火の精霊王 2
神獣フェニックスさんに会いたいとワクワクが抑えられないぼくと、白銀と紫紺の苦虫を噛み潰した顔の対比がひどい。
「あー、フェニックスな……。今は、会わないほうがいいなぁ」
と、ぼくの顔を見ないで拒む白銀。
「そうねぇ。オルグレン山の山頂にいるみたいだし、レンはお山に登れないでしょう?」
と、優しい声音で反対する紫紺。
ぶぅっ!だよっ、ぶうーっ!
頬をパンパンに膨らませて白銀と紫紺の体をポカポカと叩くと、その手をやんわり兄様に止められた。
「ダメだよ、レン。ほら、機嫌直して」
「だって……。フェニックスさん、あいたい」
ぐすっ。
ぼくが目に涙をいっぱい溜めたら、わたわたと慌てだす白銀と紫紺。
兄様はぼくをあやしながら、火の精霊王様に尋ねる。
「その神獣フェニックス様が原因で、精霊王様たちは弱っているんですか?」
「ああ。フェニックスがオルグレン山の周りを飛んでいるぐらい問題はないが、火口に何度も身を投げて再生を繰り返しているのだ。その度にここ一帯の魔力が損なわれ、被害が出るのを抑えていたのだが、そろそろ限界に近い」
「……さいせい?」
ああ、とぼくは前世の知識を思い出す。
フェニックスは不死鳥、再生する鳥で、寿命を迎えると自ら炎に飛び込んで再び蘇るとされている……だっけ?
じゃあ、この世界のフェニックスさんも寿命なのかな?
でも何度も火口に飛び込んでいるって、何度も再生しているってこと?
「んゆ?」
「なんで、そんなことしてんだアイツ?」
「短期間に再生して、意味があるのかしら?」
同族であるふたりも、フェニックスの行動は謎らしい。
「とにかく、フェニックスをどこか余所に動かしてほしい。次の再生時の魔力損壊に補填する精霊力は最早ない。このままではオルグレン山の噴火だけでなく、ハーヴェイの森の立ち枯れや魔獣の突然変異が起きて、ここ一帯は死の土地に変わってしまう」
「そんな……」
フェニックスさんが再生するのには膨大なエネルギーが必要で、それをここ一帯の魔力で補っていたけど、再生する回数が回数だから、火の精霊王様が自らの精霊力と他の精霊たちの力で不足分の魔力を補填していたんだ。
でもその精霊力も枯渇寸前で、フェニックスさんの次の再生エネルギーは賄えない。
そうすると、ここ一帯が魔力枯渇状態になって、最悪は森を含めた土地が死んでしまう。
ええっ!大変だ!
「白銀と紫紺。神獣フェニックス様を説得して、オルグレン山から離れてもらうことはできる?」
眉をへにょりと下げた兄様が、白銀と紫紺に尋ねると、紫紺はうーんと唸って天を仰ぐ。
「あの子は人の話を聞かないから……、説得は無理ねぇ。そうなると力技かしら?白銀がいるからそれは大丈夫だけど……」
「余所って言ってもな、どこに移動させればいいのか?俺たちがいなくなったら、また戻ってくるかもしれないぜ?」
うーん、それじゃ意味がないよね?
でも、どこかに封印するとかできないし……。
「とにかく、つかまえりゅ?」
捕まえて、なんでそんなに再生し続けているのか、理由を訊いてみるのはどうだろう?
その理由が分かれば、解決策があるかもしれないし……。
「そうねぇ。捕まえたところで、大人しく理由を話すかどうかは別として、迷惑だから捕まえましょう」
紫紺がお座りの姿勢から、お尻を高く上げて大きく伸びをする。
「そうだな。面倒だったら捕まえて瑠璃の爺のところに送っちまおう。海の中だったら悪さできねぇし」
白銀が前足をペロペロ舐めながら言うけど……、海の中にも火山はあるんだよ?
「すまないが、よろしく頼む」
火の精霊王様が、ふたりに頭を下げた。
「もとにもどる?ここ、きれいになる?みんな、げんきになる?」
水の精霊王様のいた精霊界は綺麗な所だったよ。
木々も草花も瑞々しくて、湖はキラキラ輝いていて、妖精たちが楽しそうにフワフワしていたの。
ここも、そんな精霊界に戻れるのかな?
でも、火の精霊王様は悲し気に顔を歪ませて、頭を振る。
「いいや。我の精霊力が再び満ちるまで、気が遠くなるほど人の子の時間でかかるだろう。その間、精霊界はこの荒れた状態で新しく妖精が生まれることも、精霊たちの力が増すこともない」
「失われた力は、そう簡単に戻らないのよ、レン」
「そうだな。下手をしたら火の精霊王の恩恵も薄れるかもしれん」
それって、ブルーフレイムの街の人に火属性を持つ人が多いとか、ハーヴェイの森で火魔法を使っても延焼しないとかのこと?それが、無くなっちゃうの?
「それは、街の奴らも冒険者も困るだろうな。分かっていてもつい火魔法を使ったりするだろうし、森が火事になれば大惨事を招く」
アリスターが難しい顔で呟く。
「とにかく、まずやれることをやろう。オルグレン山の山頂に行き神獣フェニックス様の捕獲が第一だ」
兄様は立ち上がると、火の精霊王様に向かって一礼し、ぼくを抱き上げる。
「にいたま?」
「外に戻って予定を立てないと。さすがに今日中にオルグレン山に登るのは無理だよ」
そうだね。登山の準備なんてしてないもんね。
まあまあ高い標高に見えたし、少なくとも日帰りで登って帰ってこれる山ではないと思う。
「平気よ。今すぐ行って捕まえてこれるわよ?」
え?無理でしょう?
それとも白銀と紫紺だけなら登れるのかな?
「いいえ。その子よ。アリスターが抱えているトカゲ。空間を歪めることができるみたいだし」
空間を歪めるって、ワープってこと?そんな魔法があるの?転移術みたいな?
「いやいや、レン。お前、そいつにその術を使ってここまで連れて来られたからな?」
白銀が呆れた声を出すけど、ぼく知らないよ?
ふんふん。あ、そういえばぐにゃりと歪んだ気配がしたときがあったような……?
「あー、道理でレンの足で歩いた割には遠くまで来ているな、と思ったんだ。この精霊様はそんな術が使えるんだ?」
兄様が珍しそうに、アリスターが抱えているトカゲを見る。
「ギャ、ギャウ」
恥ずかしそうにアリスターの脇に顔を突っ込むトカゲ。
「わっ、お前。ちょっ、やめろ!くすぐったい」
アリスターがトカゲの体を両手で掲げて、自分の体からちょっと離す。
短い手足がワキワキと動いている。
「じゃれてないで、アタシたちを山頂まで連れて行きなさい」
「ギャウ、ギャウギャウッ」
何かを必死に訴えるトカゲ。
「あらやだ。この子も精霊力が不足しているって言ってるわ」
精霊界に戻ってきたことで、トカゲ紫紺たちもスムーズに会話ができるようになったみたいだ。
でも精霊力は弱ったままで空間を歪める魔力が不足しているんだって。
じゃあ、今日中に山頂に行ってフェニックスさんを捕獲するのは、無理かな。
「でもアリスターから魔力を貰えれば、できるって言ってるぜ?」
「え?俺っスか?」
「アリスターとこの精霊の相性がいいみたい。アリスター、魔力をこの子にあげてちょーだい」
白銀と紫紺のトカゲ語の通訳に、アリスターは目を白黒させて驚いていたけど、ぼくや兄様がチルとチロにあげるように、トカゲの口に指を差し入れ魔力をちゅーちゅー吸われることになった。
「神獣フェニックス様を捕獲するのに、白銀と紫紺は山頂に行ってもらう。空間移動のためトカゲの精霊とアリスターも同行。……レンはお留守番」
「やーの!ぼくもいく!いくっ!」
ここまで話を聞いて、待っているのはツライ。
とにかく、フェニックスさんに会いたい!会ってみたい。
会ってお願いするの!火の精霊王様たちに精霊力を返してあげてくださいって。
元の精霊界に戻れるように、力を返してあげてくださいって、お願いしたいから、ぼくもオルグレン山に登りますっ!
だって、トカゲの空間移動でバビューンと行くんでしょ?