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15話:頼んだよ

 魔王軍の魔将【影刃】ゼフィルス。ヤツは勇者との戦いで、まだ本気を出していないように思えた。初手で本気を出して戦っていれば、勇者をもっと簡単に殺せたはずだ。

 だが、それがどこまで本気なのかなんてどうでもいい。

 ただ――どれだけ俺を楽しませてくれるかが問題だ。


「改めて、名前を聞こう」

「我は魔王軍の魔将が一人。【影刃】ゼフィルス。――参る!」


 黒い霧のような闇を纏うゼフィルスは、言葉と同時に姿が消えた。いや、消えたんじゃない。ヤツは影の中に溶け込んだのだ。現れる場所の予想はできている。

 俺はわざとその場に立ち尽くす。


 ――そこか。


 俺の足元の影から、闇に溶け込んだゼフィルスが音もなく漆黒の剣を振るって現れた。

 一瞬の殺気は、見つけるのに十分すぎる時間だった。

 この戦いで、俺は【重力】を使わないと決めている。そうしなければ楽しめないからだ。


「未熟だな」


 俺はわずかに身体を横にずらし、ゼフィルスの攻撃を紙一重で避ける。そのまま、軽く指先でゼフィルスの腹部に触れるように打ち込むと、衝撃波がゼフィルスの体内を駆け抜けた。


「ぐっ……!」


 掌底打ちと同様の原理を指先でやってみたが、レベルのお陰なのか簡単にできた。

 ゼフィルスは跳躍して距離を取る。


「……遊んでいるのか?」

「当然だ。それが強者の権利。これで終わりにするつもりか?」


 ゼフィルスは無言で剣を構えた。

 それを見て俺は笑みを浮かべる。


「いいね。そうこなくっちゃ」


 ゼフィルスの身体が闇と一体化し、黒く染まる。彼が剣を掲げると、足元の影が広範囲に広がる。そして掲げた剣が振り下ろされ、四方八方から影の刃となって攻撃を繰り出してくる。普通の相手なら、瞬殺されていただろう。しかし、俺にはすべての攻撃が見えている。


 一歩、二歩。無駄のない動きで俺は攻撃を避けていく。それが楽々とできるこの身体が素晴らしい。魔の森で、死にも狂いで生き抜いた甲斐があったというもの。

 しばらくして攻撃が止んだ。


「おっと、終わりだな」

「この技は、他の魔将ですら無傷ではいられない。さすがと言ったところか」

「魔将ともあろうお方から、お褒めにあずかるなんて光栄だな」

「今では嫌味にしか聞こえないな」

「んじゃ、俺の番だな」


 そう告げた俺が無造作に拳を振るうと、衝撃波となってゼフィルスを襲う。

 【重力】を使わず、ちょっと力を入れて殴ったらこれである。本気で殴ったら、山一つは軽く消し飛ぶ。

 ゼフィルスは賭け外の中に消えるように逃れ、離れた位置で現れた。


「素の力か?」

「当たり前だ。スキルを使っては楽しめないだろう?」

「いいだろう。まだまだこれからだ」


 そこから、ゼフィルスによる猛攻が始まった。己の力を全て出し切るような、そのような攻撃の数々だった。

 影を使った様々な攻撃に、俺は思いのほか楽しんでいた。

 俺が笑っていることに気付いたゼフィルスが、問いかけてくる。


「楽しんでもらえたなら、もういいか?」

「何言ってんだ? これから、だろう?」

「……そうか。悪いが、魔力がもう少ない。次の攻撃が最後になる」

「いいぜ。正面から受け止めてやる」


 俺の言葉を信じたのか、ゼフィルスの魔力が高まっていく。

 ゼフィルスの影がゆらりと揺れたかと思うと、彼の背後に広がる影が生き物のように形を変え始めた。【影刃】と呼ばれる魔将の名の由来が、その瞬間に理解できた。

 形を変えた影と高まった魔力は、ゼフィルスの構えた剣へと収束する。漆黒よりさらに黒く染まった剣は、魔力によってキラキラと輝く。その様は、まるで星空のような美しさをしていた。

 ゼフィルスは剣を振るった。


「――蒼影斬!」


 ゼフィルスの剣が空を裂いた瞬間、闇が押し寄せる波のように俺へと迫ってきた。光を一切通さない蒼黒の刃が、空間そのものを切り裂くように唸りを上げる。その圧倒的な魔力の奔流は、普通の者ならば一瞬で跡形もなく消し飛ばされるだろう。


 だが、俺は――


「その程度か?」


 彼の刃は俺に届くことなく、その凄まじい威力が俺の前で無力に消え失せる。全てが無意味だったかのように、闇が霧散し、魔力が俺を包むことはなかった。

 俺は何もしていない。ただ、そこに圧倒的なまでのレベル差があっただけ。

 ゼフィルスは荒い呼吸をしながら剣を支えに片膝を突き、こちらを見ていた。その視線には、驚きという感情しか含まれていなかった。


「……化け物、め」


 俺にとっては賞賛の言葉だ。


「美しい技だった」


 俺は本心からそういった。誰にでも真似できる技ではなく、そこには確かな努力が実在していた。


「我は、貴様のお眼鏡に適ったか? 楽しめてもらえなかったのなら、この首を差し出そう。その代わり、魔王様を殺さないほしい」


 そう言ってゼフィルスはヘルムを取り、素顔を晒した。

 魔族特有の青白い肌。鋭い蒼色の目はまるで深い海のようで、感情を一切隠している。彼の黒に近い深い青色の髪は肩まで流れ、時折、影が揺れるのが見える。その無表情な口元は冷たさを感じさせる。


「お願いできる立場と思っているのか?」


 ゼフィルスの目が一瞬、見開かれる。そして諦めたように首を横に振った。

 口元にはわずかな笑みを浮かべて。


「いいや。そもそも勝負にすらなっていない。だから、少しでも楽しめたと思ったのなら、この首と引き換えに、この願いを聞いてほしかっただけだ。貴様と敵対すれば、魔王様は殺され、魔族は滅びるだろう。そうしないためだ」

「最初は冷酷なヤツだと思っていたが、同族のことを想ってのことだったのか」


 ゼフィルスは答えない。それが俺にとって答えとなっていた。

 そもそもゼフィルスは、俺の実力に気付いて殺気すら向けてこなかった。だから、殺す理由がない。俺は世話になった人たちを、魔物の軍勢の襲撃から守っただけ。

 魔物は消えた。あとは、俺が楽しんだだけ。


「ゼフィルス。魔王に伝言だ。あとで遊びに行くってな」

「では?」

「元々殺すつもりはない。お前は俺に勝てないと理解して、殺気すら向けてこなかった。それに、結構楽しめたからな。不満か?」

「いいや。感謝する。伝言、確かに承りました。改めて、名前を聞いても?」

「テオだ。こっちはエイシアス。良い酒を用意しておけよ? エイシアスに殺されたくなかったらな」

「わかった。では」


 ゼフィルスは影に溶け込むようにして消えるのだった。


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