6話:獣は躾けないとなぁ?
兵士たちが武器を突きつける刹那、俺の心は微動だにしなかった。
彼らの決意も、忠誠も、俺の前では無意味だ。
どれだけの数が集まろうと、圧倒的な力の前では平等に塵芥と化す。
「俺の歩みを止められるものなら、やってみろ」
静かに、しかし明確な挑発を放ちながら、俺は魔王城へ向けて足を進める。
すると、我慢の限界を超えたのか、一人の兵士が声を張り上げて突進してきた。
その一撃は正確で鋭い――だが、俺に届くことはない。攻撃が俺の数メートル手前で唐突に止まり、次の瞬間、何か巨大な見えざる力に押し潰されるようにして兵士の身体は地面に叩きつけられ、血の染みを広げた。
その光景が火種となったのか、他の兵士たちが一斉に怒声を上げ、俺に向けて突撃してきた。剣が煌めき、槍が突き出され、さらに後方からは魔法が撃ち込まれる。
だが、全てが虚しく空を切る。剣も魔法も、俺の周囲に到達する前に目に見えない壁に阻まれ、無力化されるだけだ。
俺は歩みを止めず、淡々と進む。
その度に重力の力が波となって周囲に広がり、兵士たちを押し潰していく。
エイシアスは俺の隣で黙然と歩きながら、余裕な態度を崩さない。
城門へ辿り着く頃には、兵士たちの大半が地面に沈み、血と肉片がまるで絨毯のように道を彩っていた。俺は何の感慨もなく、その場を踏みしめて進む。
正面扉に手をかけ、軽く力を込めると、扉は轟音と共に砕け散った。その破片が遠くまで飛び散り、城内へと侵入するための道が開かれる。
だが、その瞬間、鋭い気配が俺の前に立ちはだかった。
砕けた扉の向こうから現れたのは、一人の魔族。赤い髪が炎のように揺れ、尖った耳と褐色の肌が特徴的なその男は、その筋骨隆々とした体躯で圧倒的な存在感を放っていた。
肩に担ぐのは、彼の身の丈を超えるほどの巨大な大剣。
その剣身は異様なまでに黒光りしており、ただの武器ではないと直感させる威圧感を持っている。鋭い眼光が俺を捉え、重圧にも似た殺気を放ちながら口を開く。
「俺は魔王軍の六人いる魔将の一人、ヴァルカン。貴様、何者だ?」
「魔王と話しがしたくて来ただけだ」
「なに? それだけのために、これだけの数を殺したと?」
「何度も忠告はした。それがこの結果だ」
ギラリと鋭い眼差しを向けながら、男は静かに大剣を地面へと下ろした。その重厚な剣が石畳を砕き、低い音が響く。
「忠告したからといって、命を奪うことが許されるわけではない……そういう考えは持ち合わせていないようだな」
「許しを必要とするのは弱者だけだ。お前も、神も、魔王でさえ、俺の行動を裁く権利などない」
ヴァルカンの目が燃えるように赤く輝き、俺に向けられる怒りが明確に膨れ上がったのを感じた。あの褐色の肌が炎に照らされた鉄のように熱を帯びているように見える。
「貴様……!」
低く唸るような声とともに、彼の周囲の空気が歪み始めた。
視界の端で揺れる熱波が、彼の怒りがただの感情ではなく実体化した力そのものであることを告げている。
「弱者だと……?」
彼が踏み出した瞬間、大地が微かに震えた。その巨大な体躯が放つ威圧感に加え、周囲の気温が急激に上昇していく。
仲間想いの連中だ。
「取り乱してどうした? 弱いから死ぬ。それがこの世の理だろうが」
怒り狂った獣ほど扱いやすいものはない。
ヴァルカンの足元が、熱で真っ赤に染まっていく。
彼の髪がさらに激しく揺らめき、まるで燃え盛る炎そのものになったかのようだ。
次の瞬間、ヴァルカンが吼えるように叫びを上げた。
その声は雷鳴のごとく周囲を揺るがし、俺の耳を打った。
「この俺を愚弄するとは、命が惜しくないようだな!」
ああ、まるで怒り狂った獣のようだ。
ヴァルカンの怒りは頂点に達し、灼熱の炎がその周囲に渦を巻き始めた。
熱波が肌を焦がしそうな勢いで押し寄せるが、俺とエイシアスには影響は皆無だ。
「愚弄? 獣の躾は苦手なんだがなぁ」
「主よ、首輪を用意しないとだな」
「まったくだ」
俺は肩を竦め、彼をさらに挑発するように言い放った。
ヴァルカンがついに動く。巨大な大剣を振り下ろし、轟音と共に周囲の空間が揺れる。
剣先が地面に触れる刹那、爆発的な炎が俺に向かって押し寄せてきた。
だが――無意味だ。
俺は指先を軽く振るだけで、その炎を宙で弾き飛ばす。熱の奔流が空間を裂きながら飛び散り、瓦礫や壁を焼き尽くしたが、俺の周囲には一切の影響が及ばない。
「怒りで視野が狭くなっているのは滑稽だな」
静かに呟くと同時に、俺は周囲に重力の波を放つ。その波は見えざる大槌のように広がり、ヴァルカンの動きを一瞬止めた。
「なんだ、この力は……!」
彼の表情が一瞬歪む。それが俺の力に気付いた証拠だ。
ここは絶対者として振舞おうではないか。
「跪け」
低く命じると、重力が一気に強まる。
ヴァルカンの膝が、地面に押し付けられたかのように崩れた。だが、まだ抵抗する力が残っているのか、彼は必死に踏みとどまろうとした。
「無駄だ」
俺はさらに重力を強める。その力は空間そのものを歪ませ、周囲の瓦礫を粉砕し、彼の身体を地面に叩きつけた。
「……結局はこの程度か」
俺は淡々と彼を見下ろし、完全に押し潰すべく手を上げた。
その瞬間――
「やめてくれ、テオ殿!」
鋭い声が響き渡り、俺の手が動きを止めた。
振り返ると、そこに立っていたのはゼフィルスだった。