兄弟は仲良くしましょう
ブルーパドルの街から帰ってきた、翌日。
また、僕とレンは馬車に揺られている。
父様と母様とセバスと一緒に、辺境伯邸へ訪門するために移動中。
いつもニコニコ愛らしいレンが、上目遣いに窺うように父様と母様を見て、ふうっと溜息を吐く。
「母様、レンが気にしています。いい加減に父様を許してあげてください」
「ヒュー…」
父様、そんな情けない顔で僕を見ないでください。
僕も機嫌は悪いんですよ?母様と同じ気持ちなんです。
「ぶうっ。だって、今日は久しぶりにレンくんたちと街へ、カフェ巡りしようと楽しみにしていたのよ?なのに、ギルがどうしても一緒に来て欲しいって……」
そして、隣に座る父様の肩や腕を、ポカポカと可愛く殴る。
「すまない…。でもなぁ、ハーバードに報告するのにひとりで行くのは、ちょっと……。あいつも前からレンと白銀と紫紺に会いたいって言ってたし。ヒューのことも心配してたし……」
つまり、ひとりで行くとブルーパドルの街で起きたあれやこれやに、叔父様からネチネチ言われるから、僕たちを連れて行ってお茶を濁したいってことですよね?
僕だって、今日は母様に負けず劣らず、レンとのお出掛けを楽しみにしていたんですよ?
お祖母様に買っていただいた洋服を着て、街にお出掛けして、カフェでスイーツを食べて、買い物をして、一日ずっーとレンと一緒に楽しもうと予定を立てていたのに。
こんな面倒なことに巻き込まれるなんて……。
「奥様。ヒューバート様。旦那様を許してあげてください。正直、私も皆さまと一緒で心強いです」
ちぇっ。
今回、こんな情けない父様の味方になったのが、セバスだった。
いつもなら、愚図る父様のお尻を叩いてひとりで辺境伯邸に行かせるのに、今回はいやに父様に協力的だ。
たぶん、あの右の胸ポケットに仕舞われている手紙のせいだ。
ブルーパドルの街でお祖父様の執事、セバスチャンからの手紙を預かったのはレンだった。
にこやかに笑って「息子に渡してください」とレンに手渡していた、一見なんでもない普通の手紙……だと思ったんだけど……。
レンが「はい!」と、むふーっとお遣いが上手にできましたーっと、晴れやかな笑顔で渡した手紙を、セバスもニコニコと受け取っていた。
「しょれ、セバスしゃ……、セバスのとうたまからだよ!」
その言葉とともに、カチンと固まるセバス。
ギギギと鈍い音がしそうな動きで、手紙からレンに視線を動かし、震える声で「ち……父からですか?」と呟き、ぐしゃっと手紙を握りつぶした。
「はわわわっ!てがみ!セバス、てがみ!」
レンが慌てても、その場でしばらく立ち尽くしていたセバス。
あの手紙には、何が書いてあったんだろう?
そして、今日の辺境伯領主邸への同行を申し出てきた。
父様には、「至急、兄と相談したいことができました」と理由を伝えていたけど、顔色は悪かったよね?
そして着いた、辺境伯邸。
しばらくハーバード叔父様だけだったのに、昨日からは久しぶりにレイラ様とユージーンが戻っているせいか、明るい雰囲気に見える。
セバスと似ている、セバスティアゴが出迎えてくれて、僕たちを案内してくれた。
僕が自分の足で馬車を降りて、レンの手を引いて問題なく歩いているのを、そっと見て嬉しそうに微笑んでくれた。
応接間には、ハーバード叔父様とレイラ様、ブルーパドルの街で知り合った人魚族の混血児のプリシラが座ってお茶をしている。
「遅くなった」
「いや、時間どおりですよ、兄上」
ハーバード叔父様に促されて、対面のソファに腰を下ろす。
僕は、レンと足元にお行儀よくお座りしている白銀と紫紺を、叔父様に紹介する。
「レンでしゅ」
可愛くお辞儀するレンを、みんなで微笑ましく見守る。
ハーバード叔父様は神獣フェンリルと聖獣レオノワールである白銀と紫紺に、膝を折り頭を下げ、ブルーベル辺境伯として歓迎の意を示した。
白銀と紫紺は、適当にそれを流してしまうほど、テーブルのお菓子に目が釘付けだったけどね。
和やかなお茶の時間だったよ?
プリシラは今後は辺境伯邸に滞在させると、ユージーンとの仲を誤解されるため、騎士団預かりとして使用人棟で生活するらしい。
もちろん、使用人ではなく客人として扱うが、対外的には彼女の存在を隠すらしい。
レイラ様が後見として面倒をみるが、母様にも協力してほしいと頼んできた。
なんでも、ハーバード叔父様とレイラ様は、しばらくしたら王都へ出立するため、その不在なときに母様へお願いしたいとのことだった。
「いいわよ。女の子だなんて楽しみだわ。よろしくね、プリシラちゃん」
プリシラは、遠慮がちに頭をペコリと下げる。
「さて、レイラたちはこのまま休んでいてくれ。私と兄上は話がある。ねぇ、兄上?人魚族のこととか、聖獣リヴァイアサンのこととか?」
「いやいや、ここでいいだろう?なんでお前とふたりで?アンジェたちを連れてきた意味がないだろうっ!あ、ああー、セバス、セバスも一緒に……」
「残念ですが、私は兄に話があるのですよ、ギル」
「私に?」
「ええ……。父から手紙がきました……。大変です、ティアゴ兄様。悪魔が来ます」
「なに?」
セバスとセバスティアゴは顔を真っ青にして、バタバタと慌ただしく部屋を出て行ってしまった。
あんなに我を失ったセバスたちは見たことが無い……。
一体、手紙に何が書かれていたんだ?悪魔って誰?
「さあさあ、兄上。執務室に行きますよ。たっぷり確認したいことがあるんですっ」
「や、やめろっ。離してくれっ。いーやーだー!」
こちらも襟首をハーバード叔父様に掴まれて、引きずられるように部屋を出て行った父様。
レンと顔を見合わせて、首を捻る。
これ、どうしたらいいんだろう?
「放っておきなさい、ヒュー。あの兄弟たちはあれで仲良しなんだから」
「本当に。ギルもセバスも兄弟愛が強くて羨ましいですわ」
「「でも、ヒューとレンは真似しちゃダメよ!」」
はい、わかりました。
僕はもっと分かり易くレンを可愛がります!