16話:教育の時間1
ゼフィルスが帰ったことで、神聖リュミエール王国の危機は去った。
お世話になった人たちがいるのだ。これで借りは返したことになるので、次に滅びが訪れようとも、俺は関与しない。面白そうなら見に行くけどね。
「んじゃ、エイシアス。行くか」
「これから帝国に行くのか? もう夜になる」
気付けば空は茜色に染まっていた。
今から帝国に行っても、赤丸に乗っていくとしても遅い時間になる。
それなら朝にでも出発した方がいいだろう。
「なら宿に戻って寝るか」
「うむ。今日は中々に楽しめた。次は私が戦ってみたいものだ。主よ、譲ってはくれないか?」
「俺ばっかり楽しんでいても仕方がないしな」
「うむ。そうでなくては」
さっさと宿に戻って寝たいが、呼び止める人物がいた。
もちろん。聖女様であるリリィだ。
「なぜ、魔将を逃がしたのですか⁉ 再び攻めて来るに決まっています!」
「……それがどうした?」
絶句する面々。すべての者が俺とエイシアスを睨み付けている。
散々言ったのに、このザマだ。信者とは面倒な集まりだ。
「せっかくの楽しい気持ちが台無しだ。まだ俺に用があるのか? 俺の気まぐれで助かった者どもが良く吠える。――まだ殺した方がいい?」
静寂が場を支配する。誰もが、俺が騎士団長を含めた面々を、無惨に殺したのを覆いだしたのだろう。
「言っとくが、お前たちは敗者だ。次は滅ばないといいな」
「あなたがもっと早く助けに来てくれれば……」
去っていくテオにリリィが声を、俺は無視した。もう興味が失せた。
去り際、エイシアスは振り返り、リリィに告げた。
「負け犬の遠吠えなど、耳を貸す価値もない。敗者が語る言葉は、ただの無駄な抵抗に過ぎない。感謝の念すら抱かぬ者は、負け犬としての矜持を持て。これが道理というものだ」
俯くリリィはこれ以上、何かを言うことはなかった。
翌朝。俺が止まっていた宿に、多くの騎士たちによって包囲されていた。
理由は何となく察せられる。聖王というヤツに会えと言うんだろう? 分かっているさ。
どうせ落ち込んだリリィに、聖王が問い詰めでもしたんだろう。
それで怒って俺を呼びつけた。
そのような推測をしながら下に降りて外に出ると、一人の騎士が高圧的な態度で詰め寄り、俺を睨み付ける。
「貴様がテオだな? 王宮に来てもらおう。これはお願いなどではなく、命令だ」
「……この国は騎士までクズしかしないのか? それとも女神ルミナを信仰している宗教がクソなのか?」
昨日、俺の力を理解してなお、この高圧的な態度。見ていて反吐が出る。
まだ眠かったのに、イライラで目が覚めてしまった。
俺の発言が気に障ったのか、騎士たちは殺気を隠そうともせずに俺に向けた。この時点で、この者たちの処遇は決まっていた。
――全員の首が飛んだ。
騒ぎに集まっていた住民も、騎士が死んだことに悲鳴を上げて逃げていく。
「エイシアス。この首をもって王宮に行くぞ。どうやら飼い主も躾けが必要なようだ」
「躾のなっていない犬を放しているんだ。当然さ」
魔法で騎士たちの首を浮かばせ、俺とエイシアスは中央通りを堂々と歩き進める。
道中、昨日の魔物の軍勢が襲ってきたこともあり、多くの騎士たちが街を巡回していた。巡回していた騎士たちは、浮いている同僚の首を見た瞬間、顔を真っ赤に染めて剣を抜こうとする。しかし、首を浮かべて歩く正体が俺とエイシアスだと知った瞬間に、青い顔を浮かべていた。
うん。彼らはどちらが上か理解しているようだ。
大通りの白く舗装された道に、真っ赤な血が王宮まで続いていた。
俺は王宮の階段を登り、門番を無視して強引に扉を粉砕して中に押し入る。
重力波を飛ばし、聖王らしい人物の位置を特定すると、近くにはリリィもいるようだった。
あの女とは関わると面倒が多い。しかし、今回用があるのは聖王である。
「邪魔するぞ」
荘厳で大きな両扉を、俺は蹴り飛ばして開け放つ。扉は吹き飛び、無惨な姿となってしまった。
突然入ってきた俺とエイシアスに、荘厳な玉座に座る男性――恐らく聖王が声を荒げた。
「――何者だ!」
「招待されたから来てやった。ほら、これが招待状だ」
ゴロゴロと足元まで転がされたのは、無数の騎士たちの首だった。
リリィは転がる首を見て、次の俺とエイシアスを見て驚きの表情を浮かべていた。
王宮に乗り込んでくると思っていなかったのだろう。
「この者たちは、大罪人を連れて来るように指示した騎士たち……」
聖王が足元の首を見て呟いた。俺の推理は正解だったようだ。そして、近くの光の騎士たちは、聖王が何かを言う前に切りかかってきた。
「貴様、よくも!」
「魔将を逃がした罪、ここで償え!」
斬りかかって来る騎士たちを前に、エイシアスが手を振るう。すると綺麗に首だけが残り、そこから下は塵芥の如く刻まれた。
白く綺麗な謁見の間が真っ赤に染まり、室内には噎せた血の匂いが充満する。
「おやおや、前のヤツらもそうだが、飼い犬の躾が行き届いていないようだ」
「ヒィ⁉ な、なんと惨いことを……」
「惨い? お前がしっかりと躾けないのが悪い。ヤツらに「待て」と言えば死なずにすんだ。だからこそ、飼い主にはその躾がどういったものか、身をもって教えてあげる必要がある。対価はもちろん、お前の命さ。言っとくけど、冗談じゃないよ。これも一つの教育だ」
俺は笑みを浮かべて告げた。
「――さあ、教育を始めようか」