28話:降伏
城の巨大な扉が重々しく開くと、薄暗い大広間の奥に、一人の男が膝をついて待っていた。その姿を見た瞬間、俺は目を細める。影のようにひっそりと存在を消し、ここまで潜んでいたのは間違いなく【影縫い】カルマだった。
「……カルマか。俺が来るのを待っていたのか?」
俺の問いに、カルマは顔を上げず、膝をついたまま深く頭を下げた。その動きには普段の冷徹さもなく、明らかな後悔と恐れが滲んでいた。
「……テオ。いや、テオ様。俺が間違いだった。最初からあなたに服従していればよかったのだ」
「で? 何がいいたいんだ? 鬼ごっこはまだ続いている」
「俺の負けだ。どうかお許しを」
俺は歩みを止めず、彼の目の前まで進む。彼はさらに深く頭を下げ、その額を床に擦りつけるようにして言葉を紡いだ。
「俺が愚かだった……ゼノスとの戦いを見た時、俺はその力に圧倒され、あなたの力の本質を知った」
カルマの声にはかすかな震えがあり、その恐怖は偽りではない。彼の額が地面に押し付けられ、その身を小さく縮めるようにして許しを請う姿は、冷徹な彼とはまるで別人のようだった。
「俺の力を見て、どう思った?」
俺は冷たい声で問いかけた。カルマは少し顔を上げ、だが目を合わせることすらできず、怯えたように視線を逸らす。
「……人を超えた存在。あらゆる者を、圧倒的な力で捻じ伏せる絶対者。ゼノスですら全力を尽くし、なおあなたの前では無力だった。その事実が、私に圧倒的な恐怖を刻みつけたのだ」
カルマは言葉を続ける。
「兵士たちが絶対者であるあなたの命令に、狂気とも呼べる殺し合いを始めた」
「どう思った?」
「……恐ろしかった。人はここまで狂えるのかと……」
「まあ、満足したしもう殺し合いは止めさせた」
「そうか……」
カルマの言葉に、俺は薄く笑みを浮かべる。
「それでお前は何を望む? その恐怖から逃げるために、降るというのか?」
カルマは力強く頭を振った。その仕草には、確固たる決意があった。
「いいや……恐怖ではない。いや、確かに恐ろしいが、私はあなたの力、その絶対的な存在感に惹かれた。貴方に従うことが、私の存在価値を示す唯一の道だと悟った」
その言葉に、俺はしばらく無言で彼を見下ろしていた。
「いらん」
正直、情報収集という点においては、有能かもしれない。
でも、ぶっちゃけ必要ない。
「なぜだ?」
「……お前は人間のことをどう思う? 正直に話せ」
「どうとも思わない」
本心なのだろう。俺はエイシアスにかけてもらった変装の魔法を解く。
すると、人間の姿の俺が露になる。カルマの視線が驚きへと変わる。
「人間、だったのか……稀に強い者が現れるが、テオ様ほど圧倒的ではない」
「だろうな。まあ、人間を見てそんな感想しか出てこないってことは、本当なのか」
「まあ、負けを認めたんだ。アスタリアの傘下に降ることだな」
「俺は魔王のことは認めていない」
「命令だ。アスタリアに力を貸してやれ」
しばらく無言だったカルマは、頷き口を開いた。
「わかった。当初の約束通り、魔王に協力しよう。それで、人間と戦争をするのだな?」
「それがアスタリアの願いだ。俺は参加しない。傍観者になるとしよう」
「それじゃあ、みんなのところに行くとしよう」
俺は城の外へと歩き出す。俺が城から出ると、兵士たちは俺を見て驚いた声を上げる。
「人間?」
「どうしてこんなところに……まさか、あの人間がさっきの……」
色々な声が飛び交う。
俺は軽く威圧しながら兵士たちに告げる。
「カルマは降伏した。お前らも、今ここで殺されたくなきゃ魔王アスタリアの傘下に降れよ?」
すると黙り込む面々。
「言っとくが、俺は人間との戦争には参加しないとだけ言っておく」
それだけ告げると、俺は歩いてエイシアスたちの下へと戻った。
戻ると、ティータイムを楽しんでいたエイシアスが楽しそうに笑っていた。
「主よ、殺し合わせるなんて傑作じゃないか」
「だろ? まあ、すぐに飽きたけど」
「あのゼノスとかいうやつも、中々な志をしていた」
「エゴが足りねぇよ」
エイシアスと話していると、ゼフィルスがカップを置いて口を開いた。
「テオ。色々言いたいことはあるが、まずは感謝する」
「別にいいよ。楽しかったし。カルマも殺そうと思ったけど、清く負けを認めて傘下に降るって言うから連れてきた」
「そ、そうか……カルマ、よろしく頼む」
「ああ」
そんなカルマは美味しそうにクッキーを食べているリリスに視線が向けられる。
リリスも視線に気づき、手に持っていたクッキーとカルマを交互に見てから口を開いた。
「クッキー、あげない、です。全部、リリスの、です」
「……いらん」
何か言いたそうにしていたが、カルマは口を開く。
「俺が協力するのはテオ様に負けたからだ。貴様らに負けたわけではない」
「わかっている」
「んなことより早く帰ろうぜ」
俺は赤丸を呼び、大きくなってもらう。
カルマは赤丸を見て「このドラゴン一匹だけで魔王軍は滅びるな」と苦笑いを浮かべていた。
そんなこんなで俺たちは魔王城へと帰るのだった。




