ない。むしろ――」
俺はティーカップをテーブルに置き、アスタリアに向かって指を一本立てた。
「お前が俺たちのことを気にする暇があるなら、自分の未来のために考えを巡らせる方が賢明だと思うがな」
その言葉に、アスタリアは一瞬だけ目を細めたが、すぐに小さく肩をすくめて諦めたような笑みを浮かべた。
「まあ、いいわ。確かに貴方たちのことを知ったところで、今の私にはどうすることもできないでしょうしね。でも、少しはあなたのことを知れたわ」
そう言って彼女は話し出す。
「あなたは理不尽な強さだけど、言葉と態度からもわかるように、敵対さえしなければ問題ないって」
「正解だな。ただ、ちょっかいとか出してきたら潰すからな」
「わ、わかっているわよ……」
アスタリアの瞳にはまだ怯えが残っていた。
そう言いながらも、彼女の瞳にはまだどこか計算めいた光が宿っている。おそらく、俺たちの情報を得るための別の手段を考えているのだろう。
「ただ一つ教えてほしいことがあるわ」
彼女がそう言って視線をこちらに向ける。
「あなたは、この世界に何を望んでいるの?」
その問いに、俺は少しだけ考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「俺が望むのは――ただ、面白い世界だ」
その言葉にアスタリアは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、クスリと笑った。
「なるほど。それが貴方の望みなのね」
「そうだ。そしてその面白い世界を作るためなら、俺はどんな選択でもするだろう。だから、お前が面白い世界を作ると言うのなら、俺はお前を支援することもあるだろうし、逆に――」
俺は意味ありげに微笑みながら彼女を見つめる。
「お前たちを滅ぼすことすら躊躇しない」
その言葉に、アスタリアの微笑みが再び消えた。
「……わかったわ。少なくとも、貴方が単純な敵でも味方でもないことは理解したわよ」
「人間との戦争以外のことなら協力はする」
俺の言葉を聞いて彼女は目を大きく見開いた。
「その言葉、本当?」
「ああ。どうした? 困ったことでもあったのか?」
俺の問いかけに、アスタリアは少し迷うような表情を浮かべたが、やがて意を決したように口を開いた。
「実は……魔族の中にも一枚岩ではない者たちがいるのよ」
その言葉に俺は少し眉を上げる。
「ほう。つまり、内輪揉めということか?」
アスタリアは小さく頷き、声を潜めて続けた。
「簡単に言えば、そう。私の目的は人間を滅ぼし、魔族の未来を守ること。でも、それに反発して私を引きずり下ろそうとする勢力がいる。魔族領は広大で、魔王の私が管理できる区域も限られているわ。特に、『三魔公』と呼ばれている者がいる」
アスタリアは『三魔公』について説明する。
魔王が中央の広範囲を掌握しているが、三魔公はそれを囲むようにして各自の領土を支配している。
北と西、東で挟むように各自の領土がある。
「簡単に言えば、独立した勢力ね」
「へぇ……」
俺は興味深げに顎に手を当てながら聞き返した。
「つまり、その三魔公とやらは、お前の配下ではない、ということか?」
アスタリアは苦々しい表情を浮かべながら頷く。
「ええ、名目上は魔族全体の統一を目指すという立場だけど、実際には彼らはそれぞれの野心を持っている。特に北の『氷槍のグリゼルダ』、西の『業火のゼノス』、そして東の『影縫いのカルマ』。彼らは私の命令には従わないどころか、自らの勢力を拡大しようと動いているわ」
アスタリアの語る三魔公は、それぞれ異なる個性と力を持つようだ。
北を支配するグリゼルダは冷酷無比で戦略に長けた女性。西のゼノスは荒々しく破壊を好む戦闘狂。そして東のカルマは陰湿な策略家で、暗殺や諜報に長けているという。
「興味深いな。だが、お前がここで俺に何を求めているのかがまだはっきりしない。三魔公を排除しろとでも?」
俺の問いに、アスタリアは首を振る。
「違うわ。彼らを完全に排除するのは現実的じゃないし、それに……三魔公がいなくなれば、他の勢力がまた頭をもたげるだけ。それよりも、彼らの力をうまく取り込む方法を探りたいのよ」
「取り込む方法ね……」
俺は少し考え込む。三魔公のような存在を従えるには、相当の手腕と力が必要だ。
「でも、そのためにはあなたたちのような、圧倒的な力を持つ存在が必要なのよ。三魔公は魔王のなりたての私を軽視しているけれど、あなたたちを見れば何かが変わるかもしれない」
アスタリアの言葉には切実な願いが込められていた。だが、俺はすぐには頷かない。
「俺たちが協力したとして、報酬はどうする?」
ただ働きは御免だ。それにまだ、面白いとも思っていないのだから。