馬を見に行きましょう
誤字脱字報告ありがとうございます!
いつも、ありがとうございます。
お腹がいっぱいになりました。けふっ。
騎士のみなさんは勿論、まだ大人になっていないアリスターや、細身の兄様も、お肉オンリーメニューをパクパク食べてましたよ。
ぼくも大きくなりたかったら、いっぱい食べないとね!
食堂を出て、父様の案内で団長執務室、つまり父様のお仕事部屋に移動します。
ぼくは、兄様とお手々を繋いで歩きます。
アリスターもキャロルちゃんと手を繋ごうとしたら、キャロルちゃんはプリシラお姉さんと手を繋いでテクテクと歩き出しました。
アリスターは寂しそうに口元を歪めて、ぼくたちの護衛に徹します。
でもぼくは分かっているの。
キャロルちゃんは、アリスターの護衛のお仕事を邪魔をしないように、プリシラお姉さんと手を繋いだんだよ?
キャロルちゃんも、今日はセバスからプリシラお姉さんのお世話を頼まれているから、自分のお仕事も優先したんだよね。
ふふふ。でもキャロルちゃんはアリスターと手を繋ぎたかったみたい。
チラチラ、アリスターのほうを見ているもん。
微笑ましくてニコニコしていたら、プリシラお姉さんも同じことを思っていたのか、キャロルちゃんの様子を見て柔らかく微笑んでいる。
さて、着きましたブルーベル辺境伯騎士団団長室!デッデーン!
なかなかに重厚な扉が目の前に聳えています。
思わず握っていた兄様の手を、ぎゅっとしちゃった。
「さあ、ここだぞー」
呑気な声で、父様が扉を開ける。
ぼくの目に映る……その……惨状……、いわゆる腐海の森です。汚部屋です。
「わっ、父様……。なんですか?この部屋は?」
兄様の眉間にシワが寄ります。
「え?そうか?ちょっと書類が多いけど……」
「ダメです!我慢できませんっ!」
ビュンとぼくたちの前を通り過ぎて、執務室に真っ先に入ったのはキャロルちゃんでした!
ええっ?
キャロルちゃんはどこから出したのか箒を片手に、いつのまにか身に付けたのかエプロンをして、そのポケットからは雑巾が顔を出していますけど?
そして、恐ろしいスピードでお部屋のお掃除を始めました。
「おいおい、キャロル。そんな勝手にギルバート様の許可も無しに……」
慌てて止めようとしたアリスターに向かって、「兄ちゃんは黙ってて!」と鋭い声。
「ははは……。そんなに酷かったかな?」
「とうたま。ダメにゃのよ?」
ぼくは父様の前で両手を腰に当てて、「メッ」しました。
しょぼーんと父様が落ち込んでいると、ぼくたちの後ろから足音が。
「どうされたのですか、ギル様?」
セバス登場です!
「ああ……セバス。父様の執務室を見学しようと思ったのだが、部屋がそのう……片付いてなくて……それを見たキャロルが、絶賛掃除中なんだ」
「部屋が?」
あ、なんかセバスの目がキラリーンと光ったような気がする。
「どういうことです?」
「ちがっ!俺が悪いんじゃないっ。お前が忙しいとか言って、しばらく執務室に来なかったからだろー!俺がひとりで整理整頓できると思ってんのか!」
おおーっ、これが逆ギレですね?
兄様も「父様の真似をしちゃダメだよ?」とぼくに諭してきます。
その後、セバスとキャロルちゃんのスペシャルコンビのお掃除で、あっという間にお部屋が綺麗になりました。
父様は、書類の束が幾つもタワーのようになっている机に、泣きそうな顔で向かっています。
セバスは隣に立って、しっかり父様を見張ってますよ。
「なぜ、こんなに溜めたんですか?これ、今日中に確かめてサインしてもらいますからね!」
「えーっ、今日はヒューとレンと騎士団の見学……」
「却下です!」
厳しいね、セバス。
お仕事モード、しかもハードモードになった父様を置いて、ぼくたちは移動します。
「とうたま、頑張って!」
「ふわあぁぁーい」
あ、これダメなやつだ……。
その後は、騎士さんたちの武器や防具を直す鍛冶屋さんみたいな所と、医療室と、休憩室みたいな所を見学しました。
「ヒュー、あとはどうする?どこか案内したい所はあるか?」
「うーん。流石に女性がいるのに騎士寮に連れていくことはできないし……」
朝食が終わった騎士さんたちは、街の見回り組と、森に出て魔獣の監視討伐組と、辺境伯邸の護衛組(1日交代制)に分かれてお仕事。
騎士さんたちの中には、戦うタイプの人と文官タイプの人がいるので、騎士団本部で事務仕事している人も沢山いる。
でも、子供が事務仕事している人の所に行ったら、お邪魔だもんね。
みんなで「うーん」と考えていると、相変わらず寝ぐせを派手に付けたクライヴさんが通りがかった。
「お!丁度よかった、ヒュー。馬番に聞いたが例の馬が届いたらしいぞ。厩に行ってみな」
「分かりました!ありがとうございます」
ぺこっと兄様が頭を下げ、上げた顔は満面の笑顔だった。
ぼくは、無口なクライヴさんが珍しくいっぱい喋ったことに、びっくりした。
「ヒュー、嬉しそうだな」
バンバンと兄様の背中を、やや強めに叩くアリスター。
「ああ!やっとだ!」
ぼくたちは、兄様の乗る馬に会うために、厩へと向かった。
やっとヒューに馬が与えられる。
これで、俺に対する当たりが、少しでも優しくなって欲しい。
俺は両親が冒険者だったおかげで、乗馬はガキの頃から習っていた。
正直、馬の扱いは得意だ。
ヒューは俺と会う前は、足を怪我していて歩けなかったそうだ。
そのせいで、乗馬の訓練ができなかった……らしい。
いずれは訓練するつもりだったのだろうが、あいつの溺愛する弟が他の奴らの馬に相乗りしたせいで、状況が変わった。
別にいいじゃねぇかっ!レンを馬に乗せて移動したって!
そりゃ、お前は乗れないけど、その内に乗れるようになるだろ?
そのときにいっぱい乗せればいいじゃねぇかっ!
睨むな!脅すな!呪うなっ!
はーはー、どんだけ、弟大好きなんだ?
しかし、騎士団の厩で見た自分の馬に、ピキーンと固まるヒュー。
何が不満なんだ?
確か、副団長の伝手で、魔馬と軍馬の間にできた優秀な馬らしいぞ?
「……小さい」
うん?確かに成長途中の馬だけど、すぐにデカくなるだろう?
「……白い」
綺麗な毛並みだぞ?艶々だしな?しかも、ただの白馬じゃない、白いというより、銀色が混じっている輝く色合いだ。
馬を見てから、分かり易くヒューは気落ちした。
その雰囲気が馬にも伝わったのか、戸惑い・困惑・悲しみの気配がその美馬を包んでいく。
キャロルやプリシラも微妙な空気が分かるのか、ずっと黙っている。
そこへ、
「うわーっ!キレイなおうましゃん。まっしろでしゅ!おめめもピカピカで、きれー。ぼく、ぼく、レンでしゅ!よろちく」
タタタッと馬に駆け寄り、馬の前でぴょんぴょん飛び跳ねて自己紹介するレン。
馬は繊細な動物だから、いきなりその行動は……マズイ。
俺が慌ててレンの所へ行こうとすると、レンの両隣にいる白銀様と紫紺様が馬に低く唸るのが聞こえた。
途端、嘶くのを止めて大人しく頭を下げる馬。
流石、神獣様と聖獣様だ。
「……きれい?」
「あいっ。にいたまのおうましゃん、きれー。にいたまがのったら、もっときれー!」
両手を口にあてて、くふふと可愛らしく笑うレン。
「そうだね。綺麗だね。早くレンを乗せられるように練習頑張るよ。お前も一緒に頑張ってくれるかい?」
ヒューが優しく馬の鼻面を撫でると、「ヒン」と短く嘶いた。
よかった……。俺は胸を撫で下ろしたのだった。