別れ 4
誤字脱字報告ありがとうございます!
いつも、ありがとうございます。
クラーケン料理をみんなで食べて騒いだ翌日。
ブルーパドルの辺境伯のお屋敷は、まるで地獄絵図でした……。
……て、どうしたのみんな?
ぼくが首をコテンと傾げていると、リリとメグは口を布で覆ってブルブルと頭を振って近づいて来ないし。
白銀と紫紺は、床に伏せたまま両前足で頭を抑えて、うんうん唸ってる。
あれれれ?
「放っておきなよ、レン。白銀と紫紺は二日酔い。たぶん父様たちもね。あとのみんなは、昨日のアヒージョを食べすぎてニンニク臭いんだよ」
「……」
え?本当に?
ぼくは、クンクンと鼻でそこらへんの匂いを嗅ぎまわる。
「朝の稽古のときだって、騎士たちが二日酔いでヘロヘロだし、ちょっと動いたら気持ち悪いって蹲る。挙句の果てには、口を開いたら臭いからって、掛け声ひとつマトモにかけられないんだよ?」
「ヒューは、バーニーさんたちに、ここぞとばかりにやり返していたじゃないか……」
「そんなことないよ。いつもの通りに稽古しただけだよ」
ニッコリ笑顔の兄様。
クンクン。ぼくと兄様とアリスターはそんなに臭わないよね?
「うーん、どうしよう……」
確かに、自分の限界を無視してお酒を飲んだ大人たちが悪いし、息が臭いのもニンニクの食べ過ぎだし……、でもなぁ、切っ掛けがぼくなんだよなぁ。
「チル」
『なんだぁ?』
ぶぃ~んと、顔の前に飛んできてくれた小さな友達、水妖精のチル。
「みんな、げんきに、できう?」
『えーっ!なおすのむり。ちょっとだけ、げんき。くさいのは、きれいにできる』
ふむ。二日酔いは改善することができて、臭いは消臭することができるってことかな?
「おねがい」
『ちぇっ、しょーがない。まりょくよこせ。あとチロもやるぞ!』
チロと呼びかけられたもうひとりの水妖精は、兄様の肩に乗ってひと房兄様の金髪をしっかり掴んで、あっかんべーをした。
『いやよ。なんでワタシが、そんなこと。しかも、くさいじゃない!』
「チロ、おねがい」
『……』
つーん、と横を向かれた。
ぼくのお願いは、無視されました。ちーん。
「チロ。僕からもお願いするよ。さすがに屋敷中が臭いと困るし、今日もレンたちとの予定があるのに、二日酔いの騎士じゃ護衛にならないからって外出禁止になったら……僕、いやだな」
悲しそうに眉を寄せて兄様が言うと、チロは兄様の肩からポーンと飛び降りて、クルクルとスピンしてガバッと兄様の顔面に体ごとへばり付く。
『わかったわー!ワタシがひゅーをたすけて、あげるぅー。いくわよっ、チル!』
そして、ビューッと部屋を横切って出て行ってしまった。
そのあとを、チルがふよふよ飛んでいく。
『まってよー』
チルとチロの大活躍で、ぼくたちは朝ご飯を食べたあと、無事にブルーパドルの街へと遊びに行くことができました。
街に行って買い物して、買い食いして、たまに広場にいる大道芸を見たり、お歌を聞いたり。
農夫さんのところで畑仕事を手伝ったり、牧場で牛の乳しぼりを経験したり。
魔道具屋さんや鍛冶屋さん、冒険者ギルドと商業ギルドに見学にも行きました。
海には、遊びに行ったり、お祖父様の案内で軍船を見せてもらったり、たまに瑠璃が遊びにきて海でサーフィンごっこをしたり。
あー、とっても楽しかった!
「ああ……、ここの街じゃダメだった……」
「そうね……、やっぱりブループールに戻らないとダメなのよ……」
白銀と紫紺のふたりが、街に遊びに行く度にがっかりするんだけど……、どうしたの?
「へ?きょうかい?」
「そうなのよ……。アタシたち、レンと一緒に教会に行くように頼まれていたのに……すっかり忘れていて」
「他の街の教会じゃダメなんだ。あの方の神気が宿るモノが奉納されている教会じゃないと、意味が無いんだ。たぶん、ブループールの教会にはあると思うんだが……」
父様が、あっ!て顔をした。
「あるぞあるぞ。ブループールの街の教会には、神様が手にしたとされる杖が奉られている。まぁ、真偽のほどは分からないが……」
「ぼく、そこにいくの?」
「そうよ。とりあえずブループールの街に戻ったら一緒に行きましょ」
「レンもあの方にご挨拶したいだろう?」
あの方……て、シエル様だよね?
神様とお話しってできるのかな?
でも、お礼は伝えたい!
「うん。ぼく、いきたいっ」
ブループールの街に帰ったら、父様と兄様が教会に連れて行ってくれることになりました。
「父様。ついでにアリスターと妹の魔力検査もしましょう」
「そうだな。ふたりはまだ検査していないだろう。よし、予約をいれておこう」
魔力検査ってなあに?
兄様が教えてくれたところによると、10歳前後になったら教会にある魔道具水晶で、自分の保有魔力量と使える魔法属性の検査を受けることができるんだって。
ただし、属性は一生変わらないけど、魔力量は経験で増減することがあるから、目安として考えなさいって。
「ぼくも……やりたいの」
好奇心丸出しでおねだりしたけど、父様はちょっと困った顔で、「もう少し大きくなってからな」とぼくの頭を撫でて誤魔化した。
「むぅ」
「レン。小さいときに検査しても意味が無いんだよ?レンぐらいのときには、魔力量も魔法属性との相性もコロコロ変わるって言われてるんだ」
「しょうなの?」
「ああ。だから、だいたい固定される10歳位から検査するんだよ?そのときまで、楽しみに待ってようね」
「……あい」
残念だけど、待ってます。
そうして過ごしている日々は過ぎるのも早く、とうとうぼくたちは楽しいブルーパドルの街での滞在を終えて、ブループールの街に帰る日が来ました。
「にいたま……。ばしゃのかず…へんでしゅ」
ぼくの目には数台の馬車が……。
ぼくたちが乗って行く馬車と、レイラ様とプリシラお姉さんが乗る馬車と、使用人さんが乗る馬車が2台、あと2台は何が乗るの?
ちなみにユージーン様は馬に乗ります。
兄様の目がギラギラと鋭く光り、ユージーン様を睨んでいました。
「あれはね……。お祖母様とレイラ様が買った……お洋服だよ」
おおぅふ。あれか……。ぼくと兄様が初日に連れて行かれたお洋服屋さんの戦利品。
そして、追加でプリシラお姉さんの分も。
そうか……、馬車2台分になったのか……。
ちょっと遠い目をしかけたぼくの体が、ひょいと抱き上げられます。
「んゆ?」
「ははは!レン。楽しかったか?」
「あい!じいじ。ばあば。とってもたのしかったの!ぼく、ここだーいしゅきなの!」
ぼくは、お祖父様にぎゅーっと抱き着く。
お祖母様が、優しく背中を撫でてくれる。
「また、遊びにいらっしゃい」
「ああ。待ってるぞ。ヒューもまた来いよ」
「はい。でもお祖父様もお祖母様も、たまにはブループールの街にお帰りください。待ってますよ」
「ああ、そうだな」
すりすりとぼくに頬ずりして、優しく下に降ろしてくれました。
「じいじ!ばあば!あしょびにきてね!」
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて、アピールします。
ぼくの頭を撫でて、優しく微笑んで「またな」と送り出してくれました。
ふたりの目元に滲む涙を見て、ぼくもぐっすん。
「ほら、レン笑って。またすぐに会えるよ?」
馬車の中で兄様に促されて、精一杯元気に手を振りました。
「ばいばーい!またねー!」
お祖父様、お祖母様、セバス父、またね!
瑠璃も、またね!約束だよ?