14話:楽しませてくれよ?
ヘルム越しにも、その動揺が手に取るようにわかる。こいつは魔王軍の中でも上位の実力者であり、自信を持っているのだろうが――俺の前では、そんなものは無意味。
「俺に取引を持ちかけるとは、面白いことを言う。だが、あいにく俺は誰かに従うつもりはない」
ゼフィルスはその言葉に不快感を隠せないようだが、それでもまだ態度を崩さない。さすがに経験豊富な魔将といったところだろう。
だが、俺にはそいつの強さなど、ただの暇つぶし程度の価値しかない。
「……その力、なぜ魔王軍に協力しない? お前がいれば、世界は我らのものだ。愚かな人間どもを根絶し、完全なる支配が可能だ」
ゼフィルスの狙いが見え透いている。支配? そんな退屈なこと、俺には興味がない。俺が求めているのは、ただこのつまらない時間を楽しませてくれるものだ。
「お前たち魔族が考える『支配』なんて、俺にはどうでもいい。世界をどう扱おうが、俺は心底興味がない。力があれば支配する? それはその通りだが、そんな面倒は御免だ。俺が興味を持つのは、ただ一つ――それは、俺自身が楽しめるかどうかだけだ。だから、お前の言葉は耳に入らない。俺は俺の楽しみのために生きている。だから、遊び道具として、世界を使わせてもらうよ。お前たちはそのおまけだ」
「……傲慢だな」
「力ある者が『支配』するというお前たち魔族の考えも傲慢だとおもうがな。だが、俺は傲慢で構わない。俺にとっては、すべてが遊びだからな。お前の言葉すらも退屈だ」
俺は「だから」と言葉を続ける。
「俺を退屈させた詫びだ。今からお前にチャンスをやる」
「チャンスだと?」
「そうさ。俺を楽しませたら、見逃してやる」
「テオさ――」
「黙ってろよ、聖女。前たちは敗者だ。敗者が口を出す権利があると思っているのか?」
「戦って死んでいった人たちに、それを言えるのですか⁉ 何たる非礼ですか!」
リリィがなんか口を挟んできた。
ゼフィルスと話していたのに、興が削がれた気分だ。
俺は殺気を飛ばしながら告げた。
「死人に口なしだ。弱いから死んだ。勇者も弱いから死んだ。弱者が語る権利がどこにある? そこのどこが非礼だ?」
「み、みんな守るために戦ったのですよ!」
「死んだんだから守れてないだろう。現に、俺がいなければ滅んでいた。違うか?」
「くっ……」
正論だろ? 間違ったことは言っていない。この戦いを楽しんだ、第三者としての発言だ。
「もう黙ってろ。次は殺すぞ」
そう言うと誰もが黙ってしまった。
俺はゼフィルスに向き直る。
「悪いな」
「……いや」
ゼフィルスも逃げたいのだろうが、そうはさせない。エイシアスが逃がさないように結界を展開しているのだから。
「さて、続きだ。お前には選択肢が一つある」
「選択肢、だと?」
「理解しているだろう? お前と俺の間にある、絶対的な力の差を」
「……理解している。魔将すべてで挑んだとしても、勝てないということを」
「だからチャンスだ。俺を楽しませることができれば、命を許してやる。この国を滅ぼしても構わない。面白い提案だろう?」
「……ハッ、脅迫の間違いじゃないか?」
「どう捉えてくれても結構。まあ、魔王と話すのも面白うだから、案内役として見逃してもいいが」
魔王と話す、と聞いてゼフィルスが反応する。
「魔王様と話す、だと?」
「そう警戒するな。ただ話してみたいだけだ。何もしなければ殺さないさ」
「全ては自分が楽しむためか?」
「正確には、俺とエイシアスの二人だな」
ゼフィルスの視線がエイシアスに向けられる。そしてエイシアスの実力を感じ取ったのか、小さく「化け物どもめ」と悪態を吐いた。
「主よ、化け物だって」
「絶対お前に向けて言っただろ」
「そうかな? そうだ。私も魔王と話すのは面白そうだと思うよ」
「やっぱり? 帝国の次は魔王領でも行ってみるか」
「うむ」
楽しみが増えていいね。
おっと、エイシアスと話していて忘れるところだった。
「さて、答えは決まったか?」
「一つ、確認させてくれ」
俺は無言で続きを促す。
「魔王様を殺さないでくれ。あの方は我ら魔族の希望なのだ」
「ふーん。まあ、喧嘩を売ってこない限りは殺さないと約束しよう」
事実、喧嘩を売ってこなければ殺しはしない。
半殺しにするかもしれないけど。あと、気分で殺すかもしれないけど。
「わかった」
ゼフィルスが剣を構えた。
それが、彼の答えなのだろう。剣技を以って俺を楽しませる、と。
「悪いが、我はこれ一筋なのだ。他に思い浮かばない」
「ハハッ! いいね、そういうのは嫌いじゃない。さあ、俺を楽しませてくれ」




