12話:絶望
大地が震え、空が裂けんばかりの轟音が響く。
魔物たちは、その光に恐怖し、後退する。勇者の決意と覚悟、そしてその想いを力に変えた聖剣は、今や圧倒的な力で世界を照らしていた。
剣の刃に凝縮された光が、全ての闇を打ち払う瞬間が訪れる。
「俺は生粋のクズさ。でもな、こんな俺に優しくしてくれた人を、見殺しになんてできるわけがないんだよ! 受け取れ、これが俺の 勇者としての覚悟だ!」
一気に剣を振り下ろした。黄金の光は奔流となり、魔物の大軍を飲み込み、影を消し去っていった。
光が収まると、大半の魔物が消滅していたが、ゼフィルスは目立った傷もなく健在していた。
騎士団長たちが戦っていたバルゴスは、かなりの手傷を負っていたが倒せるまでには至っていない。
「これが勇者の力。これでまだ全盛期でないのか。恐ろしいな。やはり、殺す必要がある」
闇を纏うゼフィルスは兜越しに冷たい笑みを浮かべ、剣を振り上げた。動きは俊敏で、まるで影そのものが生きているかのようだ。剣崎の意志を試すように、彼は一瞬で距離を詰めてきた。
ゼフィルスは一瞬で剣崎の前に現れ、剣を振り下ろす。剣崎は聖剣をかざし、全力で受け止めようとしたが、ゼフィルスの剣はその想像を超える速さで、そして力で彼を貫いた。
「うっ……!」
一瞬、剣の衝撃が剣崎を貫き、身体が硬直する。だが、彼はその場で踏ん張り、意志を振り絞って立ち続けようとした。しかし、モルゴスの一撃は想像以上に重く、勇者の身体がついに耐えきれなくなり、膝を突いて血を吐く。
「ごはっ、くっ、まだ……負けるわけには……!」
ゆっくりと立ち上がる剣崎に、聖剣が彼の意思に応えるかのように輝きを増す。
まともに増えるのは一撃のみ。
剣崎はこの一撃に、己のすべてを賭ける。
ゼフィルスも漆黒の剣に、より濃密な闇を纏い――両者が駆けた。
一瞬の錯綜。
剣閃が走った瞬間、時が止まったかのように静寂が広がる。剣崎の瞳は、わずかな光を捉えたまま、何も知らぬように見開かれていた。
しかし、その刹那、彼の首はゆっくりと胴から離れ、重力に逆らうように宙を舞う。飛び散った血は、まるで赤い花弁のように舞い、時間の流れがゆっくりと戻り始める。
勇者の身体は膝を折り、無力に地面に崩れ落ちた。頭部は遠くへ転がり、そこには彼の強い意志が残された表情が浮かんでいる。
誰も声を上げることができない。
風が、彼の最後の言葉を運ぶかのようにそっと吹き抜け、静寂の中で、ただ血の匂いだけが支配していた。
――勇者の死
それが広まるのに時間はかからなかった。
魔将である【影刃】ゼフィルスとバルゴスという獅子の魔物。加えて魔物の大群。
絶望が戦場を支配していた。
「勇者様が、死んだ……?」
「はい。魔将との戦闘で、命を落とされました」
報告を聞いた聖女は力なく地面に崩れ落ちた。
あの光を見た瞬間、ようやく覚醒したのだと思った。それは間違いないのだろう。
性格はよろしくなかったが、この局面で覚醒したのだ。きっとアルノーたちのお陰なのだろう。
しかし、覚醒しても、死んでしまっては意味がないのだ。
すぐに次の勇者召喚はできない。準備や魔力などで百年以上待たなければならない。
なにより、女神ルミナからの神託がなければ召喚できないのだ。
神聖リュミエール王国は、今日を以って滅びを迎える。
そう誰しもが疑ってなかった。
聖女の力だけでは時間稼ぎが精一杯。援軍など来る余裕がない。
「どう、すれば……」
一瞬、テオの顔が思い浮かんだ。
彼はどのような感情でこの状況を見ているのだろうか。
このような危機になっても現れない。本当はもう、この国から出て行ったのではないか。
そう思えて仕方がない。
それでも聖女だ。
諦めるわけにはいかない。
「私も行きます!」
「しかし!」
「今、動かないでどうするのですか!」
聖女はアルノーがいる戦場へと向かった。
「アルノー様!」
「――聖女様⁉ どうしてこのような場に! 早くお逃げください! 勇者様は、もう……」
「わかっています。ですが、私たちが守らないでどうするのですか!」
すると声がかけられた。
「その神聖、貴様が今代の聖女か」
「……はい。魔将ゼフィルス、勇者を倒したのです。軍を引いてください」
「それは無理だ。私は聖女を殺すと決めている」
「では、私の命と引き換えに、撤退してください」
「聖女様⁉」
あまりの発言に、アルノーのみならず、他の騎士たちも反対の声を上げる。
聖女が犠牲になるくらいなら、この場で戦って死ぬと。
しかし、次のゼフィルスの発言で絶望することになる。
「――断る。聖女も殺し、この国を滅ぼす」
「なっ⁉ 勇者の抹殺という目的は果たしたではないですか!」
「聖女の力は今後厄介になる。殺した方がいい。それに、この国を滅ぼせば、聖女は生まれないだろう?」
代々聖女を選定してきたのは神聖リュミエール王国である。
ゼフィルスの言っていることは間違いなかった。
「どう、すれば……」
絶望が胸を押しつぶし、息をすることさえも辛く感じる。だが、その時、不意に頭上から笑い声が聞こえた。まるで、私の悲しみをあざ笑うかのように軽やかで、愉快そうな声だ。
誰もが顔を上げた。そこにいたのは、空に浮かぶ彼――テオと白髪の髪を靡かせる美女であった。