25話:狂気に包まれた戦場
(カルマside)
ゼフィルスたちと別れて、ゼノスと城へと戻って来ていた。
ゼノスがすぐに軍勢を動かした。
「一人でこの軍勢を相手に勝てるわけがない」
ゼノスの呟きに私も同意する。
この数ならば、魔将であっても魔力が尽きる可能性がある。決して、あのテオという男のような態度は取れない。
大丈夫だろう。すぐにこの軍勢によって無惨に殺される。
そんな中、テオという男が、迫る軍勢に向けてゆっくりと歩み始めた。
魔法部隊が詠唱を開始するがテオは警戒する素振りすら見せない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにすら思える。
魔法部隊の詠唱が完了し、ありとあらゆる魔法がテオへと殺到する。
しかし、テオが手を振るった瞬間、放たれた魔法の数々は、軌道が逸れてあらぬ方向へと着弾した。
「は?」
思わずそのような声が出てしまった。ゼノスも驚いた顔をしている。
兵士たちからの驚いた声が、こちらまで聞こえてくる。
テオが一歩を踏み出すと周囲の空間が歪み、兵士たちの身体が持ち上がり地面に叩きつけられる。
死ぬものも、重症になりながらも耐えきった者と様々だ。俺が死角から殺せと命令していた暗部も巻き込まれて殺さていた。
次にヤツは指を鳴らした。
瞬間、数十人単位で人が押し潰されて血の染みを広げた。ヤツが進む道が真っ赤な血で染まり上がっていく。
中央の突撃部隊が攻撃準備していたのが映った。
「……無謀だな」
ゼノスが呟いた。
彼もまた、あの怪物に数など意味がないのを理解したのだろう。
突撃隊があの怪物に近づいた瞬間、攻撃は何かの壁に阻まれたように停止した。
無茶苦茶すぎる。あのような怪物がいるのなら、いっそのこと支配してくれれば良かったとすら思える。
戦場――いや、もはや戦場と呼ぶにはおこがましい。この光景はただの虐殺劇に過ぎない。
後方では生存していた魔法使いが、大規模魔法の準備をしており、今まさに放たれようとしていた。
あの威力の魔法なら、あの怪物も怪我を負うだろう。
大規模魔法が発動し、怪物へと雷撃の雨が降り注ぐ。しかし彼が一歩踏み出すと、降り注ぎ焼き貫くだろうと思えた雷撃の雨は、弾かれて自分たちへと降り注いだ。
静寂に包まれた戦場で、ヤツは笑みを浮かべていた。
戦場に恐怖が蔓延し、誰もがヤツを恐れている。
「今から千名だけ生かしてやる。だから千人になるまで――互いに殺し合え」
静かな戦場にヤツの声が響き渡った。
兵士たちの動きが止まり、表情が凍り付いている。次の瞬間、兵士たちの悲鳴と叫びが混じり合った。
「ふざけるな! そんなこと……!」
「クッ、すまん、生き残るためだ!」
「やめろ! 俺たちは味方だろう!」
俺は目の前で繰り広げられる光景に息を飲んでいた。
絶望に支配された兵士たちが、互いを殺し合う姿。血の臭い、断末魔の叫び、命が次々と消えていく音。
それは、もはや戦争ではなかった。混乱と恐怖が生み出した地獄そのものだ。
テオはその中心で、悠然と立っていた。彼の視線は冷たく、そして楽しげだ。
兵士たちの必死の抵抗も、恐怖に染まる表情も、彼にとってはただの「娯楽」にすぎないのだろう。
「狂っている……」
思わず漏れた俺の言葉に、隣のゼノスが反応した。
「どうした、怖気づいたか?」
彼は楽しげな声で言う。その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「この状況で、怖気づかないほうがどうかしている」
俺は睨むようにゼノスを見るが、彼は動じる様子もなく笑みを深めるだけだった。
コイツもコイツで狂っている。
あのような怪物を相手にしたくない。
俺は後悔していた。あの時、俺はヤツに見逃されたのだ。
「カルマ、これが理解できないのか?」
「何がだ?」
「これこそが、俺たちが夢見るべき力の象徴だ。あの男は恐怖を操り、全てを支配している。この光景、最高に面白いとは思わないか?」
ゼノスの瞳が輝いているのが分かった。彼は本気でこれを楽しんでいる。
その異常性に、私は背筋が凍る思いだった。
コイツと手を組んだのは間違いだ。
「ゼノス、お前、本気でこれがいいと思っているのか?」
「いいかどうかじゃない。これが現実だ。力が全てを決める――それ以上でも以下でもない」
ゼノスの言葉は揺るぎなかった。その自信に満ちた態度が、さらに俺の不安を煽る。
一方で、テオは兵士たちの狂気に染まった殺し合いを眺めていた。
その表情は、まるで愉快な劇を観ているかのようだ。
「なぁ、カルマ」
ゼノスが再び口を開いた。
「俺たちも、あの男のように恐怖を利用する術を学ぶべきだと思わないか?」
「冗談だろう……」
思わず呟いてしまった。
ゼノスの視線は鋭く、そして何より――危険だった。コイツが何を考えているのか分からない。ただ、彼の目が輝くたびに、俺の中にある恐怖は増していく。
テオの力。その圧倒的な暴力。それがゼノスの中に何かを芽生えさせているのだろうか。
その芽生えが、何をもたらすのか。俺は想像するのも恐ろしかった。
「ゼノス、お前は――」
言葉を続けようとした瞬間、再び戦場に悲鳴が響き渡った。
テオが、ただ一歩を踏み出しただけで、周囲の兵士が押し潰されていく。その光景は、もはや笑えるものではなかった。
「……どうやら、俺たちが思っていた以上に、奴は化け物のようだな」
ゼノスの声は愉快そうだったが、俺はその声の裏に潜む危うさに気付いていた。
「お前、本気であの男と手を組む気か?」
「さぁな。でも、もしそうなれば、もっと面白いことが起きるかもしれないだろ?」
その言葉に、私は確信した。
ゼノスはこの状況を利用するつもりだ。彼は、テオの力を恐れるどころか、その力を解明しようとしているのかもしれない。
――それが何を意味するのか。
俺は、ただ戦場を見つめながら、心の中で警鐘を鳴らし続けていた。
もう、ゼノスを見限るしかないだろう。




