22話:【業火】ゼノス
カルマが姿を消した後、俺たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。
俺は焦ってはいない。
理由は簡単である。
「エイシアス、魔法を使っただろう?」
「うむ。あやつの位置なら常に把握している」
リリスが驚いたように目を見開いており、ゼフィルスが「いつの間に……」と呟いていた。
「奴が現れた時に追跡できるように魔法をかけてある」
「魔法を使った動作もなかった、です」
「魔法など意識一つ、ちょっとした動作一つで発動できる」
エイシアスならできて当然だろう。
「……さて。あいつのことだ、逃げた先でまた何か仕掛けてくるだろうな。あの程度の攻撃なら意味ないし、気にせずに進むか」
俺が言うと、エイシアスは軽く頷き、前を向いて歩き出す。
しばらく歩みを進めると、エイシアスが突然立ち止まった。
「動きがあったな。カルマが再び姿を現したようだ」
「ならばこちらから仕掛けた方がいいだろう」
「いいや。せっかくだ。遊びに付き合ってやろうではないか」
エイシアスは遊ぶ気満々のようだ。
なら俺も付き合うとしよう。今回の戦闘では、ゼフィルスは影を使うと言うことで相性が悪し、リリスもまだ杖の扱いには慣れていない。
そもそも、リリスを傷つけるようなことをさせるつもりはない。
エイシアスに案内を頼み、俺たちは進む。
すると、どこからともなく黒ずくめの集団が俺たちを囲む。
「へぇ……」
口角が上がってしまった。
「話をするつもりはないか?」
誰も答えない。
返ってくるのは沈黙。
「そうか。残念だよ」
俺が指を鳴らすと、俺たちを囲んでいた黒ずくめの集団は、一人を残して地面に赤い染みを広げた。
その光景に、最後に残った黒ずくめから、僅かな悲鳴の声が聞こえた。
逃げたくても逃げれないだろう。なんせ、重力によって位置が固定されているから。
「さて、お前たちのボスであるカルマの位置はすでに把握している。だからお前は伝言のために逃がしてやるよ」
その瞳からは恐怖が伝わってくる。
「カルマにこう伝えろ。――鬼ごっこは始まったばかりだと」
俺が重力を解除すると、黒ずくめの者は動くことを確認し、こちらを警戒して動こうとはしない。
「行け」
軽くと殺気を向けると、黒ずくめの者は影に溶けるようにして消えた。
楽しくなってきたなぁと思っていると、ゼフィルスが訊ねてきた。
「どうして情報を引き出さなかった?」
「どうしてって? そりゃあ、楽しみが減るからに決まっているだろ」
「楽しみ……」
そう。相手が逃げる姿を楽しむのだ。逃げ遅れれば“死”が待っている。
デスゲームみたいでいいじゃん。もちろん、位置は特定済みだけど。
有能みたいだが、あの性格だ。魔王軍には協力しないだろう。
「ゼフィルス、お前はカルマが協力すると思っているのか?」
俺の質問にゼフィルスは黙り込む。
するとリリスが俺の袖を引っ張りつつも答えた。
「カルマはずっと、魔王軍と敵対してきた、です。カルマに殺された仲間は多い、です」
「そうなのか?」
「……ああ。協力を得られれば、人間たちの要人を簡単に殺せるだろう。魔王様もそう考えているはずだ」
「そっか。でも、俺は殺す方向だけど」
アイツとは分かり合えない。協力するとも思えないから。
なら、俺たちのおもちゃになってもらうのが一番だ。
「じっくり追い詰めようじゃないか」
「うむ。それでこそ主だ」
のんびり移動するのも面倒だ。
赤丸で飛んでいこうかな? いや、それだとちょっと面白みに欠けるか。
ちなみに赤丸はリリスに抱っこされている。
うん、可愛い。
それから俺たちはカルマがいる場所へと進んでいくが、ゆく先々でカルマの配下が邪魔をしてくる。
その悉くを殺し、一直線に進んで行く。
数日が経過し、黒い城が見えてきた。
「あこにいるようだ」
エイシアスが城を見ながら呟いた。
しかし、その周辺には一万近くの軍勢が控えていた。
「あ、あの旗は西の一帯を支配する【業火】の異名を持つゼノスだ。どうして奴の軍が東に……」
すると目の前にカルマと、筋骨隆々の男が影から現れた。
「よくここまで来た」
「久しいな、ゼフィルス。リリスもいるのか」
カルマは怪しく笑い、ゼノスは獰猛な笑みを浮かべている。
「カルマ、協力するつもりはないんだな?」
「当然だ」
ゼフィルスは「残念だ」と言い、次にゼノスへと顔を向けた。
「久しいな。ゼノス、魔王軍に協力するつもりはないのか?」
「ない。俺の目的はただ一つ、魔王領の統一だ」
「……だからカルマと手を組んだと言うわけか」
「ああ。コイツあがいれば、どこにでも軍を送り込め、暗殺もできる」
「そうか。分かった。では、今ここでお前たちを始末するとしよう」
ゼフィルスの気配が膨れ上がる。
それに応じて、ゼノスの気配も大きくなっていき――俺は思わず笑ってしまった。
「あっはっはっは!」
突然笑い出したことで、膨れ上がった二人の気配が一気に収まっていく。
そして、カルマとゼノスが俺を見つめる。
「何が可笑しい?」
ゼノスの言葉に、俺は目尻に溜まった涙を拭い答える。
「面白い、本当に面白い! ゼノス、お前は力で魔族領を支配でもするつもりか?」
「……ああ。力こそがすべてだ」
「お前とは気が合いそうだよ。アスタリアに頼まれていなければ、高みの見物でこの戦争を傍観しかたかったくらいだ」
「……何が言いたい? まさかこの軍勢を相手に戦おうとでも?」
その言葉に俺は笑みを深め、こう答えた。
「そのまさかさ」