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29話:魔族領統一

 赤丸の背に乗り、俺たちは魔王城への帰路を辿っていた。気付けば陽が落ち、冷たい夜風が肌を撫でる中、満天の星空が頭上に広がっている。赤丸の巨大な翼が風を切る音だけが静寂を破り、周囲には人も魔物も見当たらない。


 後ろを振り返ると、カルマは無言で背筋を伸ばし、目を閉じている。恐怖でも緊張でもなく、彼なりの覚悟と受け入れの表れだと思う。エイシアスは隣でニヤニヤと笑みを浮かべ、リリスは赤丸の鱗を撫でながら上機嫌だ。


 俺は空を見上げながら、ふと口を開いた。


「なあ、カルマ」

「……何だ?」

「お前、本当に魔王軍に降る覚悟はできてるのか?」


 カルマは少しの間沈黙してから答えた。


「覚悟はできている。だが、それが絶対的な忠誠を意味するわけではない。俺はあなたに負けたから従う。ただ、それだけだ」

「まあ、それで十分さ。俺は今後の人間と魔族の戦争を楽しませてもらうさ」


 俺は肩を竦め、再び視線を空へ戻した。カルマの言葉に嘘はない。その冷静さと潔さは、逆に信頼できる部分でもある。


 魔王城に到着すると、アスタリアがすでに玉座で待っていた。周囲には魔将以外にも、数人の側近たちが控えている。彼女の目は俺を捉えた瞬間、楽しげに細められる。


「テオ、随分と楽しんできたようだ」

「まあ、少しは楽しめた。それとゼノスは殺した。代わりにカルマを連れてきた。お前に従うと言ってる」


 俺が軽く顎をしゃくると、カルマは玉座の前に膝をつき、頭を下げた。


「魔王アスタリア。カルマだ。俺はお前に従うのではなく、テオ様が魔王アスタリアに従えと言った。俺はそれに従っているまでだ」


 周囲が何かを言おうとした瞬間、アスタリアは片手を挙げ、そのまま玉座から立ち上がり、ゆっくりとカルマに近づいた。彼女の瞳は深淵のように冷たくも美しい光を宿している。


「そう。テオ、カルマが裏切るようなことは?」

「俺が命令すれば裏切るだろうが、俺は人間と魔族の戦争が見たいんだ。まあ、裏切りで崩壊していく魔族を見るのも面白いだろうが……」


 純粋に、どう決着がつくのかが見たいだけ。

 どのような結果になろうとも、イレギュラーな状況を除いて俺が口を出すようなことではない。


「まあ、本人が決めることだな」


 そう言って俺はカルマを見た。


「ならば、魔王アスタリアに従おう。元々魔王に降る約束だ。俺の配下を含め、自由に使うといい」


 カルマは深く頷き、再び頭を下げた。


「うむ。よろしく頼む。カルマ、顔を上げろ。お前は東を支配していた三公の一人。私と立場は平等だ」

「わかった」


 満足そうに頷いたアスタリアは玉座に戻り、俺に向かって微笑む。


「テオ、あなたがここにいる理由をもう一度聞いても?」

「簡単だ。面白そうだから。お前たちが人間と戦争を始めるんだ。これほど面白いことはないだろう?」


 俺の答えに、アスタリアは喉を鳴らして笑った。


「やっぱりね。あなたらしいわね」

「もう一度言うが、俺は戦争には参加しない。お前たちがどうするかを眺めて楽しむだけだ」

「主の言う通り、私と主は楽しむだけ。戦争に参加したら、両方ともすぐに滅んでしまう」


 エイシアスの言葉に、周囲がムッとするも、声を上げる者はいない。何か言ったら殺されるかもという、恐怖心ゆえだ。それは俺にも当て嵌まるようで、周囲から何も言われないのが良い証拠だ。

 アスタリアは少し考え込んだ後、口を開いた。


「いいわ。それで十分。あなたの力はそれだけで存在感を示す。さて、私たちも準備を進めるとしましょう」


 数週間後、アスタリアは魔族領の統一を完了させた。

 その間、魔族領の北を支配していた【氷槍】のグリゼルダも、話し合いの末に魔王アスタリアに従うことになった。

 ゼノスが居なくなった東の一帯は、暴動などを防ぐ目的と、魔王領になったということを周知させるために魔王軍の魔将が送られた。


 アスタリアの布告はすぐに全領土に広がり、魔族たちは歓喜の声を上げた。そして、ついにその日が訪れる。


 晴れ渡る空。魔王城の外には埋め尽くさんばかりの魔族で溢れかえっていた。

 それはアスタリアの声を聞くために、魔族の未来を背負った王を見るために集まった、民衆や兵士、傭兵といった者たちだ。


 群衆たちの声が聞こえる中、アスタリアは深呼吸をし、全体を見下ろすことが出来る魔王城のバルコニーへと一歩を踏み出す。


 アスタリアは悠然と立ち、彼女を見上げる無数の魔族の群衆を見下ろした。全員が彼女に視線を向け、その声に耳を傾ける準備をしている。彼女の隣には、魔将、カルマ、グリゼルダが控え、後方の見えない位置で俺とエイシアスが優雅なティータイムを楽しんでいた。

 魔王軍の幹部たちも後方で緊張した面持ちを見せている。


 アスタリアが一歩前に出ると、その姿勢には誰もが自然と息を飲む威厳があった。


「皆の者――!」


 その第一声が響くと、場が凍りついたように静まり返った。彼女の声は魔力を帯びており、全員に聞こえるようにしているようだった。


 さて、アスタリア。お前はどんな面白い演説をしてくれる?


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