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18話:イシュリーナの選択1

 俺はふと、気がつくと窓の外を見つめていた。冷たい風が吹き込むその先には、雪が降り積もり、荒涼とした風景が広がっていた。


「そういえば、お前が氷の宮殿を作ったのは、やはりその決意からか?」


 イシュリーナは一瞬だけ瞳を細め、ゆっくりと答えた。


「宮殿は私が失ったものを象徴している。ただ、復讐のために作ったわけではない。あれはただ、私が過去を抱え、そこから逃げるための場所だった」


 その言葉には、かつての優雅さと冷徹さが交じり合っているように感じた。

 彼女は本当に、過去を乗り越えることができるのだろうか。それとも、過去の亡霊に囚われ続けるのだろうか。


「宮殿があれば、過去を捨てられると思ったのか?」


 俺はふと問いかけたが、イシュリーナは答えなかった。代わりに、彼女は静かに立ち上がり、部屋を出て行こうとした。


「どこに行くんだ?」

「私は、決めなければならないことがある。少し、考えてくるわ」


 その言葉だけを残して、イシュリーナは部屋を出て行った。

 彼女がどんな選択をしても、それは彼女自身の決断だ。だが、果たしてその決断がどれだけの意味を持つのか、それが重要だった。


「エイシアス、お前は彼女がどちらを選ぶと思う?」

「私は復讐するに賭けよう」

「なら、俺は復讐しないに賭けるとしよう」


 ――さあ、イシュリーナ(お前)はどちらを選ぶんだ?



 ◇ ◇ ◇



 私は部屋を出たあと、一人で城内を歩いていた。

 過去に帝国の城には来たことがあるも、それは数百年も前の話し。しかし、数百年経っても城に変化はなかった。

 変化があるとすれば、装飾品くらいだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、一人の着飾った少女が歩いていた。玉座があった広間で皇帝の隣に座っていた少女だ。

 このまますれ違うと思っていたが、少女は立ち止まり挨拶をしてきた。


「はじめまして。私は皇帝カリオス・フィア・バルデリアの娘、リリア・フィア・バルデリアです」

「……イシュリーナよ」


 名乗った私はそのまま横を通り過ぎようとして、リリアに呼び止められた。


「案内がいないと迷うのでは?」


 私は答えず、ただ彼女を見つめ返す。するとリリアは微笑んだ。


「私がとっておきの場所に案内いたします」


 そう言って先を歩く彼女に、私はついて行くか迷ったが、結局後をついて行くことにした。

 どうしてそうしたのかは分からない。憎き皇族であるはずなのに。

 しばらく歩くと、そこは綺麗な花々が咲き誇る庭園だった。


「綺麗でしょう? ここには魔法が施されていて、寒い季節でも花を見ることが出来るんです」


 リリアが微笑みながら、庭園の景色を見つめ続ける中、私は彼女の無垢な表情に何か心を揺さぶられるものを感じていた。帝国に対する憎しみを抱き続けた年月がどれほど重かったか、その感覚はまだ胸の奥に残っている。けれど、今目の前にいる彼女は、かつての皇族とは違う、純粋な心を持った少女だった。


 ふと、リリアが静かに話し始めた。


「私も、たくさん悩んでいるんです。皇族としての義務、国民の幸せ……それが何より大切なのか、まだ分からなくて。でも、少しずつ前に進むしかないのかなと思っています」


 その言葉には、未来への覚悟と優しさが宿っているように感じられた。私の胸に積もっていた憎しみが少しずつ溶けていくのが分かる。


「私は、過去を抱えすぎていたのかもしれない」


 そう言うと、リリアは優しく私を見つめてくれた。どこか母親のような温かさを持っている彼女に、私は思わず口を開く。


「あなたにとって、復讐とは何だと思う?」


 リリアは少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに答えた。


「復讐ですか? ……私は、誰かを傷つけることよりも、大切なものを守ることの方が大事だと思います」


 その言葉は、過去に囚われ続けていた私の心を大きく揺さぶった。

 失ったものを取り戻すことはできないが、未来に目を向けることはできる。

 そう、リリアの言葉が教えてくれたのだ。


「ありがとう、リリア。あなたのおかげで決意がついたわ」


 私は、もう一度庭園の花々に目を向ける。

 今度こそ、私は帝国に復讐をしないと決断した。過去ではなく、未来のために生きることを選ぼうと。

 リリアがそっと微笑んだ。


「それがイシュリーナさんの新しい道なら、私は応援します。選ぶ権利は誰にでもあります。それこそ誰もが持つ自由な権利です」

「……自由か。テオ様とエイシアス様にも言われたわ」


 その「お二方」が誰を指すのかは、聞くまでもない。

 リリアは困ったように笑う。


「あはは……テオ様とエイシアス様はなんというか、自由を体現している方ですから。どこまでも自由で傲岸不遜。この世界を自分の遊び場と思っているようなお方ですから」

「あれだけの力を持っていれば、どこまでも自由にいられるのだろう。二人は言っていたよ。『楽しむことが自分たちの本質』だと」

「誰かの死すら楽しむような方ですからね。でも、大切にしているものは見捨てない。そんな方です。どこまでも自由な二人ですよ」


 二人は会話に花を咲かせ、打ち解けていくのだった。


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