森の調査 2
オルグレン山の麓まで歩いて一刻(約2時間)ほどかかるので、やや開けた場所で小休止することになりました。
アリスターや新人騎士たちが敷物を敷いて、ぼくと兄様が休めるようにテキパキと準備をしてくれる。
ぼくは自分の魔法鞄から濡れたおしぼりを出して、自分のお手々と白銀と紫紺の足も綺麗に拭きます。
「レン。おいで、お菓子をあげるよ」
兄様に呼ばれてととと、と歩いてバフンと兄様にタックル!
兄様もニコニコとぼくを抱きしめて、くるりと回ってくれる。
「ほらほら、じゃれてないで。座ってお食べください」
セバスにめっ!てされちゃった。
小さな焼き菓子をもっもっと食べていると、アリスターに連れられて長身な騎士さんが来た。
「んゆ?」
「この森のことを詳しく聞きたいから、ブルーフレイム出身の騎士に来てもらったんだよ」
そうなんだぁ。
確かに火魔法を使い放題の森って珍しいよね?
火精霊のことも分かるかもしれないし。
その長身の騎士さんは、格好よくその場に片膝を付いて兄様にご挨拶をした後、兄様とセバスの質問にハキハキと答えていました。
ただ……。
「やっぱり、火精霊と会った者はいないか……」
「いにゃい……」
ガックリです。
火精霊の話は御伽噺としてブルーフレイムの街に広まっているものの、精霊さんと会ったことがある人もいないし、その存在を感じた人もいないんだって……。
でも、火魔法属性の人が多いことと、森が火魔法で延焼したことがないのは本当らしい。
「ただし、興味本位で火魔法を使えば、燃えます。何年かに1回はそういうバカがいて小火騒ぎを起こすんです。街の者は親から、冒険者はギルドから注意を受けてるはずなんですがねぇ」
ふーやれやれと騎士さんは語りますが……ぼくたちも知らなかったよ?
あっぶなーい!もうちょっとで火属性の魔法をアリスターに、おねだりするところでした。
あとは、難しい話になってきたので、ぼくはオルグレン山の噴煙を見ながら、もうひとつお菓子を食べます。
もきゅもきゅ。
これ、美味しいなぁ。
あれ?
「にいたまーっ!あれ、なぁに?」
「ん?」
ぼくの小さな指が示すところを見て、兄様が目を眇めました。
「んん?」
「……とりしゃん?」
白い噴煙の中に、赤い小さな物がひらひらしてるの。
よぉーく見ると、小さな翼をバサバサはためかせているみたい……、だから鳥さん?赤い鳥さん?
「もしかして、あれを見てドラゴンと間違えたのか?」
兄様がしょっぱい顔して呟きました。
セバスもアリスターも顔を上げて、噴煙の中を凝視してます。
「ヒューバート様、決めつけるのは早計かと……。やはり、しばらくは調査を続ける必要がありますし、場合によってはあの鳥を捕獲しなければ……」
「そうだよね。実際に見間違えた物を捕獲して、危険を取り除いたことにしないと……噂は消えないからなぁ」
ドラゴンが出没して暴れるのも困るけど、小さな鳥を捕獲するミッションに変わるのも微妙だよね?
兄様もアリスターも、何気に魔獣討伐を楽しみにしてたもの。
再び、兄様たちはセバスや騎士の代表者たちと難しい話を始めてしまった。
ぼくはカップに残ったお茶をんくんくっと飲んで、ぷはぁー!
白銀と紫紺はどこに行ったのかな?
白銀と紫紺はしっかりお茶菓子を食べまくったあと、レンたちとやや離れた場所でオルグレン山の噴煙を眺めていた。
「やっぱり……あいつじゃなさそうね?」
「ああ。気配が希薄……というか弱すぎて感じないぞ?」
「たぶん、最近まで居たけど、今はいないんじゃないの?」
ふたり顔を突き合わして、こしょこしょと内緒話を続ける。
「ここは火精霊たちも多いし、あの山の溶岩もあるし、あいつが好みそうな場所だがな。あいつは気まぐれで我儘でいつまでたっても子供だからなー」
……。
紫紺は敢えて黙って聞いていた。
(アンタたち神獣は、みんなそんな感じじゃないの…。あの方がアンタたちの性格の悪さに頭を悩ませて、アタシたちを創るときに力を弱めて理性や常識を詰め込んだぐらいなんだから)
ふんっと、鼻息をひとつ。
(神獣はどいつもこいつも人の話は聞かないし短絡的で暴力的で、いっそのことずっと眠っていれば良かったのに。アタシたち聖獣も、アタシと瑠璃だけがマトモで、あとのヤツらは捻くれて歪んでいるけど)
と、今度は胸をピンと張り、尻尾をゆらりと振ってみせた。
瑠璃が紫紺の考えていたことを知ったら、間違いなく顔を顰めただろう。
マトモなのは自分だけだと……。
ふたりがオルグレン山の頂上から目を離し、山や森のあちこちに視線を飛ばしてみせる。
「火精霊の気配が強いが……あの山に精霊王がいる精霊界の出入り口がありそうだな」
「しいーっ!黙ってなさいよ。レンが知ったら行きたいって言うわよ?これ以上、他の精霊や神獣聖獣と契約させたらレンにも影響が出そうで怖いし」
うーん、とふたりは眉間にシワを刻む。
神の愛し子であるレンの能力は高く体も丈夫に作られているが……あの方曰く、成長するまでは弊害が出るので能力を封印しているとのこと。
ただでさえ、神獣や聖獣、妖精と契約をしているのだ。
どれだけの負担があの小さな体にかかっているのか、常人では耐えられない無理なレベルを幼い子供が負っている。
「べ、別にぃ、レンと他の奴らの契約を邪魔したいわけじゃないからな!ただ、レンのことが心配なだけだからなっ!」
誰に言い訳してんのよ?と紫紺は冷たい視線を白銀に向ける。
「瑠璃とのことはしょうがないとしても、もう充分でしょ?レンにはアタシたちがいるんだし」
「そ、そうだよな!」
「だから、ここにあいつが居たなら危険なのよね……。だって戻ってくるかもしれないでしょ?」
「!」
今はいないかもしれないが、奴が戻ってきたら同じ神獣聖獣同士、気配でお互いが分かってしまう。
そして、あいつは同士を見つけたら絶対にちょっかいをかけてくる面倒な奴だった。
「とにかく、ヒューたちに協力して、早めに森の調査を終えて、ブループールの街に帰りましょう」
「ああ。そうだな。いざとなったら亜竜を捕まえて倒して、無理矢理ケリをつけてしまえ!」
それもどうかと思うけど、まあいいか。
「そうね。そのときはまかせるわ」
ここに噂のドラゴンがいないことも、神獣聖獣ならば気配で分かるのだから……。
みんながそれぞれお話ししていたので、レンはひとりぼっちだった。
チルとチロは火の精霊が余程嫌なのか、二人の周りに水の膜を作って白銀と紫紺の周りをふよふよ漂っている。
もちろん、白銀と紫紺はさっきからふたりだけで難しそうなお話をしている。
「……わりゅいかお、ちてる」
白銀がニヤリと悪い顔で笑っている。
反対側を見ると、兄様たちが明日からの森の調査や、山に常駐して観察する支度や冒険者ギルドへ協力を依頼することなどを、相談している。
ぼくにできることはない。
むーっと口を尖らせて、森にととと歩いて近づく。
パチッと目が合った。
レンの両手で抱えるほどの大きさの……。
「とかげしゃん?」
レンの知っているトカゲはもっと小さくてシュッとした細身の体だ。
でもこのトカゲもどきは、プリッと丸々しい体つきに真っ赤な体色をしている。
目も半月型の三白眼ではなく、猫のような真ん丸お目々で紅玉色に輝いている。
「わああっ!」
かわいい……。
幼児がすることは、みんな同じ。
じーっと蟻を見つめ追いかけて巣穴を見つけるように、レンもそのトカゲをじーっと見つめた。
ふいに、トカゲが森へと体を翻しトテトテと進んでいく。
「あ、まっちぇ」
レンも続いて森の中へととと、と走って行ってしまう。
トカゲはレンを誘うように少し進んでは後ろを振り向きレンの姿を確認して、またトテトテと進む。
レンはそんなトカゲの姿に夢中になって、ととと、と追いかけていくのだった。