大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?
「ねぇ! わたし、あっちでお土産見てくるからお姉ちゃんたちは席とっておいてね!」
いつまでも子供みたいに無邪気な妹はそう言って笑う。人気カフェの行列にわたしたちを並ばせると、自分は持ち帰り用のケーキを見るために店内に入っていった。
「あの、俺さ……結婚したいなって思ってるんだ」
わたしよりも五歳年上の従兄弟は、妹を優しい眼差しで見送ったあと、意を決したようにわたしに耳打ちする。
あーあ。
とうとうこの時がきちゃった。
「……いいんじゃない」
わたしの返事に彼は嬉しそうに「そっか」と呟く。
わたしは強張りそうになる顔に気合いを入れて、ギュッと口角を上げた。
一緒に行列に並ぶ彼は、わたしの大切な従兄弟だ。うちの父と叔父さんが王都で一緒に店を開いているから、小さい頃からわたしたち姉妹と彼はいつも一緒にいた。
誰からも可愛がられる妹と、真ん中にしっかり者のわたし。それに真面目で優しいお兄ちゃんみたいな彼。三人まるで兄妹みたいだった。
ずっと続くと思っていたけど、年頃になると少しつ関係は姿を変えていった。
わたしは優しくて真面目な彼に心を惹かれていったけど、彼は妹にばかり優しい眼差しを送っていた。
ずっと彼を見ていたからわかる。わたしはあんな優しい眼差しを向けられたことなんてない。
「あいつ遅いな。席に案内されるまで戻ってこないつもりかな」
「そうかもね」
戻ってきたら、プロポーズするつもりなのかな。素敵なお店だものね。
……いやだな。なんでわたしがそんな場面にいなきゃいけないの? この場から逃げ出したいよ。
でも、無情にも並んでいる列は進む。とうとう席に案内された。街並みがよく見える窓際の席に通される。
妹はわたしたちが席に着くとタイミングよく戻ってきた。
「お母さんと叔母さんに胡桃のバターケーキを買ったわ。ここのお会計と一緒にしてくれるって」
そう言って片目をつぶると、彼に伝票を渡す。「かなわないな」と言って受け取る彼の眼差しはやっぱり優しい。
「で? どうだった? お姉ちゃんはなんて?」
「いいんじゃない。だって」
え……
あっそうか、もう既に話は進んでたのね。
二人の嬉しそうな顔に、心がどんどん冷えていく。
「お姉ちゃんは冷めてるなぁ。もっと喜んだらいいのに」
「あはは。そうだね」
力なく笑うわたしに気がつかないのか、妹は相変わらず無邪気な笑顔だ。
「これで名実ともにお兄ちゃんがお兄ちゃんになるんだね!」
「よし。今日はお兄ちゃんがなんでもおごってやろう。好きなもの頼みな」
そう言って彼はメニュー表を妹に渡した。
「えっ? お兄ちゃんがお兄ちゃん? って、えっ⁈ ええっ⁈」
「ええって、ええっ⁈」
わたしの勘違いに妹は涙を流して笑い、彼は少し不貞腐れた。
「さっき、すごい勇気を振り絞って言ったんだけどな」
「ごめんなさい……」
「いや、俺こそわかりづらい言い方だったしさ……」
わたしの謝罪に彼は真剣な眼差しで応える。
「あの……結婚してください」
再び伝えられたプロポーズの言葉に、わたしは笑顔でうなずいた。
***
「それにしても、お姉ちゃんったら信じられない! どうしてお兄ちゃんがわたしのことが好きだなんて勘違いしてたの?」
そう言って妹はお茶を飲む。目の前には遠慮せずに注文したケーキが所狭しと並ぶ。
こんなに食べられるのかしら……
給仕姿の青年が、持ってきたケーキをテーブルに乗せられずに困惑していた。
わたしが頼んだケーキだ。わたしはお皿を動かして場所を作り、ケーキを受け取った。
「だって、貴女のことをいつもとっても優しい眼差しで見ているのよ? ほら、今だってそうよ。こんなにケーキを頼みすぎてるのにこんなに優しく笑って貴女を見つめているんだもの。貴女だけ特別に思ってるんだと思うじゃない」
「特別かしら? まぁ、確かにお姉ちゃんをそんな顔で見てるのを見たことはないけど」
妹は少し考えるそぶりをする。
「あ、お姉ちゃん。それわたしも食べたかったやつだから味見させて」
そういうとわたしの返事なんて待たずに、やっと置き場に収まったケーキにフォークを突き刺す。味見とは思えない量を口に運び、頬張った。
「ほら、やっぱり特別でもなんでもないわ。お姉ちゃんもお兄ちゃんも同じ顔してわたしを見てるもの」
わたしは彼と顔を見合わせる。
「そうか。つまり、わたしは二人にとって特別可愛いってことね」
したり顔の妹に、二人で吹き出して笑う。
彼の瞳に映ったわたしは、彼と同じ顔で笑っていた。
~完~
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クロスオーバーとかハイパーリンクとかカメオ出演とか大好きなので、同一世界を舞台にした作品ばかり書いています。
全ての物語が他の話を読まなくても支障ない独立した話ですが、どこかで話が絡まったり絡まなかったりします。