火の精霊王 1
暗い洞窟の中、兄様と手を繋いでしばらく歩くと、洞窟の奥の行き止まりに当たる。
火の妖精さんとトカゲが集まってうにゃうにゃしてると、ぼんやり洞窟の壁に妖精の輪が浮かびあがった。
「ずいぶん、形が歪ねぇ?」
「それだけ精霊たちの力が定まってないんだ。早く通るぞ」
白銀が、ぴょんと真っ先に輪の中へ飛び込んでいく。
ぼくの体を兄様が抱き上げて、跨ぐように輪を越えていき、ぼくたちの後ろからトカゲを小脇に抱えたアリスターと紫紺、チルとチロ、火の妖精さんたちが続いて妖精の輪を通る。
妖精の輪を越えた先に現れたそこは……干上がった湖とどんよりと曇った空、荒れた地だった。
妖精さんたちに案内されて辿り着いた所には、黒い大きな岩の平たいところで横向きに伏せている人がいる。
「あらら、精霊王からも精霊力が、ちっとも感じられないわ」
「何がどうなってんだ?こんな酷い状態の精霊界なんて見たことないぜ?」
白銀と紫紺は精霊界のあちこちを見て、そう評した。
ぼくは、なんとなくこの空間の居心地が悪くて、兄様にずっと抱っこで移動してもらっている。
「お前……、いい加減自分で歩けよ……」
アリスターもトカゲを小脇に抱えたまま、歩いている。
気に入られたのかな?良かったね、アリスター。
トカゲもどこか嬉しそうに「ギャウ」て、まるで笑ってるみたい。
ぼくたちの存在に気付いたのか、岩の上に伏せていた人……たぶん火の精霊王がのろのろと体を起こす。
「……神獣と聖獣か……。そちらは人の子か?」
火の精霊王は女性体だった。
長く伸びた金髪の髪を日に灼けたブロンズ色の肌に纏わせて、引き締まったメリハリのある体は緋色のタイトなドレスに包まれている。
キツイ顔立ちの美女だが、本来強い光を灯してる金色の瞳は、憂い気に揺れていた。
「そうだ。神獣フェンリルと」
「聖獣レオノワールよ」
名乗ったあと、ボワンと体の大きさを元に戻すふたり。
兄様はぼくをゆっくりと降ろして、片膝を付き「ブルーベル辺境伯代理、ヒューバート・ブルーベルです」と、ご挨拶。
「レンでしゅ」
ぼくもペコリと頭を下げた。
アリスターもぼくたちの後ろで片膝を付いて頭を下げているよ。
アリスターの腕からトカゲが抜けだして、トテトテと火の精霊王……様のところへ近づいていく。
「よく助けを連れてきてくれた。よい子じゃ」
火の精霊王様は、トカゲの頭を優しく撫でる。
トカゲも嬉しいのか、目を細めてうっとりしているみたい。
「それで、どうしてそんなにアンタは弱体化しているわけ?そんなになる前にあの方に助けを求めればいいのに」
「そうだな。神獣聖獣と違って、お前たちはすぐあの方に縋るだろうに」
…………。
本当に神獣聖獣と精霊王様たちって、仲良くないね?
今のふたりの言い方が、棘があるように聞こえたのは、ぼくだけかな?
「あの方に助けを求めるわけには……いかないのだよ、フェンリル、レオノワール」
悲しそうに笑う火の精霊王様。
火の精霊王様ってぼくのイメージでは、闊達で元気のいい、陽キャな人なんだけどなぁ……。
「我があの方に助けを求めたならば、あの方はあの者を排除しなけばならない……」
「原因が分かってるなら、対峙してやっつけろよ」
白銀のセリフに頭を左右に振る、火の精霊王様。
「無理だ。力の差がある。我ら精霊王は神獣聖獣に引けを取らない自信があるが、あの者と我では少々分が悪いのだ」
ん?それって……。
「なによ、まるで原因がアタシたちみたいな言い方。神獣聖獣が他にいるわけじゃ……あれ?……もしかして、いる……の?」
紫紺が怖々と尋ねると、火の精霊王様はコクリと頷く。
隣にいる兄様が、緊張に体を強張らせる。
「ああ、いる。あの者はオルグレン山の山頂で、繰り返し火口にその身を投げているのだ」
「……あいつ、何やってんだ?」
ぼくは白銀の前足をテシテシ叩いて、好奇心で爛々にした目を向けて聞いた。
「だあれ?」
「「あ!」」
やべっ、みたいな顔しないでよ?
誰なの?誰がオルグレン山にいるの?
ぼくの質問にふたりは、しょっぱい顔をして答えてくれなかったが、火の精霊王様が教えてくれた。
「オルグレン山にいるのは、神獣フェニックスだ」
おー!神獣フェニックス!
ねえねえ、白銀と紫紺、ぼく会いたい!
そのフェニックスさんに会いたいよーっ!