19話:力こそすべて
放心している聖王に、次は何を教育するのか?
それは自分が無能だと自覚させることだ。では、何をするのか?
「エイシアス」
俺はエイシアスに耳打ちする。すると、俺の提案に笑みを浮かべた。
「主の考えることは実に面白いね。いいね、やろうか」
エイシアスが聖王に手のひらを向けると、魔法陣が現れる。
「な、なにを……」
恐怖で後退る聖王にエイシアスが告げる。
「自分が無能だと知ることさ。何百万と繰り返される悲劇なのかで、己の無能さを知るといいさ。――夢幻の牢獄」
発動した瞬間、聖王は崩れ落ちた。
「エイシアス様、一体なにを……?」
「何度も同じ悲劇を繰り返す悪夢さ。今見せているのは、どんな指示をしても国が滅び、蹂躙され、最後には自信も殺される悪夢さ」
リリィから息を呑む音が聞こえた。
想像したのか、顔が青くなっている。
しばらくして魔法を解くと、聖王は生気を失った表情で「殺してくれ」と呟くだけ。
「さて、自分の無能さを知ったかな?」
「あ、あぁ……だから殺してくれ。神など、私たちを救ってはくれない!」
いい感じに無能さと絶望が混じっているね。
愉快愉快。
「わかった。でも、まだ殺さない」
「ど、どうして……」
絶望の表情を浮かべる聖王。
「言っただろう? 教育だって」
「そ、そんな……」
それから数時間後、聖王はダルマになっていた。ここまですれば、もう思い知っただろう。
「こ、殺して、くれ……」
「ああ。殺してやる。エイシアス。あれを」
「うむ。――嘆きの獄門」
禍々しい門が出現し、そこから無数の黒い腕が聖王を捕らえる。
やっと死ねる。そう思っているのか、聖王の表情は安堵していた。しかし、そう簡単に死ねるわけがない。
俺は冥土の土産に教えてやる。
「これは何度も死を繰り返し、嘆いても終わりは来ない、地獄への扉だ」
「な、何故だ! なぜ! や、やめろ! やめてく――」
バタンッと扉が閉まり、門は消える。
俺は振り返る。そこには、信仰を捨てた光の騎士と、へたり込む聖女。
去り際、聖女に向けて口を開いた。
「良かったな。女神様はお前にこの国を導いてほしいそうだ。信仰を捨てるも捨てないも、お前の自由だ。俺は何も言わない。しかし、選択には責任が伴う。だが、これだけは教えておこう――力こそがすべてだ。力があれば、すべてが思いのままだ。力を手に入れることに貪欲になれ。次に会ったときを楽しみにしている」
そう告げて、俺は王宮を後にした。
信仰を捨てた光の騎士が聖女をサポートすることだろう。
次の成長が楽しみになった。
「で、主よ。次は帝国でいいのか?」
「うん。夕方までに間に合うかな?」
「間に合わなければ、街で休めばいいのでは? どうせ通り道にあるだろう」
エイシアスの言う通り。急ぐ旅ではないので、のんびりと行くとしよう。
赤丸の背に乗り、俺たちは空へと飛び立った。
神聖リュミエール王国が小さくなっていく、それを見ながら思う。
きっと、次来た時には面白いことになっている、と。
「ところで主よ」
「うん?」
「帝国にはどれくらい滞在するのだ?」
「適当でいいんじゃないか。まあ、魔王とも話したいし、長くは滞在しないさ」
ちょっと話してみたいんだよね。人間と戦争になったところで介入なんてしないけど。
ただ、レグムント王国には手を出してほしくないかな。中々過ごしやすい国だったのと、屋敷まで用意してくれたから。
風に当たりながら空の旅を楽しみつつ、帝国領に入国した。
もちろん、しっかりと手続きをしている。不法入国でもいいけど、回避できる面倒ごとがあれば回避するに限る。
再び空の旅を開始した。
国境の街を超え、次の街が見えてきた。かなり大きな街だが、まだ時間はあるので早めに首都である帝都アルグラシアに向かいたいところ。
帝国の街から帝都アルグラシアに向かう道中で、馬車が盗賊に襲われていた。視力を強化して確認すると、盗賊が馬車を襲っているようだった。
馬車には貴族が乗っているのか、豪華な造りとなっており、護衛の騎士も強く、盗賊が攻めあぐねていた。
「助けるのかい?」
「う~ん。別に助けなくてもいいが……」
助ける理由はない。ないが、帝国に関する話しを聞くチャンスだろう。貴族なら武神祭に関しても知ってそうだ。
「帝国のことを聞きたいから、助けた報酬として聞くのもありかなと思ってきた」
「ふむ。恩を売って情報をもらうと」
「そういうこと。貴族は嫌いだけどね」
抵抗したら殺せばいいだけ。そう思うと気が楽だ。
「赤丸、降りるから小さくなって」
飛び降りると、赤丸は小さくなって服に捕まる。重力を使いふわっと着地する。
「何者だ⁉」
「どこから現れた!」
俺とエイシアスを見て叫ぶ盗賊。次の瞬間には、エイシアスを見て下卑た視線を向けていた。
「下郎め」
エイシアスが手を振るうと、盗賊がまとめて切断された。
俺もクイッと指を曲げると、周囲の盗賊たちに重力が降り注ぎ圧死した。
振り返ると騎士たちが警戒しているのは、まあ当然だ。
「通りすがりの冒険者だ。苦戦しているようだったからな」
「……そうか。助太刀感謝する」
すると一人の騎士が馬車に駆け寄り、なにやら報告しているようだった。
程なくして馬車の扉が開き、一人の美しい少女が降りてきた。
第3章これにて完結