26話:エゴイスト1
戦場の混乱が頂点に達しようとした瞬間だった。空気が一変した。まるで燃え上がる焔が全てを飲み込むかのような熱気が周囲を包む。視界の端で、まばゆい炎の柱が立ち上るのが見えた。
「……ほう?」
俺は足を止め、興味深そうに炎の中心を見つめた。その焔の中から、重厚な金属音が響く。炎が形を成し、一人の男――【業火】ゼノスの姿を浮かび上がらせる。
全身を燃え上がる赤黒い鎧で覆い、その眼光はまるで焼け付くように鋭く、すべてを焼き尽くす意思を宿している。手に握る大剣は、溶岩のように赤熱し、見る者の魂さえも灼きそうな凄烈な力を秘めているような錯覚に陥る。
ゼノスは俺に向けて不敵な笑みを浮かべた。周囲にいた兵士たちは、その場に倒れ伏すか、命の危険を察して必死に逃げ出した。
「……テオと言ったな。随分と愉快なことを考える」
「強者だけに許される特権だ。そう思わないか?」
「同感だ。強者であれば、何をしても許される。力ある者こそが絶対なのだ」
ゼノスの瞳はギラついている。
「お前では俺に勝てない。それでもなお、挑むのか?」
「無論だ。正直、お前は化け物だ。世界中の強者がまとめてかかっても、一瞬で殺されるだろう」
ゼノスは大剣を肩に担ぎ「しかし」と言葉を続ける。
「だが、だからこそ挑む価値がある。お前を倒し、この力を俺が世界に証明すれば、この世界は完全に俺のものとなる。俺こそが世界の支配者に相応しい!」
その言葉に、俺は冷笑を浮かべた。
「支配者? くだらないな。そんな座には興味もない。ここは俺の箱庭だと言ったはずだ。それ以上でも、それ以下でもない」
俺の言葉に、ゼノスの表情がわずかに歪む。だが、すぐに笑みを取り戻し、大剣を構えた。
「ならば、その無関心さが命取りになるぞ。力ある者が頂点に立つ。それがこの世の真理だ!」
どこの世界でも、世界の頂点に立つ者には圧倒的な権力と財力がある。
しかし、それらをもってしても敵わないものが存在する。
それは――圧倒的な暴力である。
権力も財力も、圧倒的力の前では平等に弱者なのである。
だから俺は、ゼノスの言葉に思わず笑みを浮かべてしまった。
ゼノスは一気に距離を詰める。足元の地面が炎で焼き裂かれ、彼の大剣が火柱を引きながら振り下ろされる。剣が振られる瞬間、空間が焼け焦げる音が聞こえた。
俺は微動だにせず、軽く片手を上げる。その瞬間、空間が歪み、ゼノスの大剣が俺に届く前に止まった。重力場が剣を捕え、動きを封じている。
「……この程度か?」
俺は指を軽く動かすと、ゼノスの大剣は爆発的な衝撃と共に弾き飛ばされた。ゼノスは驚きもせず、身を翻して再び距離を取った。
「なるほど、確かにお前は化け物のようだ。だが、それがどうした!」
ゼノスは両手を広げ、全身の炎をさらに激しく燃え上がらせる。その炎はただの熱や破壊の力ではない――まるで彼自身の意志と欲望が形を成しているかのようだ。
まったく、厄介な男だ。だが、嫌いじゃない。
「炎はすべてを焼き尽くす! お前の誇る重力も例外ではない!」
ゼノスが叫ぶと共に、空間全体が炎の嵐に包まれる。地面も空も炎に覆われ、戦場全体が業火の檻と化した。
俺はそんな中でも、悠然と立ったまま微笑む。
「焼き尽くすだと? 俺の前では誰もが、何もかもが無力となる」
俺が足を一歩踏み出すと、地面が大きく揺れ、空間が捻じ曲がる。その瞬間、ゼノスの炎が周囲に引き寄せられ、渦を巻きながら俺の周囲で暴れる。
「ぐっ……!」
ゼノスがわずかに目を見開く。
「ゼノス、お前の力がどれほどのものか楽しみにしていたが、少しは期待に応えてくれそうだな」
俺はさらに力を解放し、空間が圧縮される音が響く。地面が砕け、岩が浮かび上がり、空すらも歪み始める。
「さあ、お前の力をもっと魅せてくれ!」
二人の力が激突する中、戦場はもはや破壊と混沌の塊と化していった。戦場は、俺とゼノスの戦闘の余波で、生き残っていた兵士たちが焼かれたり、重力に押し潰されたりと被害が広がっていく。
瓦礫と灰の舞う戦場の中心で、俺とゼノスは互いに力をぶつけ合い、火花を散らしていた。だが、ゼノスはなおも笑みを絶やさない。
「さすがだ、テオ! これほどの力を持ちながら、なぜ俺のように世界を支配したいと思わない? 力を得るための戦い以上に、力を用いて世界を掌握することこそ至高の悦びだ!」
ゼノスは再び炎を放ちながら突進してくる。その猛攻は激しさを増し、空間が炎の波動で揺れる。しかし、俺は冷然とそれを見つめながら、手のひらをかざすだけでゼノスの炎を捻じ曲げて無力化していく。
「くだらない。俺が力を使うのは、ただ己の楽しみのためだ。誰かの上に立つだとか、世界をどうするだとか、そんな小さな枠に囚われるつもりはない」
俺が語るたび、重力場がさらに強化され、ゼノスの動きが鈍っていく。その異常な重力に耐え切れず、彼の鎧の表面が軋む音が聞こえる。それでもゼノスは、その瞳に闘志の炎を宿し続けていた。
「力を持つ者がただの傍観者で終わるだと? それが本当に強者の選択だと信じているのか!」
「強者は誰にも縛られない。我を通し、好きなように生きる。それだけだ。それに俺は傍観者ではない。俺は――享楽主義者であり、エゴイストだ」