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27話:エゴイスト2

 ゼノスは燃え盛る炎をさらに激しく燃え上がらせた。その全身から放たれる熱と闘志は、戦場そのものを焼き尽くそうとするかのようだった。


「享楽主義やエゴイストなど下らん! ただこの力が、俺の全てだ!」


 ゼノスは一瞬で俺との距離を詰め、大剣を振りかざして突進してくる。その速度と力は、まさに圧倒的だった――だが、俺は微動だにしない。


「愚かだな」


 俺は静かに手を伸ばし、空間そのものを操作する。瞬間、ゼノスの炎が捻じれ、大剣の動きが空間の圧力に押し潰されて止まった。ゼノスの全力の一撃が、まるで何かに捕らえられたかのように宙で停止する。


「なにっ……⁉」


 ゼノスの瞳が驚愕に見開かれる。


「ゼノス、お前は確かに強い。そしてその力への執着は、悪くない。俺もそうだったからな。だが、それだけだ。執着では俺には届かない」


 俺は指先を軽く動かす。その動きに合わせて空間が揺れ、ゼノスの身体が圧倒的な重力に押し潰されるかのように地面に叩きつけられた。


「ぐぅっ!」


 ゼノスは全身の炎をさらに燃え上がらせ、必死に抵抗しようとする。だが、俺の重力支配は圧倒的だった。ゼノスの執念とも呼べる炎は、重力の圧力に抗うことができず、次第にその輝きを失っていく。


「力ある者が頂点に立つと言ったな。それは正しいことだ。だが、力そのものを制する者は誰か――お前にはわかるか?」


 重力を解くと、ゼノスは地面に膝をつきながらも、なお俺を睨みつけてきた。その瞳には怒りとともに、どこか理解し難い執着が宿っている。


「力ある者が頂点に立つ、それがこの世の真理だと言ったな」


 ゼノスの言葉に、俺は静かに言葉を紡ぐ。


「それは正しい。だが、それは浅い考えだ。力を持つ者が頂点に立つのは必然だが、ではその力を制する者は誰か――お前にはそれがわかるか?」


 ゼノスの炎が揺れる。その言葉に一瞬の戸惑いが見えたが、彼はすぐに冷笑を浮かべる。


「力を制する者? そんなものは必要ない。力そのものが真理であり、支配者だ。それ以上の答えがどこにある?」


 俺は肩を竦め、軽く笑った。


「愚かだな、ゼノス。実に愚かだ。力そのものを制する者――それはエゴだ」

「エゴだと?」


 ゼノスは眉を顰め、俺の言葉に苛立ちを隠せない様子だった。


「そうだ。言ったはずだ。俺は享楽主義者でありエゴイストだと。――己の存在を貫き、何者にも縛られず、ただ己の意志と欲望に忠実である者こそが、真に力を制する者だ。お前は力を欲しているが、結局はその力に飲み込まれている。お前の炎は、お前自身のエゴではなく、ただの衝動に過ぎない」


 ゼノスの炎がさらに燃え上がる。怒りを露わにした彼は立ち上がり、大剣を振り上げて吼えた。


「貴様の戯言に意味はない! エゴだろうと何だろうと、この炎が全てを焼き尽くせば終わりだ!」


 彼の炎は暴力的に膨れ上がり、周囲をさらに焼き尽くしていく。その熱気に押されながらも、俺は動じることなく彼を見据えた。


「エゴなき者に未来はない」


 俺は手を掲げ、空間そのものを捻じ曲げる。彼の炎が渦を巻きながら収縮し、圧力に押し潰されていく。ゼノスの猛攻は、次第にその勢いを失い始めた。


「力そのものを盲信し、己を見失ったお前に勝利はない。」


 ゼノスは激しく抵抗しながらも、重力の圧力に逆らえず地面に叩きつけられる。その瞳には、悔しさと微かな恐怖が混じっていた。


「ぐっ……! だが、エゴだけでは何も変わらん!」


 俺は冷静な目で彼を見下ろし、ゆっくりと手を下ろす。その動きに合わせて、空間が完全にゼノスを包み込むように圧縮される。


「エゴだけでいい。それが真の力だ。己の意志を通す力こそ、すべてを制する」


 ゼノスの身体が押し潰されるように消えていき、最後に残ったのは鎧の残骸と、地面に散った鮮血のみだった。

 静寂が訪れる中、俺はその場に立ち尽くしながら、呟いた。


「力に飲まれる者と、力を使いこなす者――その違いを理解する者だけが頂点に立てる。エゴイストになっていたのなら、また違った未来があっただろうな」


 俺は周囲を見渡し、戦場を包む静寂を感じ取る。生き残った兵士たちは、恐怖と驚愕の表情を浮かべながら、この光景を見つめている。


 戦場の静寂は、まるで時間そのものが停止したかのようだった。空気には未だ焦げ臭さが漂い、焼け焦げた地面から立ち上る煙が、戦いの激しさを物語っている。俺の周囲に集う兵士たちは、誰もが息を呑み、身動き一つ取れずに立ち尽くしていた。


「……ゼノス。最後に見せたお前の執念は悪くなかった」


 俺は静かに呟きながら、ゼノスの残骸に視線を落とす。その鎧の破片が赤く焼け焦げているのは、彼がどれほど力を込めて戦ったかの証だった。だが、それすらも虚しく、俺の力の前には無力であった。


「強さと支配を求めるだけの執念。それも一つのエゴではあるが――浅いな」


 俺は城へと歩き出す。重力の余波で砕けた瓦礫が音を立てながら崩れる中、俺の足音だけが響く。生き残った兵士たちは俺の後ろ姿を恐る恐る見つめ、誰一人として声を上げる者はいない。


「ああ、お前たち。もう殺し合わなくていい。立ち向かってくる勇敢な者がいるのなら、覚悟することだ」


 俺の声に応える者は誰もいなかったが、兵士たちは安堵しているようだった。

 まあ、千人になるまでとか言ったけど、実際はゼノスとの戦闘の余波でもっと少なくなっていそうだからね。


 俺の歩みを止める者は誰もいない。静かな戦場に、俺の進む足音のみが響く。

 束の間の平穏に安堵しているようだが、人というのは争いがなければ生きていけない。それが人という生き物の性だ。力を巡り、秩序を作り、そしてまたそれを破壊する。


「結局、エゴを持つ者だけが自分を超えられる」


 城へと辿り着いた俺は最後に一度だけ振り返り、戦場を見渡す。恐怖と絶望に支配された表情で俺を見上げる者たちに目を向けた後、俺は薄く笑みを浮かべた。


 いずれ、人間と魔族の戦争が始まる。


「その日が来るまで、存分に抗え。そして――楽しませてくれ」


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