23話:地獄を見せよう
俺の言葉に、ゼノスの表情が微妙に歪む。恐怖ではない。むしろ、その瞳には興味深そうな光が宿っていた。
「この一万の軍勢を相手に戦うだと? 面白いことを言う。だが、ただの虚勢なら命を落とすだけだ」
ゼノスの言葉に、俺は肩を竦めた。
この俺が、この程度の有象無象を相手に負けると?
「虚勢かどうか、その目で確かめてみればいい」
「む? 主だけ楽しむのはズルいぞ。私も楽しませてほしい」
するとエイシアスが会話に割って入ってきた。
その表情は少し不服そうだ。それはそうかと思う。俺だってつまらなかったんだ。
エイシアスだって退屈するだろう。
「待て、テオ! 一人でこの数を相手にするつもりか⁉」
「……無理、です」
ゼフィルスとリリスが反対する。
二人の魔力量や力量から見て、この数を相手するのは不可能だろう。途中で魔力が尽きるか、スタミナが切れるだけだ。
しかし、俺やエイシアスからしてみれば数など関係ない。
「お前たちは下がっていていいぞ。次はエイシアスに譲るから、それでどうだ?」
「む……わかった」
残念そうにするも、次は譲るので勘弁してほしい。エイシアスは下がると指を鳴らし、テーブルと椅子を用意して座った。
空気は淀んでいたが、テーブルが現れた場所の直径十メートルほどの空間が清浄化された。
俺以外の全員が唖然とする中、エイシアスは優雅にティータイムを始めたので、カルマとゼノスの二人に向き直る。
「相方はティータイムをはじめから、相手は俺一人だな。そうそう。ゼフィルスとリリスは手を出させないから安心していいぞ」
俺が挑発をすると、二人は目に見えて憤怒していた。
「一人で挑もうなどと、舐めているのか?」
「許しを乞うなら許してやろう」
ゼノスとカルマの言葉に、俺は鼻を鳴らしさらに挑発を投げかける。
「許し? 下らん。お前たちにその権利があるとでも思っているのか?」
「貴様っ!」
ゼノスが激昂するも、それをカルマが窘める。
「落ち着け。見え透いた挑発だ。今もこの状況を打破しようと考えているに違いない」
「それもそうだな。虫けら一人にこの軍勢と俺たちを相手できるはずがない」
ふむ。勘違いしているようだ。
「勘違いしてるんじゃねぇぞ。お前たちに教えてやるよ。強者と弱者の違いってやつを」
相手が何かを言う前に、俺は言葉を続ける。
「そうそう。お前たちは大将なんだ。後ろで待っていろよ。ご自慢の軍勢を蹂躙してお迎えに行ってやる。まあ、冥土への迎えだがなぁ」
クックックと笑ってやると、カルマが俺を睨み付ける。
「傲慢な奴め。その態度、後悔させてやる。泣いて喚いても、許すことはない」
カルマはゼフィルスとリリスに顔を向けて口を開いた。
「貴様らも、このような男を選ぶとは不運だったな。ここが死地だと思うことだ」
そう告げると、もう話すことはないとばかりに口を閉ざした。
「カルマはこう言っているが、俺たちの軍門に降るなら、今はまだ許してやる。どうだ?」
その言葉は俺に向けられたものであり、ゼフィルスとリリスにも向けられた言葉でもある。
俺が軍門に降る? この脳筋は何を言っているのだろうか?
「寝言は寝てから言え。それすら分からない馬鹿なのか? この俺が相手してやると言っているんだから、さっさとかかって来いよ」
「グギギッ……」
ゼノスはふーっと大きく息を吐き、苛立ちを落ち着かせていた。
思ったより馬鹿ではないのかもしれない。
ゼノスは後ろで戸惑っているゼフィルスとリリスに顔を向ける。エイシアスはもう俺と同じだと理解しているようだ。
「俺は魔王様の忠実なる配下。いかなる軍門に降ることはない」
「……私も、魔王様への恩は忘れない、です」
二人はゼノスの言葉を完全に拒否した。分かっていたのか、ゼノスに態度に変化は見られない。
「そうか。この男にすべてを賭けると言うんだな?」
「テオは強い、です」
「リリスの言う通りだ。その力をこの目で見た私が断言しよう。お前たちは絶望するだろう」
「……そうか」
それだけ言うと、ゼノスは最後に「精々足掻いてみることだな」と言って口を閉ざした。
カルマとゼノスが影に呑まれる瞬間、俺はカルマに告げた。
「カルマ、まだ鬼ごっこは続いている。逃げられるなら逃げてみるといいさ」
しかしカルマは何も言葉を発することなく、俺を睨み付けるのみだった。
二人が影に消えてから程なく、ゼフィルスとリリスはエイシアスに言われて用意されている椅子へと腰を下ろした。
「このお茶、美味しい、です……」
「ふふっ、そうだろう? 私の城で育てられた極上の茶葉だ。ほら、お菓子も食べるといい」
空間に手を突っ込んだエイシアスは、お菓子を皿に出してリリスに差し出す。
小さく「ありがとう」とお礼を言ったリリスはクッキーを手にポリポリと食べ始めた。
ゼフィルスはこの状況になんとも言えない表情をしていたが、すぐに慣れたのかティーカップを持ち上げて飲んでいた。
「主よ、楽しませてくれよ?」
「当然さ。奴らに地獄を見せてやる」
俺は口元を歪めるのだった。