里の湯の跡地
-里の湯跡地-
「更地! 圧倒的な更地!」
久々に里の湯に訪れたゆいちゃんの目の前に広がる光景は何もない空き地だった。
一年前まではそこに里の湯という銭湯があったのだが、今やそれを思わせるものは何もなかった。
「いやぁここまで何も無いとなると寂しいを通り越して虚無の領域に入るまでありますね……」
目の前に広がるそこそこ広い土地を前にただ立ち尽くすばかりであった。
「あれ、ゆいちゃんじゃないの」
「あっ、番台、お久しぶりです。 元気していましたか?」
ゆいちゃんの前に現れたのは里の湯の番台。
里の湯が無くなった後は別事業をするべく奔走しているのであった。
「まぁ何とかねぇ。 ゆいちゃんはかなり頑張っているって風の噂で聞いたよ?」
「えぇ、今やインターン先で晞咲さんより良い成績を叩き出して輝いていますよ」
-晞咲宅-
「ぶえくしょい!! 嫌ねぇ、噂されてるのかしら」
……
「それにしても番台、この光景はかなり衝撃的ですよ。 かつての私のステージがこの様な何も無い更地になっているとは」
「うん、ゆいちゃんのステージでは無いと思うけど、まぁ次の建物の為に更地にしないといけないからね」
取り壊し後はまた時間を置いて新しい建物が建つとのことだった。
「何が建つのですか?」
「マンションだよ」
「流行に乗っている感が凄まじいですね。 流行っているかは知りませんが」
一応駅から歩いて10分もしない場所なので、好立地と言えば好立地ではあった。
マンションにするのも納得ではある。
「時代は移り変わっていくものなのですね」
「一応1953年からやっていたからね。 やはりそう考えると残念だよ。 途中建て直しとかもあったようだけど」
「1953年! 凄い! 日本史のかなり後半で出てくる時代じゃないですか!」
「いや別に日本史だったらゆいちゃんが生まれた年とかでも含まれるでしょ」
「確かにそうですね。 そう考えると歴史系の科目は現代っ子になる程学習範囲が増えて不利ですね」
ちなみに1953年当時は里の湯の付近の道は大きい砂利道が1本あっただけで他には何も無かったとかなんとか。
「そういえばゆいちゃんはこんな所で何をしてたんだい?」
「ふと里の湯がどうなったのか気になりまして立ち寄った次第です。 でもかなり衝撃でしたよ、本当に何も無いのですから……」
「銭湯だけでなく隣にあったコインランドリーを含めるとかなり広かったからね。 逆に改めてこの土地を見るとよく毎日のように掃除したり何なりして管理出来ていたなとしみじみ思うよ」
「そういえばコインランドリーありましたね。 昔は何故か古くなった少年ガマジンを置いていく方とかいましたものね。 それでよく『五トゥー分の花嫁」を読ませて貰っていました」
里の湯はコインランドリーが隣接しており、特に女性専用ランドリーがあるなどして好評を得ていた。
しかしそれも今や昔の話。
立ち尽くす傍らで様々な記憶が呼び起こされるのであった。
「何もかもが懐かしいですね。 しかし私たちは未来を向いて歩いていかなければなりません。 いつまでも感傷に浸っているわけにはいかないのです!」
「そうだね。 あとゆいちゃん、ご当地ナンバー1キャラにはなれそう?」
「いやぁ里の湯があった頃は良いバックボーンに支えられていて活動の大義名分があってとても動きやすかったです。 あの頃に戻りたいなぁ」
「数秒前と全く真逆のことを言えるのはある意味才能なのかもしれないね」
「てへっ☆」
「銭湯が無くなったのは申し訳ないとしか言い様がないけど、インターン先で何とか頑張ってね……」
「そんなー。 やはり普通の企業より銭湯という方が一目置かれて目立っていて良かったのにー」
銭湯が健在だった頃もさほど活動していたわけでは無かったのだが、改めてその存在のありがたさを思い知らされるのであった。
「さて、いつまでも空き地を目の前で見つめるだけだと虚無に包まれてしまいます。 そろそろ場所を移しましょうか」
「えっ、いやもう帰るけど、ゆいちゃんどこか行くの?」
「何を言っているのですか!? せっかくなのでそこの『オリーブオイルの崖』でパフェでも食べさせてくださいよ!」
「嫌だよ…… 代わりにこれで我慢してよ」
ガバッ
「何ですかこれ?」
「草加せんべい」
「私はZ世代の現代っ子ですよー! せんべいじゃなくてパフェが良いですぅ~!」
「うーん、自分で現代っ子だって駄々こねるのは…… っていうかゆいちゃん一応は大学卒業したばかりだよね……」
ちなみにゆいちゃん、現在は大学院生である。
「もちろん! 見た目は大人、心も大人、パフェが大好きな将来のご当地銭湯アイドル候補ですよ」
「じゃあ駄々こねないでよ……」
「嫌ですぅ~! パフェ食べさせてくださいよ!!!」
「そんなにパフェが食べたいのなら私と行きましょうか」
「ゲッ、晞咲さん!!」
「『ゲッ』って何よ『ゲッ』て」
駄々をこねるゆいちゃんの前に颯爽と現れた晞咲さん。
彼女も里の湯からそこそこ離れている所に住んでいるのだが、歩いて来られる範囲でもある。
「どうして急に……?」
「何か噂されていた気がしてね。 何となく足を運んでみたのよ。 それよりあなた、一応もう成人なのよ? 道端で駄々こねるのは止めなさい」
「そんな…… ちょっとマウント取っていただけなのに…… それを感じ取って寄ってくるとはどういう嗅覚なのですか?」
「マウントって何よ!? ちょっと大型契約取って来たからって!!」
「だって晞咲さんが悪質な詐欺グループの勧誘に騙されかけていたからじゃないですか!?」
「なっ…… それはっ、あの、あ、あなたを試すためよ! ついでに成果を上げさせるためにっ……」
ワー キャー ワー キャー
「うーん、道端で喧嘩も止めて欲しいんだけど、まぁ二人が元気そうでなによりってところなのかな」
さほど去年と変わっていない二人を見て安心する番台だったのでした。
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