21話:【影縫い】カルマ
魔王城を発った俺たちは、東へと向かう道中を進んでいた。
リリスは新しい杖をしっかりと抱え、時折その杖を見つめながら歩いている。その表情には、少しの不安と少しの期待が入り混じっていた。
「リリス、大丈夫か? 無理して行く必要はないぞ」
「……大丈夫、です。リリスは魔王様から二人の監視を命じられている、です」
俺の問いに対して、リリスは少し照れくさそうに言った。どうやらまだ素直になれない部分があるようだ。それにしても、監視という任務が彼女に課せられたとはいえ、何かしらの理由があるのだろう。俺はそのことを深く考えず、軽く頷いて歩みを進めた。
「そうか、なら行こう。目的地は東、カルマのいる場所だ」
「今回はどうだか」
エイシアスが冷静に言った。その言葉には期待していないという気持ちが表れていた。カルマのことは、アスタリアやゼフィルスから聞いている。
陰湿な策略家で、暗殺や諜報に長けている。まともな交渉や話し合いが通じる可能性はないかもしれない。
「俺もあまり期待はしていないが、やるべきことだからな」
「……魔王様に従わないなら殺す、です」
リリスが呟いた。その言葉に、俺は驚くと同時に、リリスがアスタリア捧げる忠誠の高さが伺える。
彼女の今後を楽しみにしておこう。
俺たちの行く先には、カルマが待ち受けている。果たして、どんな策略が待っているのか楽しみだ。
あらゆる策略で俺たちを陥れようと、殺そうとしても、その悉くを蹂躙してみせよう。
東へと進んで数日、ようやくカルマの支配する地へと足を踏み入れた。
辺りは暗く、どこかひんやりとした空気が漂っている。まるで影そのものが支配しているかのような場所だ。
「ここがカルマの支配する地か……不気味だな」
「……油断するな。カルマはただの策略家ではない。暗殺者でもあり、影を使いこなす者だ。魔王軍は何度も被害を受けている」
ゼフィルスが厳しい表情で言う。
確かに、カルマのような人物は油断してはいけない。影を操る者に対しては、どんなに注意しても足りない。
「リリス、大丈夫か? 杖を準備しろ。カルマが動き出す前に、影を払う方法を試してみるんだ」
「分かりました、です」
リリスは杖を握りしめ、その力を感じ取るように深く息を吸った。すると彼女の杖から漏れる月の光が、辺りの陰りを少しずつ払っていく。
これは杖に貯めた月の魔力の力である。
「影が、動いている……」
リリスが呟くと、周囲の影がまるで生き物のように動き出した。ふと視線を上げると、影の中から一人の黒い人物が現れた。
「おや、魔王軍の者が来たか。それもゼフィルスとリリス」
漆黒の衣を身に纏い、顔は影に隠れていて分からない。
その目が、じっとこちらを見据えていた。彼の存在感は凄まじいものがあり、周囲の空気が一層重く感じられる。
「来るのが遅すぎたな。だが、もう少しでこちらの影が全て飲み込むところだった」
「お前がカルマか?」
俺が訊ねると、漆黒の衣をまとった人物は微かに笑った。
リリスが俺の服の裾を掴む。
「そうだとも。俺の名はカルマ。【影縫い】とも呼ばれている。貴様ら二人のことは知っている。テオとエイシアス、魔王の協力者」
「面白そうだから協力しているだけだ」
「ふん。まあいい」
俺が淡々と答えると、カルマは少しだけ笑みを浮かべた。
「ふふ、面白い。だが、貴様らがそんな態度で来ても、俺の影に飲み込まれるだけだ。『影縫い』とは、ただ影を操るだけではない。この地では、影そのものが俺の手のひらの上だと、覚えておけ」
カルマが一歩踏み出すと、周囲の影がまるで生き物のように反応し、次々と俺たちに向かって伸びてきた。
それはただの影ではなく、彼の意志を宿したもの。まるで生物のように、俺たちを捕らえようとしていた。
「リリス、やって見ろ」
「……やってみる、です」
俺の指示に、リリスは反応し、月の杖を強く振りかざし、魔法を発動する。
「――月光」
上空に巨大な魔法陣が展開し、まばゆい白銀の輝きを帯びて辺りの影を一瞬で払い退けていく。
その光はまるで一条の月光が大地を照らすように、周囲を包み込み、すべての影を引き裂くように広がった。
光が一層強くなり、影たちを次々と消し去っていく。カルマの影がまるで生き物のように暴れ回ろうとしたが、月光に触れるとそのすべてが無力化され、消えていった。
「なっ……!」
カルマは驚きの表情を浮かべる。
「なんだ、その杖は⁉」
カルマはすぐに原因を突き止めたようだ。杖から放たれる月の魔力を。
「もらった、です」
カルマが俺とエイシアスを見た。
エイシアスが仕方なく答えた。
「余っていたし、私は必要ないからな」
「あれほどの代物が必要ないだと? 見た限り、魔力を増幅、魔法の強化が出来ると見たが」
「ほう。良い目をしている」
カルマは悔しそうな表情をし、足元の影へと沈んでいく。
「今は分が悪い、か……」
「待て、カルマ! 我々は戦いに来たわけではない! 協力を求め――」
「断る」
ゼフィルスの声はカルマによって遮られた。
「我々は魔王に協力するつもりはない。話し合いたいなら、俺を探すことだな。まあ、無理だと思うがな」
そう言ってカルマは影へと沈んで姿を消した。